経営に役立つコラム

【賢者の視座】株式会社平成建設 秋元 久雄

ビジネスモデルも人材育成も、難しいからこそチャレンジせよ。

株式会社平成建設
秋元 久雄

建築の主要工程を内製化するという業界の常識破りのビジネスモデルを実現し、「建築業界の風雲児」と呼ばれる平成建設・秋元久雄社長。
一流大学卒を大工として採用する、その人材活用術にも注目が集まっている。
地方の中堅企業が「高学歴大工集団」を実現できた理由を秋元社長に伺った。

株式会社平成建設 秋元 久雄

周知のとおり、建設業界は極端なまでに外注化が進んだ業界である。ゼネコンやハウスメーカーなどの元請けは仕事を受注後、設計と現場監督まではおこなうが、現場作業は下請けの専門業者に外注。下請けはさらに孫請けに発注することが珍しくない。

静岡県沼津市にある平成建設は業界のこの常識に真っ向から挑み、全主要工程を自社内でおこなう異色の企業である。創業者の秋元久雄社長はディベロッパー、ハウスメーカー、ゼネコンでトップセールスマンとして活躍していたが、建設業界の構造を深く知るほど疑問を抱くようになり、営業から設計・施工・アフターメンテナンスまで自社内でおこなう「内製化」のビジネスモデルを考えはじめた。

「当時はバブル期で、アウトソーシングが一気に進んだ時代でした。建設機械を持っていない建設会社や、社員がいない建設会社もあったほど(笑)。しかし、分業化が進み過ぎると最初に仕事を受注した人だけが優位になり、格差社会を生んでしまう。一部の人だけが儲けて、その他大勢が敗者になる。おかしな話ですよ。人間の尊厳がどんどん失われていく、そんな社会にしてはいけないと思いました」

まず社会の大局に触れた後、秋元社長は次のように続けた。

「一方個々を見れば、当社は建設会社だからものづくりの会社です。ものづくりは技能工がいないと成り立たない。ところが、分業化が極端に進んだ結果、技能工である大工がほとんどいなくなってしまったんです」

一般的に、一人前の大工を育てるには10年かかるといわれる。昔は大工といえば家1軒を丸ごと創り上げるあこがれの職業だったが、分業化が進んだ結果、現在は下請け仕事が主流だ。しかも徒弟制度が残る世界になじめずに辞めていく人も多く、若い人が大工になりたがらない。今や50歳以上の人材が大半を占め、20代は1割にも満たないという。

実は秋元社長の祖父も父も大工の棟梁。跡こそ継がなかったものの、秋元社長自身も大工が誇り高い存在だった時代を覚えており、日本建築の伝統工法の技術の高さを知り抜いている。

「もはや大工は絶滅寸前。あの素晴らしい和風建築をつくれる人間が、このままではいなくなる。だったらウチで育てよう。ただそれだけのことなんですよ」

「リクルーティングでは経営者自ら夢と志を語れ」

しかし、大工の育成は誰も手を出さなかった難事業だ。秋元社長も創業当初は顔見知りの大工を口説き落として入社してもらったが、すぐに組織的な採用が必要になった。

「技能工に関しては新卒がいい。一から育てて当社のやり方を覚えてもらう。もちろん中途採用でもいいけれど、『業界の常識』に染まり切っていない人が理想です」

さっそく県内の工業高校建築学科の卒業生から新卒採用をはじめたところ、どこで聞きつけたのか大学生から少しずつ問い合わせが来るようになった。「静岡県内に大卒の大工志望者が1名いるとしたら、全国には40名以上いるぞ」。そう考えて2000年から本格的に大卒の新卒採用をスタートしたところ、応募者が殺到。県内のみならず、全国の有名大学の学生が会社説明会に集まってきたという。

「そうか、と合点がいきましたね。ものづくりの現場で働きたいと思っている学生は多いのに、受け皿がなかったんだと」

大学の建築学科を卒業した学生が大工の棟梁に弟子入りするのは現実的ではない。とはいえ建築学科を選ぶ学生はものづくりが好きで、「自分の手で建築物を建てたい」と考える者が多い。この志望と雇用のミスマッチをついた同社の採用は見事に成功した。今や同社の大工の大多数が大卒・大学院卒。しかも東京大学や京都大学など、有名校出身者が珍しくない。

「中堅企業の経営者の悩みといえば、圧倒的に採用でしょう。今の学生は安定を求めて大企業に行きたがるし、大企業が無理なら少しでも仕事がラクなほうへ行きたがる。その中から優秀な人材を獲得するには、経営者自ら会社説明会へ出て、夢と志を語らないと。そして『この会社に入ればスキルアップできる』と思わせないといけない。就社ではなく、就職したいならウチへ来い!と熱く語りかけるんです」

逆に言えば、同社のような採用方法ができるのは採用目標数十名の中堅企業ならではだろう、と秋元社長は付け加える。もちろん、採用面接に社長が関わることは言うまでもない。

「開かれた人事制度が社員のやる気を生み出す」

株式会社平成建設 秋元 久雄

平成建設は入社後の人事制度も独特だ。毎年秋に部下が部門長を投票で決める「チーフリーダー制度」がその筆頭だろう。同社には現在5名の取締役が存在するが、取締役になるためには部門長でなくてはならない。投票は毎年おこなわれ、部門長に選ばれなければ取締役も自動的に解任となる。

部門長にとっては戦々恐々たる制度だが、秋元社長は「平社員の目線」で組織と人事制度を考えて、この制度を考案したという。

「そもそも上司は部下のことをまるでわかっていない。反対に部下は上司をものすごく見ている。それなら、どちらが査定するのが理想形か?答えは自ずと明らかです」

1年間の自分の上司を選ぶわけだから、部下も真剣に考える。「誰と仕事がしたいか」「信頼できる人物か」じっくり考え、記名式で投票するため、単なる人気投票には陥らない。投票後は自分たちが納得して選んだ上司と仕事ができるので、当然部下のモチベーションは上がる。

さらに年2回、社員全員に実施されているのが「360度業績評価制度」だ。1人の社員を上司だけが評価するのではなく、上司・同僚・関連部署の10名が30の評価項目に沿って仕事ぶりを評価する。上司の視点からだけではわからない、隠れた部分の頑張りを評価する制度としてスタートした。

「上司が部下を査定すると間違いが起きやすいもの。間違えられた部下は不満をため、最終的に退社につながります。しかし、360度から評価されれば、より公平になるし、評価された側も自分では気づかない長所や短所を知ることができる。本人にも参考になるはずです」

秋元社長自身、サラリーマン時代はトップセールスとして営業力を評価されたが、ポジションには恵まれなかった経験を持つ。それがより公平な人事評価制度を考えるきっかけになった。

「もちろん、神様じゃないんだから間違いはありますよ。例えば、優秀な人は優秀でない人の評価を誤ることが多い。そもそも優秀な人の興味の対象は仕事であって、人ではないですから。反対に優秀でない人は周りをよく見ている。会社にはね、いろいろな人がいるのがいいんですよ。それがいちばん安全で公平なんです」

現在、平成建設の社員数はおよそ600名。社内の陣容を見て、「ようやく森のような組織になってきた」と秋元社長は語る。森にはさまざまな種類の木々が育ち、動物や鳥や昆虫など多様な生物が生きている。多様性のある環境は変化に強く、つねに自然の循環を繰り返している。会社も同じで、斬新な発想は多様性のある組織からしか生まれない。

「リーダーシップのある人。すごい技能を持っている人。設計センスのある人。会話力に優れている人…人材はいろいろですよ。全部持っている人なんていませんから。いろいろな人がそれぞれの活躍場所をウチで見つけてくれればそれでいいんです」

最後に企業の持続的発展に欠かせないものを尋ねたところ、元トップセールスらしい答えが返ってきた。

「それは売上でしょう。受注することを怠ると、企業の発展はなくなりますから。仕事はすべて営業です。なにも営業職だけが営業をしているわけではない。当社なら、設計も現場監督も大工もみんな営業。日々の業務で自分や自社の価値を相手に認めてもらうこと。その継続が企業を発展させていくのです」

経営者視点 一覧へ

株式会社平成建設
代表取締役社長 秋元 久雄

1948年静岡県生まれ。高校卒業後、自衛隊体育学校に入校。ウェイトリフティングの選手としてオリンピック出場を目指す。その後、大手ディベロッパー、ハウスメーカー、地元ゼネコンでトップセールスマンとして活躍。1989年、静岡県沼津市に平成建設を創業。大工や職人を自社で育て、主要な建築工程を内製化するという業界の常識を覆す試みに挑戦。この組織形態が「2011年グッドデザイン賞」を受賞する。古材を活用した新築住宅「大正浪漫邸宅」も同時受賞。著書に『高学歴大工集団』(PHP研究所)など。