経営に役立つコラム
【賢者の視座】株式会社ユーグレナ 出雲 充
ミドリムシが地球を救うという確信。
事業にポテンシャルがあれば、
必ず協力者が現れ、道は拓ける。
株式会社ユーグレナ 出雲 充
「ミドリムシが地球を救う」――この言葉を耳にしたことがある方は多いだろう。
発信するのは株式会社ユーグレナの代表取締役社長出雲充氏。
藻の一種ミドリムシ(学名:ユーグレナ)が世界の食料問題や環境問題を救う可能性を持つことに着目し、大学発ベンチャーをわずか10年で東証一部上場企業にまで育てた人物だ。
ミドリムシ(学名:ユーグレナ)はそのネーミングから動物と勘違いされることが多いが、実は藻類の一種。光合成をおこなう一方、鞭毛を使って移動する、植物と動物の両方の特徴を持つ単細胞生物だ。そのミドリムシがとてつもない可能性を秘めていることに出雲社長が気づいたのは、東京大学農学部に在学中のことだった。
大学1年の夏、漠然と「将来は国際機関で働きたい」と考えていた出雲社長はインターンシップの一環でバングラデシュを訪問。そこで見た光景に固定観念を打ち砕かれる。なぜなら、当時はたしかにバングラデシュの人々は裕福ではないが、米が豊富に収穫されるので空腹は満たされる。問題は栄養が炭水化物に偏り、タンパク質・ビタミン・ミネラルなど人間の成長と健康維持に欠かせない栄養素が摂れないことだった。
「飢餓」とはカロリー不足だけでなく、生きていくうえで必要な栄養素が足りないこと。
そんなバングラデシュの現実を知った出雲社長は、幅広い栄養素をバランスよく摂れる食品がないか探し続けた。そして2年後、大学の後輩であり、現在ユーグレナ社の研究開発部門のトップを務める鈴木健吾氏から「ミドリムシなら植物・動物の両方の栄養素を59種類も持っている」と聞き、「これだ!」と確信。以来、ミドリムシのポテンシャルに魅せられ、その力を食料問題やエネルギー問題の解決に活かすことに精魂を傾けている。
実はミドリムシの食料化の研究は1980年代から試みられてきたのだが、大量培養する技術が難しく、実現不可能とされていた。しかし、出雲社長と鈴木氏はあきらめることなく大学内で研究を続け、2005年、ついに世界初の屋外大量培養に成功。ユーグレナを創業し、現在ではさまざまな食品やサプリメントに応用している。
最近でこそミドリムシの栄養バランスのよさが社会に認知されはじめてきたが、ここまでのユーグレナの道のりは苦難の連続だった。「ミドリムシというネーミングが、ぱっと受け入れられ難いですよね(笑)」と出雲社長。「みなさんが抵抗を持たれることはあると思います。しかし、本当に破壊的なイノベーションとは、すべて同じ道を辿っているはずなんです」たとえば、自動車を例に考えてみよう。馬車の時代が長く続いた後に初めて自動車が登場したとき、人々は奇異の目で見つめ、気味悪がったはずだ。しかし、今や自動車はなくてはならない乗り物となり、馬車に乗る人は珍しい。「私はミドリムシも同じだと考えています。自動車は何十年もかけてと人々に知られるようになり、技術が社会へ浸透していきました。ミドリムシもこの10年でようやく“なんだかよさそうだね”と思っていただけるレベルに到達したのだと思います」
現在、ユーグレナはバングラデシュの約5,000人の小学生の給食にユーグレナ入りのクッキーを提供し、栄養状態の向上に貢献している。出雲社長自身が現地で確かめたところ、1年前のスタート時に比べて子どもたちの栄養状態が改善し、勉強への集中力が高まったと子どもたちの両親から聞いた。「しかし、まだ5,000人です。2009年時点で全世界の栄養失調人口は10億人超。5,000人は本当に第一歩に過ぎませんが、とにかく始めないことには誰も現状を変えられません」
ここで出雲社長が例に挙げたのがオゾンホールの問題だ。1980年代、極点の上空に大きく開いていたオゾンホールは、フロンガス規制などにより現在では着実に縮小している。このように危機を認知し、対策を講じて、いったん効果が現れはじめたら、世界中が「このやり方が正しいんだ」と積極的に協力するようになる。
「こうした“潮目が変わるテクノロジー”が非常に重要です。わずか5,000人ですが、ミドリムシで栄養失調人口が減るとわかれば、似た取り組みが確実に広がっていくはず。ミドリムシは栄養失調問題のトレンドを変える存在なのです」
資源なき国を救う再生可能バイオ燃料
ミドリムシのポテンシャルは食料問題の解決だけに留まらない。ミドリムシ由来の油はジェット燃料の原料に適しており、再生可能なバイオジェット燃料として注目を集めている。可能性に気づいた企業はいち早くユーグレナに資本提携を持ちかけ、政府も「革新的研究推進プログラム(ImPACT)」に同社を採択して研究開発を後押しする。
もはや国家プロジェクトとも言うべきバイオジェット燃料開発だが、米国企業の開発も進みつつある。
スローガン
「これは私の勝手なイメージなのですが、米国企業には2周差をつけないと勝てません。1周差ぐらいでは、彼らはあらゆる手段を駆使して追いつこうとする。しかし2周差をつければ、あきらめて研究競争から手を引きます。我々の研究が2周差をつけ、彼らをあきらめさせる準備が整った段階で、詳しい成果をみなさまに発表するつもりです」
出雲社長によると、日本が米国に対して圧倒的優位に立つ分野は3つしかないという。1番目が新幹線技術。2番目がアニメやゲームに代表されるクール・ジャパン・コンテンツ。3番目が微生物などを活用した発酵技術の分野だ。
「ミドリムシの技術には偉大な日本企業の先駆者が存在します。それは味の素、キッコーマン、ヤクルトの3社。いずれも基盤となる発酵技術に米国や世界各国が追いつけなくなり、追随をあきらめた企業です。日本には昔から微生物とともに生きてきた文化があり、だからこそ多くのミドリムシ研究者が存在し、我々の研究開発が生まれる土壌があったのだと心から感謝しています」
ミドリムシの持つ力が人を惹きつける
「ミドリムシで地球を救う」という、一見、荒唐無稽で、とてつもないチャレンジ。これまで誰も成し得なかった事業を軌道に乗せるため、創業直後の出雲社長は日本全国を駆け回り、ミドリムシ研究者をはじめ、出資者、メーカー、販売業者などへ足を運び、頭を下げ続けた。その結果、ビジネス実績のない若者が壮大な夢を語るベンチャー企業に多くの協力者が生まれ、現在ユーグレナの資本提携先や研究パートナーシップには錚々たる大企業が並ぶ。創業からわずか10年で現体制を築き上げるに至った出雲社長に人脈づくりの極意を尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「私が人脈づくりに長けているというより、ミドリムシにたまらない魅力があるんですよ。いくら私が人を巻き込むことが得意だとしても、ミドリムシ自体に実力がなければ、誰も相手にしてくれません」
そして、経営者が本当は何をしたいのか。多くの人はその部分を見極める目を驚くほど持ち合わせているという。
「食料問題やエネルギー問題を解決したいと言いながら実は目的が違ったら、人は必ず気づきます。つまり最初の言葉に嘘があってはいけないという意味です。この世界から栄養失調をなくしたい。エネルギー問題を解決したい。その気持ちに嘘がなければ、応援してくださる方は必ず現れます」
2015年1月、ユーグレナは経済産業省の「第1回日本ベンチャー大賞」で内閣総理大臣賞を受賞。激務の中、首相自ら授賞会場に駆けつけ、出雲社長と固い握手を交わして見せた。そして、その場で出雲社長は「2020年までに、ミドリムシジェット燃料を用意します」とお伝えした。
「“資源の少ない日本から国産のミドリムシ由来のバイオ燃料で飛ばしました”と世界中の人々に言えたら素敵じゃないですか。必ずやり遂げてみせます!」
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株式会社ユーグレナ
代表取締役社長 出雲 充
1980年広島県生まれ。2002年東京大学農学部卒業。同年、東京三菱銀行入行。2005年、ユーグレナを創業。世界で初めてミドリムシの屋外大量培養に成功する。2011年、朝日新聞
社AERA「日本を立て直す100人」に選出。2012年、Japan Venture Awards「経済産業大臣賞」受賞。2012年、ユーグレナは東証マザーズに上場。2013年、バングラデシュに初の海外拠点を開設。2014年、東証一部に市場変更。2015年第1回日本ベンチャー大賞「内閣総理大臣賞」受賞。