経営に役立つコラム

【賢者の視座】株式会社Japan Search Fund Accelerator(ジャパン・サーチファンド・アクセラレーター) 代表取締役社長 嶋津 紀子

中小企業と優秀な若者の出会いから、
地域の核となる企業が生まれる可能性がある。

株式会社Japan Search Fund Accelerator
(ジャパン・サーチファンド・アクセラレーター)
嶋津 紀子

近年、後継者不足に悩み、やむなく廃業や事業売却に至る中小企業が少なくない。
ジャパン・サーチファンド・アクセラレーター(JaSFA)の嶋津紀子代表取締役は、中小企業の事業承継問題に、「サーチファンド」という新たな手法を提言。
大手地銀グループとともに、中小企業の存続と地方創生に奔走する。

事業承継の新しいかたち「サーチファンド」で中小企業と地方創生に貢献したい。

株式会社Japan Search Fund Accelerator(ジャパン・サーチファンド・アクセラレーター) 代表取締役社長 嶋津 紀子

「サーチファンド」という言葉をお聞きになったことがあるだろうか。欧米では一般化しつつある事業承継の手法で、まず「サーチャー」と呼ばれる優秀な若者と、後継者不足に悩む中小企業をマッチングさせる。サーチャーは多種多様な業種の中から自分が社長になりたい中小企業を探し、企業側はサーチャーが自社の後継者にふさわしいかどうか吟味する。双方の想いが合致すれば、サーチャーは投資家から買収費用の出資を受け、対象企業を買収し、社長に就任する――この手法を留学先の米国スタンフォード大学で知り、初めて日本に持ち込んだのが、ジャパン・サーチファンド・アクセラレーター(JaSFA)の嶋津紀子代表取締役だ。

「サーチファンドと一般的なファンドの違いは、“会社”ではなく、“人”に投資する点です。よくあるM&Aは会社ありきで、いい会社があれば投資したり買収したりするわけですが、ファンド目線で見ると買収額と売却額の価格差が発生して初めて儲かる図式です。その価格差をつくるのは誰なのか?答えはそこで働く“人”です。そして“人”を引っ張っていくのが社長です。となると、社長の方が重要なわけで、“いい会社があれば投資しよう”ではなく、“いい社長がいれば投資しよう”と考えます。“この人なら会社をよくできる”という人材(サーチャー)に投資し、その人の経験や価値観に合う会社を決める。普通の投資とは逆の発想です」

これだけ聞くと、「そんな優秀な若者が見つかるのか」「経験の少ない若者に経営ができるのか」「日本の中小企業とうまくフィットするのか」など、次々に疑問が湧いてくる。一方、実現すれば後継者不足に悩む企業に優秀な後継者候補が現れ、事業が未来へ引き継がれる。経営者にしてみれば、苦労して育てた会社を顔を見たこともない相手に売却せずにすみ、社名と社風と従業員の雇用を守ることができる。

サーチファンドの可能性を感じた嶋津社長は帰国後、さまざまな投資家や中小企業経営者、さらに大企業にもサーチファンドの話を持ち込んだが、大半が前述のような反応だった。ところが、地域金融機関に話を持ち込んだところ、サーチファンドが地域金融機関のニーズと非常にマッチしていることがわかったという。

地銀と共同ファンドを設立し、5社の事業承継を実現

そもそも地域金融機関は地域の核として地域にも強い想いを持ち、その活性化を図りたい。一方で口座数減少に強い危機感を抱いており、取引先に後継者がいなくて困っている企業が少なくない。そのためにも優秀な後継者に地元企業を盛り上げてもらいたい。さらに地域金融機関には資金があり、地域での信用力が高く、中小企業に関する情報も持っている。つまり、ニーズがあるだけでなく、成長をサポートできる資源も持ち合わせている。サーチファンドの事業構想で動き始めて約1年後、嶋津社長は山口県・福岡県・広島県を中心に約35,000社の融資先を抱える山口フィナンシャルグループ(FG)と出会い、共同でファンドを設立。そのタイミングで2018年5月、JaSFAを創業した。

2021年5月現在、山口FGとのサーチファンド投資事業により事業承継が成立した企業は5社。ちなみにサーチファンド第1号となったのは、北九州市の杭打ち工事会社・株式会社塩見組の事業を継承した渡邊謙次氏だ。東京の下町で父親とともに印刷会社を経営していた渡邊氏は、米国の大学での経営学修士(MBA)取得を機に「新たな業界や事業に挑戦したい」と考えるようになり、JaSFAとIESEビジネススクールが主催した「サーチファンド・カンファレンス2018」に参加。サーチャーに名乗りを挙げた。約10社の経営者と面談した結果、杭打ち業にポテンシャルを感じて経営改善策を検討。クレーン運転士など土木工事に必要な免許をいち早く取得し、「ぜひこの会社を承継したい」と熱意を示し続けたという。一方、塩見組の前経営者も一時は40億円以上あった年商が10億円台まで落ち込んだことなど、経営状況を包み隠さず伝え、2020年2月、「彼になら」と100%株式譲渡による事業承継を実行した。

「塩見組さんにはサーチャー候補を10名程度お連れしているのですが、誰よりもこの会社に興味を持ち、熱意を示したのが渡邊さんでした。承継後は在庫の整理と発注のムダを削減。キー人材の登用、杭抜き事業への本格参入など、目の前にある課題を一つひとつ解決し、利益体質を構築しておられるところです」

事業承継者にふさわしいサーチャーの条件とは

第1号サーチファンドの話からも明らかだが、この事業承継方法の成否は、いかに優秀なサーチャーを見つけて、その人に合う中小企業にマッチングするかにかかっている。世の中に若くて優秀な人は数多く存在するが、彼らはまだ経営者として成功したわけではないので、過去の実績は参考にならない。そこで「未来に何かを成し遂げそうな人」をサーチャーに選ぶわけだが、嶋津社長によると見極めるポイントは次の3つだという。

(1)理解力・学習能力を含めた頭のよさ

会社の状況を見て、何が強みで何が課題か理解できる。会社が置かれている環境を理解し、リスクを把握できる。経営に必要な数字感覚や、さまざまなことを謙虚に学ぶ学習能力がある。

(2)コミュニケーション能力

投資家や社長に気に入られ、自分を理解してもらうだけでなく、承継後に社員や取引先についてきてもらえるコミュニケーション力。人間的な魅力があり、「そんなに俺の事業がやりたいのか。なら譲ってやるか」と思わせる可愛気や、懐に入っていく力がある。

(3)起業家精神

企業とのマッチングの段階は、「こんな業種や企業があるのか」という驚きの連続だ。そのため好奇心を強く持ち、偏見を持たずに覗いてみることが大切。これまでの事例でもサーチャーはキャリアと無関係の業界に落ち着くことが多い。さらに山あり谷ありの道中を乗り越えるための精神力や泥臭く動ける行動力も重要だ。

では、これほど優秀な人材をどのように発掘するのだろうか。嶋津社長によると、サーチャーとはそもそも「見つけてくる」ものではなく、「会社経営がしたい」と考える本人の強固な意思なくして成立しない。そのため、彼らが「サーチファンドがしたい」と決意したときにコンタクトしてもらえるように、前述のカンファレンスや説明会、ホームページ、動画コンテンツなどで情報発信を続けている。

地域の核となる企業を生み出したい

株式会社Japan Search Fund Accelerator(ジャパン・サーチファンド・アクセラレーター) 代表取締役社長 嶋津 紀子

嶋津社長自身は大学卒業後、世界的なビジネスコンサルティング企業に10年間勤務し、大企業を相手にコンサルタントを務めた経歴を持つ。当初は仕事にやりがいを感じていたが、日本という国全体の経済成長や地域創成を考えたとき、“このままでいいのか”という迷いがつねにあったという。サーチファンド事業で中小企業に多く接するようになってから、日本には面白い企業が数多く存在し、百人百様の経営者がいて、その一部にサーチファンドが非常に合致することを実感している。

「サーチファンドは万人に受けるモデルではありません。ただ、自分の後継者は自分で見極めたい、自分の手を離れた後も社名や社歴を残したいという経営者がいらっしゃれば、ご一考いただきたいという気持ちです」

2021年2月、JaSFAは大手金融サービスの野村ホールディングス株式会社と提携。これによりサーチファンドの活動を全国展開できる見込みとなった。

「ただし、当社が目指しているのは、量ではなくて質。何万何十万という案件をサーチファンドが担うのではなく、“地域で核となる会社”を全国各地に創ること。そんな会社ができれば、周囲に関連企業が生まれ、雇用が生まれ、地域が潤います。次のユニクロ、次の星野リゾートが生まれる可能性がある、それがサーチファンドなんです」

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株式会社Japan Search Fund Accelerator(ジャパン・サーチファンド・アクセラレーター)
代表取締役社長 嶋津 紀子

1985年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒。ボストン・コンサルティング・グループで、大企業の経営戦略立案に従事。同社を休職し、米国スタンフォード大学経営大学院に留学し、経営学修士(MBA)を取得。留学中にサーチファンドについて学び、サーチャーや投資家とも交流を重ねる。帰国後の2018年5月、ジャパン・サーチファンド・アクセラレーターを設立。2019年2月、山口フィナンシャルグループと共同でファンドを設立。