経営に役立つコラム
【賢者の視座】株式会社NOTE 藤原 岳史
お客さまの「いいね」と地域の人々の笑顔。
その2つが交わったとき、事業のやりがいを感じる。
株式会社NOTE
藤原 岳史
高齢化と人口減少により空き家だらけの地方都市が少なくない時代。
兵庫県丹波篠山市にある株式会社NOTEは、地方が共通して抱える課題に「古民家ホテル」という1つの答えを見い出して展開する企業である。
創業者の藤原岳史代表取締役が、そのビジネスモデルと成功の秘訣を語る。
幅広い経済効果で産業と雇用を生み出す地方創生のビジネスモデル「古民家ホテル」
江戸時代より中国地方と京都を結ぶ交通の要衝として栄えた兵庫県丹波篠山の城下町。古民家ホテル「篠山城下町NIPPONIA」は古い町並みのあちらこちらに残る古民家9棟で構成されており、歩く道々にはレストラン・カフェ・ギャラリーなどが点在する。2015年に分散型ホテルとして4棟を営業開始後、少しずつ棟数や周辺店舗数を増やし、県外から観光客を呼び込んで地域の活性化に貢献している。
このホテルを手がけた株式会社NOTEの藤原社長はIT企業出身。地域創生とも宿泊業とも畑違いの世界から飛び込んできた人物だ。
「大学を卒業後、東京のITベンチャーなどに勤めて数年経った頃、勤務先が上場し、M&Aに重きを置くようになりました。僕自身は自分が関わったサービスで社会貢献がしたかったので、そこに興味を持てず、新しいフィールドに挑戦する時期だと思いました。2009年、35歳のときです」
以前から生まれ故郷の丹波篠山に帰省するたびに、高齢化が加速し、なじみの店舗が次々に廃業して過疎化が進む現実を感じていた。「このままでは帰る場所がなくなる。何とかしたい」という危機感があったが、帰ろうにも仕事がない。当時からボランタリーベースのまちおこしは存在したが、産業を創出し、職を生み出さないことには活動は長続きしない。「まず地方に仕事を創ることだ」と決意して丹波篠山に戻ったが、当時は事業の具体案はなし。最初の行動は昔からの知人である老舗和菓子屋の社長に相談に行くことだった。そこでまちおこしに関わる丹波篠山の副市長(当時)を紹介され、彼が代表を務める一般社団法人ノオトの事業に無報酬の理事として参加するようになった。やがて「補助金頼みではなく、自ら産業と雇用を生み出すためには民間企業を立ち上げる必要がある」と、理事を務めるかたわら2016年に株式会社NOTEを創業した。
まちおこし事業の中でもっとも経済効果が高いものとは
創業当時、NOTEはレンタサイクル事業、婚活イベント、市民センターの運営管理など、さまざまなまちおこし事業に参入。その中でもっとも経済効果が高いものが古民家再生事業だった。古民家を「戦前に建てられた建物」と定義した場合、国内にはおよそ150万棟の古民家の空き家があるといわれている。ごく一部は文化財として国や自治体により保存・管理されているが、残りは住む人もおらず、朽ちていくのを待つばかり。しかし、古民家は潰すと二度と作れないし、地域の歴史や文化と密接に関わるため、独自のストーリーを持つものも少なくない。
「地域の課題は社会の課題。1つ解決しても次から次へと課題が出てくるので、“点”ではなく“面”で解決する必要があります。古民家再生事業なら関わる業種や対象者が多く、雇用を多く生み出せる可能性がありました」
まず、古民家を再生する過程で地域の工務店など地場産業に仕事が生まれる。さらに古民家をホテルにした場合、県外の観光客が地域にお金を落としてくれる。ホテルでは地場の食材を使った料理を提供するのはもちろん、観光客がホテルを中心に地域を回遊してレストランや土産物店やギャラリーを利用すれば、人の姿が少なかった町に活気が生まれる。
「開発過程と開発後の両方で経済効果があり、しかも地域の文化や暮らしを後世へ残していける。さまざまな発展領域があり、その基点に古民家がある。いろいろな事業を試した後でそれがわかり、2014年には古民家一本に絞りました」
もっとも大きな課題は、「古民家再生に必要な資金をどこから調達するか」。地方創生の資金を地域から調達していては意味がない。悩んでいたとき、不動産開発を仕事にする知人と話す機会があり、「それってアセットマネジメントだね」と言われたことが転機となる。
「とりあえず不動産開発の入門書を数冊読み、“なるほど!”と腑に落ちました。必要な資金の調達先は投資家または金融機関。僕たちは古民家ホテルの事業・収支計画を彼らにプレゼンし、出資もしくは融資を引き出す。例えば、1億円融資してもらえたら、8割は工務店や職人さんなど現場に再生費用としてお支払いし、残り2割は僕たちの人件費やマーケティング費などにする。返済期間は10~15年です」
2015年にNOTEが最初に開業した「篠山城下町ホテルNIPPONIA」も投資家と金融機関からのファイナンスでまかない、補助金はほぼゼロ。この評判を聞きつけた他の自治体や地域金融機関から次々と案件が持ち込まれるようになり、2021年末までに27地域149棟の古民家ホテルが誕生。2022年以降も年3~4地域ペースで開業を予定する。
一気に変えようとせず、徐々に進めて理解を得る
古民家ホテルは地域活性化や空き家対策、文化・技術の継承など社会貢献度が高いビジネスモデルだが、もちろんどの古民家でも対象になるわけではない。藤原社長によると、ビジネスの対象になり得るのは古民家全体の2割程度だという。また、地域の理解なしには成り立たないビジネスモデルのため、開発前から地域住民に主体性を持って関わってもらえるよう調整が欠かせない。賛成派もいれば反対派もいるため、何度も話し合い、理解を求めていく。最終的な可否は地域の人々の多数決で決まる。ゴーサインが出ても、「一気に変えようとせず、徐々に開発していく」ことが重要だ。古民家ホテルは1棟あたりの客室が1~3室のケースが多いが、当初は少ない客室数で始め、2期以降の工事で20室程度まで増やしていく事例もある。そもそも地域への説明の段階でどんなに言葉を尽くしても、やはり目の前に現れたものにはかなわない。現実に古民家が美しく再生され、観光客が訪れるようになると、反対派だった人の心にも変化が生まれ、一転して「こんな物件があるけれど、どうかな?」と話が持ち込まれることもある。
「いわゆる分散型開発なので、一気に開発して早期に回収する消費型開発とは異なります。徐々に受け入れていただくため、逆に開発後は安定軌道に乗ることが多いんです。そのおかげで、コロナ禍の影響も少なく済みました。なにせ立地が過疎地なので、ソーシャルディスタンスには困りません(笑)。GoToトラベルキャンペーンでは多くの施設で過去最高の売上を記録しましたし、コロナ禍の落ち込みは最大でも2割減程度で済みました」
ちなみに、ホテルの運営はまちづくりに強いプロの運営会社に依頼するパターンと、地域に任せるパターンのいずれかだ。運営会社には地域のルールを理解し、清掃活動や祭り、自治会活動などに参加するよう要請する。逆に地域の人々から「何をしたらいいの?」と質問されることもあるが、「何もせず、いつも通りに生活してください。そして、その生活の中にお客さまを紛れ込ませてあげてください」と頼むという。
「地域の歴史・文化・暮らしに触れ合うことも、このビジネスモデルの柱の1つ。例えば、地域の祭りの準備を手伝うことは、お客さまからすればすごい体験ですよね。地域の方々が子どもの頃から当たり前に見てこられた光景や日常の中で活動されてきたことも、外部から見れば無形の文化財だったりします。他にも薪割り体験や和紙すき体験など、その地域で当たり前のことに少しだけ触れさせていただければいいんです」
今後、NOTEが目指すのは、全国50拠点に300~400室の古民家ホテルを創ること。現在進行中の案件には1200年の歴史を持つ名刹や史跡指定されている豪商の屋敷などが含まれており、それぞれに濃厚なストーリーがある。
「お客さまが古民家ホテルに泊まり、町並みを見て“いいね”とおっしゃる。それを聞いた地域の方々が喜ばれる。そんな光景を目にしたとき、“この事業をやってよかった!”と思います。地域の方々、事業者、お客さま、みなさんがwin-winのビジネスなんですよ」
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株式会社NOTE
代表取締役 藤原 岳史
1974年、兵庫県生まれ。1997年、東亜大学工学部卒業。食品会社に勤務後、米国マンハッタンカレッジに1年間留学し、情報システムを学ぶ。2001年より東京・大阪のIT企業に勤務し、マーケティングやコンサルティングに携わる。2009年、地元の丹波篠山市に戻り、一般社団法人ノオトの立ち上げに参加。2016年、ノオトの理事を務めつつ、株式会社NOTEを創業。以降「篠山城下町ホテルNIPPONIA」を皮切りに、2021年末現在、北海道から九州まで全国27 拠点149棟の「NIPPONIA」ブランドのホテルを手がける。