経営に役立つコラム
【賢者の視座】株式会社とくし丸 住友 達也
業界固有の発想に縛られないビジネスモデルが、全国の買い物難民へ笑顔を届ける。
株式会社とくし丸
住友 達也
日本全国に約700万人存在するといわれる「買い物難民」。
日々の食料品の購入にも困る高齢者に、新たなビジネスモデルで解決策を提示し、「移動販売」という古くて新しい業態に新風を吹き込んだ人物が株式会社とくし丸の住友達也社長である。
超高齢化が進む日本社会で、以前から指摘され続けてきた「買い物難民」の問題。その難題に徳島県の小さな企業が挑み、今や全国へ「移動スーパーとくし丸」の事業が拡がりつつある。
経営者の住友達也氏は20代でタウン情報誌を刊行する出版社を創業し、46歳でセミリタイアした経歴を持つ人物。そもそも住友社長がこの問題に着目したのは、自身の母親が買い物難民になってしまったことがきっかけだった。
もちろん、世の中には自宅まで届けてくれるネットスーパーや生協、食材宅配業者なども数多く存在する。しかし、いずれも一長一短あり、ニーズに応え切れていないのが現状だ。そこで考えたのが移動販売車に生鮮食料品などを積み、過疎地を回るビジネスモデルだった。
鳥取県に10年以上前から移動販売を行っている地域スーパーがあると知り、何度も足を運んで話を聞き、実際に車に同乗して販売も経験。そして行く先々で高齢者が喜び、売上が伸びる様子を見て、「これは充分ビジネスになる」と確信する。
「ただし、私は一度セミリタイアした人間なので、組織を大きくするつもりはありません。小さな組織でプロデュースに徹しても、全国で何百台と車を動かす仕組みがつくれるはず。そこで赤帽さんをヒントに、最初から個人事業主を販売パートナーとするビジネスモデルを考案しました」
さっそくトラック2台を購入し、自らハンドルを握って販売へ。商品は提携する地域スーパーから借り、あくまでもスーパーの「販売代行」という形をとった。
「僕自身が流通の素人なので、そもそも商品を仕入れるという発想がない(笑)。さまざまなスーパーに話を持ち込みましたが、全く相手にされませんでしたね。1社だけ若手経営者の方が『面白い。やってみましょう』と言ってくださり、スタートラインに立てたんです」
闇雲に車を走らせてもモノは売れない
住友社長が次に行ったのは需要調査だ。事前に販売エリアの全戸を個別訪問し、「移動スーパーとくし丸」について説明してニーズを探ったところ、買い物難民にも困窮度の違いがあることが判明した。
「A.本当に困っているから、最初からどんどん利用したい」のは100軒に1軒。「B.来てくれたら助かる」が50軒に1軒。「C.面白そうなので来てほしい」でも20軒に1軒という結果。
Aは当初からヘビーユーザーになり、Bは信頼を獲得すれば徐々に売上が上がっていく。その一方、Cは何カ月通っても客単価が上がらず、販売先としては厳しい。
「こうしたターゲット層をどう判定し、お客様につなげていくか。これは大きなノウハウになりました。当初はチラシやテレビCMも試みたのですが、反応があるのは買い物難民ではないCのお客様だけ。本当の買い物難民は情報難民でもあると、このとき気づきましたね。やはり顔を合わせて説明し、信頼を得ないと買ってもらえない。そこの手間を惜しんではいけない、と経験から学びました」
この需要調査は今でも新たな販売エリアがスタートする際に必ず実施しているという。「販売パートナーが個人事業主であること。商品を仕入れるのではなく、販売代行すること。そして事前に徹底した需要調査を行うこと。今振り返ると、当初から事業のフレームができていました。もちろん、その後も細かな修正を繰り返し、ノウハウに磨きをかけていきました」
自分の母親のもとへ安心して送り込める人材を
とくし丸にはほかにもユニークなルールが存在する。例えば、商品の定価に10円を上乗せして販売する「+10円ルール」がそのひとつ。定価販売では収益を確保できないことから思いついたもので、100円の商品なら110円、500円なら510円。10円は地域スーパーと販売パートナーで5円ずつ分け合う仕組みだ。
「このルールをスーパーの経営者に相談したところ、けんもほろろでしたね(笑)。100円の商品を定価の1割増しで売るなんて、流通のプロにとってはとんでもない発想だったんでしょう。しかし、素人であるがゆえに、僕にはとても合理的に思えたんですよ。実際にお客様に+10円いただくことを説明すると、『生鮮食料品を家の前まで持って来てくれるんだもの。当たり前よね』『バス代に比べたら安い』という反応で、拒否された方は1%もおられませんでした。これで販売パートナーも利益が増えますし、スーパーも粗利が増えました」
成功のキモとなるのは、販売パートナーの質の維持だ。販売パートナーは地域スーパーと販売代行の契約を結び、事業をスタートする。毎朝移動販売車に商品を積み込み、決められたルートを回って高齢者の顔と名前と好みの商品を覚えて販売。売れ残った商品はスーパーに返却し、見切り販売されることになるが、スーパー側には販売の上乗せと顧客開拓のメリットがある。販売パートナーの1日の平均売上は8万円台。慣れてくると10万円以上を売り上げる。参入時に約300万円強の移動販売車を購入しなければならないが、減価償却費を考慮しても生活に困らない収入を得ることになる。
「当社にも地域スーパーにも販売パートナーの応募がありますが、採用率は全体の1~2割。誠実で真面目な方を選んでいただくよう地域スーパーにお願いしています。最終判断に迷ったら、『自分の母親のもとへ安心して送り込めるかどうか』がポイント。体力も頭脳もコミュニケーション力も必要な仕事ですが、離職率は1割以下。個人事業主として自分の裁量で仕事ができ、なおかつ人から感謝される仕事ですから」
競合他社がとくし丸に追いつけない理由
ここまで買い物難民である地域の人々、販売パートナー、地域スーパーと「三方よし」のビジネスモデルを説明したが、とくし丸が受け取るロイヤリティはスーパー1店舗につき月3万円に過ぎない。事実、最初に契約したスーパーからは「こんな条件でいいんですか?」と驚かれ、その反応に「これは広がる!」と確信したという。
「そもそも大きな組織にしようと思っていませんし、台数が増えれば自然に利益も増える。それよりも僕はとくし丸をメディアにしたいと考えているんですよ」
住友社長のいう「メディア」とは、サンプリング調査やアンケート調査など、幅広い情報を収集・分析・発信できる媒体を指す。現時点でもとくし丸の組織を利用することで、3日以内に高齢者4万人への対面調査が可能だ。最近も大手乳業メーカーが高齢者便秘対策用の飲料をサンプリング調査したところ、提携スーパーでその商品の売上が4倍になったという。ほかにも商品の認知度アップやスーパーへのリピート率向上など、さまざまな効果が期待でき、「おそらく高齢者対象では頭ひとつ抜けたメディア」という住友社長の言葉にも納得だ。
今後のとくし丸の目標は全国で稼働する台数を現在の約300台から1,000台に増やすこと。ビジネスモデルを真似る競合企業も登場しているが、住友社長に動じる様子は全くない。
「市場の成長期には競合企業がどんどん出てくるべきです。でも後発企業はなかなか追いつけないですね。とくし丸が軌道に乗ったのは、経営者である僕が自ら資本金を出し、自ら経営して、自ら現場へ行ってノウハウを創り上げてきたからです。仮に大手企業が後追いしたとしても、資本と経営と現場のどこかが音を上げるのではないでしょうか。でもね、消費者にとっての最善は、いろいろな人がいろいろなサービスを提供し、その中から自分に合うサービスを選べること。数あるサービスの中から、『とくし丸がいちばんいいよ』と言ってくださる方とつながっていければ、それが一番ですね」
(取材日:2018年2月1日)
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株式会社とくし丸
代表取締役社長 住友 達也
(2018年2月1日の取材日時点)
1957年、徳島県生まれ。国立阿南工業高等専門学校機械工学科卒。1981年、徳島県でタウン情報誌『あわわ』を創刊。1984年、株式会社あわわを設立し、代表取締役に就任。「50歳までにリタイアする」と宣言し、2003年46歳で退任。その後は個人事務所で商品開発や店舗開発のコンサルタントを務める。2012年、買い物難民問題の深刻さを実感し、株式会社とくし丸を創業。現在、北海道から鹿児島県まで提携スーパーを持ち、約300台の移動販売車を統括する。2016年、オイシックスドット大地株式会社の連結子会社となり、とくし丸事業のスピーディな全国展開を目指す。