経営に役立つコラム
【賢者の視座】株式会社生活の木 重永 忠
ハーブ・アロマテラピー文化を日本に創造。
自然の恵みを活かしたライフスタイルを広めたい。
株式会社生活の木
重永 忠
株式会社生活の木・代表取締役社長の重永忠氏は、1970年代にハーブ・アロマテラピー文化を日本に持ち込み、文化を根付かせると同時に、自社を業界トップ企業へと育て上げた人物。
その文化創造の道のりと、社員満足度No.1と呼ばれる同社の経営の秘訣を語る。
重永氏が生まれ育ったのは、祖父の代から東京・表参道で商売を営む家庭。父は1950年代に「これからは日本人も洋食を食べる時代が来る」と洋食器店を開業した先見の明の持ち主。ところが重永少年の心を捉えたのは洋食器ではなく、1970年代に父が米国視察旅行から持ち帰ったハーブだった。
「当時はハーブもアロマも日本では全く知られていない時代。しかし、私は幼少期に漢方薬で病気が完治した経験があり、“これからの時代は自然の植物の恵みが必要になる”と直感しました。しかし、父のような昔ながらの“商売”ではなく、“ビジネス”として展開したい。そのためには何をすればいいのか、父と相談しながら勉強の場を探しました」
相談の結果、大学は経営学部へ。卒業後は大手コンビニエンスチェーンに就職し、フランチャイズビジネスの仕組みや出店戦略、情報システムなどを吸収。3年後に退職し、父の洋食器店を手伝いながら、中小企業庁が主催する中小企業大学校経営コースに通い、人事・賃金制度、社内規則、経理・情報システムなどの構築方法を習得。洋食器店の片隅でハーブコーナーを営みつつ、徐々に個人商店から企業へ脱皮するための経営基盤を整えていった。
以来、40年以上をかけて、生活の木は全国に直営店を120店舗、企画・製造・営業・管理部門を含めて全140部門、年商およそ80億円の企業にまで成長を遂げた。ほぼすべての日本人がハーブもアロマも知らない時代から新たな文化・産業を創出。世の中に定着させたわけだが、その成功の理由はなんだろうか。「どの分野でもそうでしょうが、社会に浸透していないものを広めていくには時間がかかります。我々の場合、最初に芳香高い草花を使ったポプリ作りを盛り込んだ少女マンガを人気の月刊誌に連載してもらい、これがヒットした。自然の植物の恵みを利用してオリジナルの香りを作るという“コト”が小学生に支持されたのです。子どもが反応してくれるということは、子どもの成長とともに我々のビジネスを育てていけばいい。“これはビジネスとしていける!”と確信しました」
文化創造・業界創出成功の理由とは
その後の飛躍には、大きく3つの理由がある。1つ目は、ユーザーにハーブ・アロマの魅力をダイレクトに伝えるため、直営店を増やしたこと。もともと文化の土壌がないところに広めるのだからスタッフにも商品知識が必要で、そのためには直営店を多店舗化するのがいちばん早い。
2つ目は、文化を広めるため、1996年にカルチャースクール「ハーバルライフカレッジ」を開設したこと。現在では全国に16校を展開する。
3つ目は、日本アロマテラピー協会(現:(公社)日本アロマ環境協会)を設立し、アロマテラピー検定をスタートさせたこと。上級者にはアドバイザーやインストラクターなどの資格を用意し、2018年3月現在、有資格者数はなんと5万6千人超に上る。
結果として、有資格者が伝道者となって文化を広めやすい土壌ができあがった。「その後、NPO法人メディカルハーブ協会やアーユルヴェーダ普及協会も設立し、文化を広める人を増やしていきました。ただし、同業他社とスムーズに協力できるよう、当社は黒子に徹しました。我々の使命はハーブ・アロマの正しい知識を普及させること。自社だけでなく、同業他社も一緒に成長していく必要がありました」
ハーブ・アロマの売上の伸びに合わせて、岐阜にある自社の洋食器工場をハーブ・アロマ製造工場へと転換。以来、原材料の調達・製造・物流・販売・カルチャースクールに至るまで、すべて自社で行う「オール自前主義」を推進する。「そもそも誰もやっていないことを始めたわけですから、オール自前にならざるを得なかったんですよ。日本で初めての製品を作り、初めての業態の店舗を構え、初めてのスクールを運営してきたわけですから。しかし、その分我々は“本物”になれたと自負しています」
生活の木の社員は現在780名。その大多数がハーブ・アロマの愛好者であり、同社の製品のよさを知った上で入社する。つまり、同社製品の愛用者が仕掛ける側に回るため、自社愛・自店愛・製品愛が強い。これが「オール自前主義のいちばんの強み」と重永社長は力説する。「バイヤーがどこから仕入れてきたか知らない製品では、愛は生まれません。自分たちで苦労して生み出した商品だからこそ、愛があるのだと思います」
ただし、オール自前主義は多くの人材を抱える必要がある。生活の木も売上規模に比較して社員数が多いとよく指摘されるが、多くの社員を養うためには他社が真似できない自前の「文化」と「価値」が必要だ。そう考えると、同社がオール自前主義になったのは必然とも言える。「初めてのモノやコトを創り出すには時間がかかります。あきらめず、採算が合うまで続けることができれば、どこかで損益分岐点を超えるのですが、他社はここまで待てないでしょう。我々も10年以上かかりましたが、続けて来られたのはオーナー企業であること、自然の恵みが面白いビジネスになると実感した社員が集まって来たことが大きいですね」
社員がごく自然に働き方改革を実践
生活の木は2009年に経営コンサルティング会社が実施した社員満足度調査において、東日本エリア1,100社中No.1に輝いた実績を持つ。調査の内容は職場環境、制度、仕事内容、報酬など48項目に社員がアンケートで答えるもの。つまり、働き方改革が叫ばれるはるか以前から、社員が働きやすい環境や制度を用意してきたことがわかる。ちなみに、同社の社員は9割が女性。育児休業後の復職率も9割を超え、休業以前のポジションに戻れるよう配慮するという。復職直後は時短勤務になる社員が多いが、「時短だからパワーが落ちるとは限らない」と重永社長は断言する。
「私も導入後に気づいたのですが、時短になればなるほど社員は効率的に中身濃く仕事をするようになります。限られた時間の中で自分が決めた成果を挙げるにはどうすればいいのか、自分なりに考えて業務改革する習慣が身につく。いわば、社員一人ひとりが自然に働き方改革を実践しているようなものですね」
さらに社員の満足度向上につながっているのが業績連動賞与制度だ。そもそも同社にはノルマがなく、店舗や社員が目標額を設定し、余程のことがない限り、会社がそれを認めて年度目標を組む。そして決算後、経常利益を三分割。3分の1は企業の永続のための内部留保に、3分の1は「やりたいコト」を進めるための新規投資に、そして残り3分の1を業績連動賞与として社員に還元するのだ。
「当社の社員はハーブ・アロマが好きで仕事を楽しんでいる人ばかりですが、だからといって収入が少なくていいわけではありません。これまでの実績では、多いときの業績連動賞与は月給与の4カ月分ほどになり、通常賞与と変わらない金額に達することもあります。反対に経常利益が少なければ業績連動賞与はなくなりますので、みな頑張って目標値を達成しようとする。それも自分たちで決めた目標値です」
長い間、重永社長は「会社は何のためにあるのか」を自問自答し続けてきた。そして、「会社は社員が人生を賭けて仕事に打ち込んだ結果、社員と家族が幸せになるためにある」という結論にたどり着いた。経営者として、お客様に喜んでいただくのは当たり前。さらに社員に幸せになってもらうことが経営者の醍醐味であり、そのためには経済的な要素は欠かせない。
さらに社員への感謝を込めて、780人全員にバースデーカードとプレゼントを贈る。全員と言葉を交わし、酒を飲むことが以前からの目標だが、これももうすぐ達成できるという。「社員へのプレゼントはもちろん自腹ですよ(笑)。こういうところは絶対に会社の経費を使ってはいけません。社員は家族同然。どんなに人数が増えても僕は続けるし、規模が大きくなればなるほど人間臭い会社にしていきたい。感謝の気持ちをつねに伝えていきたいですね」
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株式会社生活の木
代表取締役社長 重永 忠
1961年、東京都生まれ。大学卒業後、大手流通業入社。その後、経済産業省中小企業大学校経営コースを経て、株式会社生活の木代表取締役に就任。51カ国から約300品種の原材料を直接輸入し、約2,500アイテムの商品を開発。直営店120店、提携店90店を展開。スリランカではアーユルヴェーダを行うネイチャーリゾートホテル「HotelTree of life」も経営する。2009年、経営コンサルティング会社リンクアンドモチベーションが実施した社員満足度調査で、東日本エリア1,100社中トップに輝き、注目を集めた。著書に『まかせる経営~ノルマをなくせば会社は伸びる』(PHP)。