経営に役立つコラム

【賢者の視座】株式会社ヴィス 中村 勇人

経営者のためのオフィスから、働く人のためのオフィスへ。
これからも「人」にフォーカスし、時代の波に乗り続けたい。

株式会社ヴィス
中村 勇人

近年、ひと昔前のものとは違った瀟洒な空間デザインのオフィスが増えている。
株式会社ヴィスは「デザイナーズオフィス事業」をいち早く標榜し、2020年東証マザーズに上場した業界のリーディングカンパニーだ。
創業者の中村勇人代表取締役が事業の着想から今後の展開までを語る。

オフィスが変われば、人は変わる。人が変われば、会社も変わる。

株式会社ヴィス 中村 勇人

室内とは思えないほど豊かな植栽。心落ち着く木質の家具。空間を緩やかに仕切り、集中と対話を両立させたコーナーづくり――「デザイナーズオフィス」という言葉そのものはまだ聞き慣れないが、心地よいオフィスはそこにいる時間を楽しくする。1998年に大阪で創業した株式会社ヴィスはいち早くそのニーズに気づき、事業を立ち上げた企業である。

同社の中村社長はもともと京都のディスプレイメーカーの出身。百貨店やアパレルメーカーなどにマネキンや展示什器などを納入し、ディスプレイ空間を提案・施工していたが、1998年37歳のとき、独立。人脈を活かしてテナント誘致業務や商業空間系のデザイン業務などを続けていた2003年、転機となる案件に出会う。

「大阪市内の古い町工場で、大変言いづらいのですが、内装も設備もボロボロの状態でした」と、中村社長は当時を振り返る。「ひと目見て“これは手に負えない”と思い、お断りしようとしました。ところが、社長が“親父が作った会社だが、これでは絶対ダメだ。全部任せるからぜひお願いしたい”と。“任せる”と言われたらもう断れません(笑)。さっそく改装工事を提案させていただきました」

長年、コンクリートの何もない空間に各種展示を創り上げてきた同社にとって、改装業務はごく当たり前にできること。しかし、工事後の町工場の人々の反応に中村社長は驚いた。訪れるたびに社員から口々に感謝の言葉をかけられる。プラスチック原料を扱う工場なので、どうしても業務後に原料粉が床に散乱するのだが、以前は粉だらけでも誰も気にかけなかった。ところが改装後はきれいな作業場を汚したくなかったのか、社員が自発的に早朝出勤し、床掃除をするようになったという。

「仕事場を変えるだけで、今まで起きなかったことが起きた。“オフィスってこれほどの変化を起こすことができるんだ”と、そのとき初めて気づきました。環境を変えたら人は変わる。オフィス空間を変えたら人が変わる。人が変われば会社が変わる。“これを仕事にしよう!”と決めるきっかけになりました」

「オフィスデザインって何?」から累計実績6,500件へ

当時のヴィスの社員数は中村社長を含めて3~4名。そこに中途採用で4人の営業経験者を採用し、まずは電話や飛び込み営業で案件を受注するところからデザイナーズオフィス事業をスタートした。とはいえ、まだ世の中に「オフィスデザイン」という言葉もない時代。知名度も実績もない会社が営業をかけても、当然反応は薄い。当初半年間は全く受注がなく、我慢の日々が続いた。

「朝は会社に集まりミーティング。夜は専門知識を教え、お酒を飲みながらその日の営業状況を聞く。毎日その繰り返しです。何度この事業をあきらめようと思ったことか。しかし、社員の話から少しずつお客様に近づいている気配が見え、ギリギリの線で我慢を繰り返しました。第1号案件がようやく受注できた後、初年度は7件の受注があり、2004年秋には東京オフィスを開設しました。この仕事をするなら東京、とわかっていましたから」

株式会社ヴィス 中村 勇人

時代の変化も中村社長に味方した。当初受注した案件は「社長のためのオフィス」が多かったが、徐々に「働く人のためのオフィス」へと内容が変化していった。洒落たミーティングルームを設置したり、社員のためのリフレッシュルームをつくるなど、働く人々のモチベーションを高める設備が盛り込まれる案件が増え、それが生産性向上や採用実績などに密接に関わることが常識とされる時代が到来した。

2004年の第1号案件から17年。同社の累計デザイン実績は約6,500件に上り、クライアント先には勢いのあるITベンチャーや大企業が含まれるようになった。リピート率が約4割と高いのは、クライアントに成長企業が多いため。コロナ禍にあっても案件数はむしろ増加し、オフィスの移転・拡大・縮小、ウェブ会議のスペース設置やコワーキングスペースの新設など、ニーズは減らないという。

社員教育の成否はトップの本気度にかかっている

「オフィス空間」とひと言で言っても、その内容は物件や業種によりさまざまで、全て“一点もの”だ。何もない空間にクライアントの夢や希望を一つひとつ描く必要があるため、ヴィスでも当初から社員教育はつねに最重要事項だった。中途採用が始まった頃は前述のように中村社長が手取り足取り指導したわけだが、社員数が増えるにつれ、仕組みづくりの必要にも迫られるようになった。

そこで社内で制定したのが、「クレド(約束)」と呼ばれる行動指針だ。同社のクレドは22条あり、その内容は「何が正しいか常に意識して行動する」「相手の立場で考えて行動する」など、仕事に限らず人生の生き方考え方にまで及んでいる。

「当社のクレドはかなり細かな内容ですが、コンサルタントなどは入れず、全て僕と役員で1年がかりで考え、13年前の新卒採用開始のタイミングで社内に発表しました」

クレドを浸透させるため、社内研修システムの整備も進めた。同社の社内研修の最大の特徴は、新入社員が社長と週2回、役員と週2回、30分間の対話を1年間続ける「ひよこミーティング」だろう。そこで中村社長や役員がクレドの内容を織り込みながら話をし、新入社員が質問をする。質問内容はなんでもOKだ。

2年目の社員には週1回の「ひなミーティング」、さらに中途入社のキャリア組には3カ月間、毎朝の「にわとりミーティング」が設けられており、いずれも中村社長が対応する。2021年6月末現在、同社の社員数は229名だが、中村社長が社員一人ひとりと接している時間は相当なものだろう。

「経営者仲間からは変わり者扱いですよ(笑)。ただ、社員教育の成否は、トップがどれぐらい本気で教育に取り組めるかにかかっています。これほど真剣に取り組んでいるからこそ、企業理念が社員に浸透する。当社の強みは企業理念を全社で共有できていることでしょう」

他に3年間20回のクルーアップ研修や週1回の勉強会などもあり、こうした教育制度を継続していく姿勢に本気度が現れるという。では社員数が増え、1,000人を超えても、この仕組みは続けられるものなのだろうか?

「人数的な制限はやり方次第でしょう。社員みんなが共感できるものさえあれば、人数は関係ありません。僕一人が旗を振っているのではなく、同じ思いを共有できる人が社内に増えていますので。社員数が10人20人の頃も“いつまでもこのやり方はできないよ”と、よく言われたものです(笑)」

目指すのはワークデザインカンパニー

今後、ヴィスが目指すのは「ワークデザインカンパニー」だ。ワークデザインカンパニーとは、ただ単にオフィスをつくるだけでなく、「はたらく」に関する企業の課題に対し一気通貫でサポートする会社を指す。働き方が多様化する今、クライアントへの同社のアプローチも、「どんなオフィスがいいですか?」「どんなデザインがいいですか?」から、「どんな働き方がしたいですか?」へと変化した。

「お客様から返って来る答えは多種多様です。今後、僕たちはオフィスデザインだけでなく、働 く場所や働き方なども 含めた「はたらく」に関するサービスを提供していきたい。いつまでもオフィスという“場所”に捉われていたら、時代に取り残されます。これからは“人”にフォーカスし、“働くをデザインする会社”になることが当社の使命だと考えています」

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株式会社ヴィス
代表取締役 中村 勇人

1960年、大阪府生まれ。大手ディスプレイ・商業空間デザイン会社を経て、1998年有限会社ヴィスを創業。1999年、株式会社に改組。2004年からデザイナーズオフィス事業をスタート。オフィスの改装からWEBサイト、パンフレット類の制作まで一貫したデザインでクライアント企業に提供する。2020年、東証マザーズ上場。2021年、東証2部指定。同年1月、大阪・心斎橋にコワーキングスペースやシェアオフィスなど多彩な働き方の提案とデータ収集を目的としたビル『The Place』をオープン。