企業が働き方改革に取り組む中で、「場所」にとらわれない柔軟な働き方を可能にするテレワークが注目されている。政府の働き方改革実行計画でもテレワーク推進が打ち出され、2017年12月に出た「柔軟な働き方に関する検討会報告」を踏まえ、近くテレワークに関する厚労省ガイドラインが出る予定である。
一方、実はテレワークに特化した労働法の規制というものは存在しない。厚労省が出す予定のガイドラインも法的拘束力はなく、運用上の留意点を取りまとめたものにとどまる。
言い方を変えれば、各企業が自由に制度設計できるのがテレワークといえるが、それだけに、制度を走らせた後になって様々な「課題」が表面化してくるケースも多く見られる。本稿では、労働法務を専門とする弁護士の立場から、そのようなテレワークの「落とし穴」と解決策について紹介したい。
テレワークについては、Face to Faceのコミュニケーションが欠かせない業務にはフィットしにくいとか、資料作成やデータ入力に向いているといった傾向が語られるが、企業ごとの特殊性、あるいは個々の社員の性格や仕事のスタイルといった属人的要素にも左右されるため、予測が難しいことは否めない。
そのため、テレワークを導入してみたものの、実際に運用したらフィットしなかった、逆に生産性が落ちた、職務に専念できていないといった問題が表面化する事態はどうしても出てくるし、筆者自身、そのような相談を顧問企業からよく受ける。
このときに重要なのは、運用の状況を踏まえてテレワークの適用を「解除」する、社員の利用申請を「承認」しないといった企業側の対処について、テレワーク規程の中に根拠条項が定められているかという点である。
企業によっては、「社員が申請した場合にはテレワークの利用を認める」という定め方になっているケースもあるが、このような作りでは、生産性が下がっている社員の申請を却下できるのか、パフォーマンスが落ちている社員をテレワークから外せるのか、議論が生じてしまう。きちんと「解除」「承認」の根拠条項を規程に定めておくべきである。
第2の落とし穴は「長時間労働」である。テレワークには、物理的な問題として会社の管理が及びづらくなる側面がある。それが先に述べたパフォーマンス低下につながることもあるし、逆に管理が弱くなったところで「働き過ぎ」を招く危険性をも秘めている。
この点は政府の働き方改革実行計画でも「他方、これらの普及が長時間労働を招いては本末転倒である」と指摘されている。ワークライフバランスの実現を目的とするテレワークが却って長時間労働を招くというのは正に本末転倒であって、過重労働をめぐる昨今の情勢を考えれば、何としても避けなければならない。
そのため、テレワークを運用する際は、テレワーク対象者の長時間労働対策について検討することが不可欠といえよう。
具体的には、テレワーク対象者が時間外労働する際は事前に上長に申し出て、許可を得なければならないという時間外労働の「事前許可制」、休日・深夜労働についてはさらに進んで「原則禁止」とする形が考えられる。そして、これら施策の実効性を確保する上では、時間外は上長の許可を得なければ社内システムにアクセスできない、休日・深夜はアクセスを禁止するといった「アクセス制限」の方法をとることが有効となる。
さらに、テレワーク対象者が長時間労働に陥る要因として、深夜や休日にまで業務メールが飛び交い、それへの対処を余儀なくされる点が挙げられるため、深夜や休日に即時の対応を求めるような業務メールを送付しないよう、各部署の上長にアナウンスする策も検討される。
第3の落とし穴は「労働時間管理の方法」である。冒頭述べたように、労働法にはテレワークについての特別な法規制が用意されていない。テレワークというだけで、残業代を支払わなくてもよいとか、1日の労働時間が8時間にみなされるといった仕組みは誤解であり、法違反が生じるリスクを伴う。
テレワーク対象者についても、労働基準法に基づいた適正な労働時間管理を行うことが必要となる。
テレワークについて1日の労働時間を8時間とみなす仕組みをとるには、事業場外みなし制(労働基準法38条の2)か、裁量労働制(同法38条の3、4)の要件を満たす必要がある。裁量労働制の考え方は通常の社員と同じであるが、事業場外みなし制については行政がテレワーク向けの考え方を示している(平20.7.28基発0728001号)。
行政解釈によれば、情報通信機器を通じた会社からの指示に「即応」する義務を課したり、会社が業務に関して「具体的指示」を出してしまうと、事業場外みなし制の適用が否定されてしまう。テレワークに事業場外みなし制を適用する際には注意が必要である。
事業場外みなし制、裁量労働制をとらない場合は、2017年1月に策定された「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」に即した時間管理を求められる(管理監督者を除く)。
具体的には、勤怠システムを通じた自己申告をベースとしつつ、申告された時間が実態と「乖離」していないかのチェックのため、PCの使用時間の記録等も随時検証するといった方法が考えられる。
※本内容は2018年1月の情報を元に執筆しています。
石嵜・山中総合法律事務所 弁護士
専門分野 労働法(経営側)
橘 大樹(たちばな ひろき)
慶應義塾大学法学部法律学科、一橋大学法科大学院卒業。司法試験合格後、司法修習を経て弁護士登録、石嵜・山中総合法律事務所に入所。労働法を専門分野とし、訴訟、労働審判、団体交渉などの紛争対応、顧問企業からの法律相談のほか、執筆やセミナーに活躍中。