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close-up(話題のビジネストレンド)

経営者の決断と後継者の姿勢

本連載では、これまで3回に亘って多様化する事業承継について述べてきた。最終回は、事業承継を決断する経営者と経営を受け継ぐ後継者の姿勢について述べ、全体を総括していきたい。

メリ・デメ思考では決断できない

これまでも述べてきたように、事業承継スキームは多様化を極めている。最もオーソドックスな「親族内承継」は下降のトレンドを辿り、それに代わって社内の役員や幹部社員が承継する「社内承継」や外部のスカウト人材を招へいしたり、M&Aで所有権そのものを売却する「第三者承継」のウェイトが高まっているのだ。具体的な事業承継スキームとしては、親族内承継に有効とされる「自社株の納税猶予制度」があったり、所有と経営を分離する「ホールディング経営」スキーム、役員・社員が資本を継承する「MBO/MEBO」スキームなどがある。その他にも株式公開(IPO)や公益財団法人・NPO法人など、選択肢は多岐に渡る。

事業承継における意思決定は上記のように企業の所有のあり方を問う資本政策に絡むものとなる。オーナー経営の場合、その決断は経営者にしかできない。そのとき、経営者はどういった判断基準で「腹決め」するのだろうか?

ある事業承継セミナーで中堅企業の創業者が「ホールディング経営」のテーマで講演した。受講者はオーナー経営者・後継者がほとんどで、その多くが事業承継に悩み、スキームとしてホールディング経営に関心を持っていた。その創業者の話は、創業時の理念にはじまり、ダイナミックな事業展開、多角化に際してのホールディング化、今後の壮大なビジョンと続いた。受講者はその魅力的な内容に引き込まれていったが、ホールディング経営の実務的な内容が乏しかったため、その面で物足りなかった感を否めない。

講話後の質疑応答タイムで受講者の一人からこんな質問が出た。

「ホールディング経営におけるデメリットは何ですか?」

その質問に対し、創業者は少しいぶかし気な表情をし、しばしの沈黙があったが、やがて真顔に戻って、こう言い切った。

「デメリットなどというものはない。あるとしたらそれは目的を達成するためのプロセスだ」この含蓄のある言葉は、大きな決断をする際の経営者の心情を明確に表していると言えるだろう。事業承継はどの企業においても数十年に一度という大きな転換点である。先行きが不透明な時代においては、「このスキームなら間違いない」という絶対的なものはなく、どのスキームを選択してもメリットもあればデメリットもある。そのとき不確実性の高いメリットに対し、現実的なリスクとなるのがデメリットであり、“メリ・デメ”のみの思考では意思決定をすることが困難となることが多い。それでも企業は持続的な進化を遂げる必要があり、現実的な壁も乗り越えて行かなければならないだろう。決断というものの本質は、そんな壁やリスクと向き合うことを“腹決め”することなのである。

経営者が決断する際の価値観は何であろうか?それは経営理念やミッション(使命)など企業の存在価値そのものであると言える。事業承継は企業にとって数十年に一度の転機であると述べたが、そのタイミングで理念やミッションを見直し、本来自社が向かうべき方向を再認識することが重要なのである。

世界のファミリービジネスを繋ぐ組織であるファミリー・ビジネス・ネットワーク(F.B.N.)が提唱する概念にポラリス(北極星)というものがある。ファミリービジネスを続けてゆく中で、利益を得ることを第一目的とするのではなく、自分たちの固有の目的=ポラリスに向かうことが大切だという考え方である。夜空に光る北極星を目指しながら段階的にステージアップしてゆくイメージだ。企業が未来へ続いてゆくためには、同じことばかりを繰り返すのではなく、イノベーションが必要であり、それは社会にとって必要な方向性で起こさなければならないのである。

企業の存在価値を社会性に見出し、それを考え方の軸にして、事業承継スキームを決断する。それは相続税対策などという狭い了見ではなく、企業の本質的な姿を追い求めるのである。

任せきる経営~後継者の経営スタイル

経営者の決断を受け継ぐ後継者はどのような姿勢で経営して行くべきだろうか?その基本スタンスは「社員に任せる経営」であるべきだろう。

創業100年を越える老舗企業A社。現社長は3代目であり代々創業家が経営を受け継いできた。祖業は呉服問屋であったが、現在では複数の事業を、各事業会社で展開しており、中には世界一の規模を誇る事業も存在する。

同社には創業から伝わるファミリーの不文律がある。それは「グループ内に同族関係者は一人しか入れない」というものだ。同族経営の中に非同族経営の要素を積極的に取り入れることを重んじるのが同社の理念である。兄弟はたとえ優秀でも会社に入れず、また同業で起業もさせず、他の同族企業に養子に出したりしてきたというのである。「そうしないと社員にチャンスが与えられない」。

現社長はそう力説する。実際、社長は創業家から出しているものの、ナンバー2以下は必ず社員から登用するようにしているのだ。非同族的な経営を実践するために、社員である二番手の育成には特に力を注いでいるという。そのような経営スタイルが今のA社の成長に繋がっていると言えるのである。

B社は食品関連の事業会社でポートフォリオを構成する、東証一部上場企業グループである。設立10年余りと若い会社ではあるが、M&Aで急成長を実現した。現在では10社を超える事業会社からなるが、そのすべてがM&Aによるものである。創業者である現社長は食品業界に精通しているわけではない。経営の実務は買収した会社の幹部に任せるしかなく、結果的にそれがグループシナジーの発揮に繋がっていくのだ。

事業会社の上には全体を統括する持ち株会社があり、その中には事業会社に横串を通す機能を持つ組織が存在する。例えば、買収した会社に優秀な営業マネジャーがいれば、その人を持ち株会社に引き上げ、グループ全社の営業を任せる。こうすると優秀な能力が更に開発され、全体の付加価値を高めてゆくのである。横串を通す組織には、そのような機能が数多く存在しており、事業会社が相互に強みを活かしあい、弱みを補完しながらグループ全体で増収増益の経営を展開しているのである。

オーナー経営における後継者は必ずしも現場を熟知しているわけではないし、むしろ現場叩き上げの古参幹部には敵わない場合が多いであろう。しかし上記の2つの事例は現場の実務は叩き上げの社員に任せ、経営者自体は新たな戦略を策定し、社員が育つ環境づくりをすることに徹していると言える。オーナー経営における後継者はむしろこのスタンスを取り、社員の自律性を尊重した経営に徹するべきである。それがこれからの時代の組織づくりのトレンドにもかなうし、社員が活き活きと成長する企業になるのだ。

経営者は、企業の長期的存続のために大きな目標を掲げ、その方向性を決めることを決断する。またその決断に共感する社員が経営の実務を任され、高いモチベーションで会社とともに進化・成長していく。事業承継とはその大きな流れの節目であり、それを機に更なる進化をコミットするタイミングなのである。

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株式会社タナベ経営
経営コンサルティング本部
九州本部 副本部長/100年経営研究会リーダー
中須 悟(なかす さとる)

「経営者をリードする」ことをモットーに、経営環境が構造転換する中、中堅・中小企業の収益構造や組織体制を全社最適の見地から戦略的に改革するコンサルティングに実績がある。CFP®認定者。