近年、職場のパワーハラスメント問題や「誉めて育てる」文化への誤解が原因で、「怒れないリーダー」が増えていると言われる。一方、ビジネスシーンで怒りの原因が減っているわけではなく、むしろグローバル化や価値観の多様化とともに、怒りを感じる場面は増えているのではないだろうか。
そのため、多くのエグゼクティブは自分の中の怒りを持て余して対応に苦しんだり、反射的に怒りを爆発させて取返しのつかない事態を招く危険性を抱えている。
そんな怒りの感情と上手につきあうための心理トレーニングが、「アンガーマネジメント」だ。1970年代の米国で犯罪者に対する矯正トレーニングをもとに生まれ、今や多くの米国企業やエグゼクティブが積極的に研修に採り入れている。
よく誤解されるが、アンガーマネジメントは怒らないためのトレーニングではない。衝動的な怒りを抑え、怒る必要があるときに適切に怒るためのトレーニングだ。そのため、怒りの感情の仕組みを知り、自分がどのような怒りのタイプを持っているのか認識する必要がある。その上で自分の中の怒りと上手くつきあっていく方法を身につけるのが、アンガーマネジメントの目的である。
怒りは喜怒哀楽の中でもっともエネルギーが強い感情である。そのため、「ついカッとなって怒鳴ってしまった」などの事態を引き起こし、組織を硬直化させてしまう。しかし、怒り自体は自分の身を守るための防衛感情であり、生きていく上でなくてはならないものだ。
また、怒りは「不安」「つらい」「悲しい」などの「第一次感情」が溜まった末に生まれる「第二次感情」で、よくコップから水があふれる状態に例えられる。普段なら何とも思わないことになぜかイライラする日があるのは、コップの中に「第一次感情」がいっぱい溜まっている証拠だ。
さらに、怒りには次の4つのタイプがある。
自分が4つのタイプのどれに当たるのか知ることは、怒りをマネージメントする上で重要だ。また、部下や取引先の担当者など周囲の人の怒りのタイプを知っておくと、今後の接し方を考える上で大いに参考になるだろう。
では、強い怒りを感じたとき、私たちはどのように対処すればよいのだろうか?
これまでの研究によると、怒りのピークが持続するのは6秒だといわれている。つまり、6秒過ぎれば、暴言を吐いたり、無礼な態度を取ってしまう危険は去る。とはいえ、ただ黙って6秒間を耐えるのは難しいので、次のような対処法を紹介する。
怒りを数値化することで、目の前の怒りを客観的に捉えるもの。怒りの天井を設定することで、相対的に日々の怒りを小さく感じさせる効果がある。人生最大の怒りは生涯に数えるほどしか訪れないだろうし、それに比べれば日常の怒りは「これぐらいならレベル3だ。たいしたことない」と思えるようになる。また、数値化することに意識が向いているあいだに、危険な6秒間をやり過ごすこともできる。
人間は社会的な生き物のため、興奮しているときも誰かに声をかけられると感情の高ぶりを抑える傾向がある。これをセルフで活用するのが「コーピングマントラ」で、自分なりの心が落ち着く言葉を用意し、怒りを感じたときに心の中で繰り返す。言葉の内容は「たいしたことないさ」「一晩寝れば忘れることだ」など感情を受け流すセリフでもいいし、子どもやペットの名前など気持ちをやわらげるものでもいい。なかには言葉ではなく、深呼吸や指を組み合わせるなど、自分なりの落ち着く動作を用意する人もいる。
前述した「スケールテクニック」や「コーピングマントラ」は目の前の怒りに対する対処法だが、怒りに対する許容範囲が広がるよう体質改善する方法もある。
どのようなときに自分が怒りを感じたのか、(1)日時・場所(2)出来事(3)思ったこと(4)怒りの強さの順で記録する。すると「返事がないことに怒りを覚える」「会議の後にイライラしがち」など、自分の怒りの傾向が見えてきて、対処がしやすくなる。さらに次に説明する「べきログ」の要素の洗い出しにもつながる。
そもそも人は自分自身の価値観が破られたときに怒りを感じるものだ。例えば、「会社を突然休むときは、電話で連絡を入れるべき」だと、あなたが考えているとしよう。しかし、世の中にはメールで連絡を入れてきたり、連絡そのものをしない人も存在する。そんなとき、「○○べき」が怒りの原因となる。「○○べき」は生まれ育った環境や時代によって変化し、正解はない。あるのは自分自身の頭の中にある「常識」や「当たり前」。つまり、「○○べき」が破られたときに感じる怒りは、他らなぬ自分自身が生み出しているものといえる。そこで、自分の「○○べき」の境界線を右図のように明確にすると、怒りをコントロールしやすくなる。
この場合、あなたが怒るべき境界線は(2)と(3)の間にある。その日によって怒ったり怒らないでいたりすると、部下はあなたの価値観がわからず、単なる気分屋と思われてしまうので、一貫性が必要だ。また、自分のゾーンをかたくなに守り続けると、自分も周囲もつらくなり、ビジネスがスムーズに運ばないこともある。徐々に(1)や(2)の範囲を広げていくことが重要で、結果として怒りの頻度を下げることにもつながっていく。
同時に、どんな「○○べき」を破られたときに怒りを感じるのかメモする「べきログ」をつけておくと、自分の怒りの傾向を客観視できる。エグゼクティブに直接注意する人は少ないので、自己認識を高める上でも「アンガーログ」や「べきログ」は効果的な方法だ。
さらに、「アンガーログ」や「べきログ」を職場のメンバー全員で記録し、共有すると、部下の価値観を知るきっかけにもなる。自分を知り、相手を知り、余計な怒りに振り回されないためにも、ぜひアンガーマネジメントのテクニックを活用していきたいものだ。