今回は、顧客プロファイル別に何をすべきかを述べていきたいと思う。最もわかりやすい顧客プロファイルは、その顧客と取引があるかないかだ。顧客を既存顧客、新規顧客と分けた場合、既存顧客に対してどのようにその取引関係を深めていくのか、顧客深耕ということが求められるだろう。それに対して、未取引顧客であれば、顧客に対する接点創出からいかに取引関係を構築するのかが大事になる。
営業変革において重要なのは、顧客と自社の取引関係、ポテンシャルから顧客をセグメント化し、それぞれの顧客に対してどのような攻略をしていくべきかを考えることである。図1はそのセグメンテーションをした例である。自社にとって最も優良な顧客とはポテンシャルが高く、かつ自社の取引比率が高い顧客であり、まさしくロイヤル顧客である。ロイヤル顧客は、自社がどうしても守らなければいけない顧客である。ポテンシャルが大きいが、自社との取引比率があまり高くない顧客は、逆に重点的に攻略すべき拡大顧客といえるだろう。つまり、このような顧客に対しては、現在の取引関係からいかに取引関係の幅を広げ、深さをさらに持たせるにはどうしたらいいのかを考えなければならない。このポテンシャルについては様々な考え方があるが、例えば、業種性も鑑みたIT投資額等、推測もかねて定量的な把握が必要だろう。その為に重要な考え方が顧客課題の連鎖だ。顧客はどのような課題を抱いているのか、常に顧客の課題を探索しなければならない。
そして、それらの課題を整理したら、課題の連鎖を考えることが大事だ。顧客の課題は一つだけではない。顧客は多くの課題を抱えており、ある課題を解決すると、異なる課題が発生する。これらの連鎖をシナリオ化しておくことが必要だ。こうした課題を商材の組み合わせでソリューション提供することもあるし、もしくは、ある商材で課題解決をしたあと、更に異なる課題を異なる商材で解決していくといったことが求められる。顧客課題起点で常に考え、ソリューションをくみ上げることにより、顧客との取引関係を更に深くしていくことが必要だ。
中小企業向けのITソリューションを提供している「A社」は、常に顧客の課題に対して解決シナリオを訴求している。そして、それは一つの商材で終わることはない。それができるのは「A社」が常に中小企業に対するワンストップソリューションを考えているからである。
例えば、中小企業であればセキュリティ専門の担当者はいない。総務の人財が入館セキュリティについても、情報セキュリティについても、すべてのセキュリティを担当していることが多いのだ。こうした中小企業に対して訴求するのは、専門の担当者を持たないことで生ずる悩みに対してワンストップで応えることである。
まず、顧客の課題を把握しそれを連鎖シナリオとして構築する。商材を売り切りにするのではなく、ある課題を解決したら次に顧客が感じる課題に対する仮説をたて、常にシナリオを展開することが求められる。その為には顧客の課題に対する仮説構築と検証のプロセスが必要だ。顧客とのコンタクトポイントである営業、コールセンター(インサイドセールス)、Webサイトなど、それぞれのタッチポイントがどのようなシナリオをもって顧客と接するのか、シナリオを明確に構築したうえで、そのシナリオを共有し、各タッチポイントが連携して進める必要があるだろう。
既存顧客、つまりすでに取引がある顧客でも、自社の提供価値の一部しか提供していないことがほとんどだ。まずは、既存顧客との取引関係を見直して、ポテンシャルが高い顧客に対して、顧客課題の連鎖シナリオを構築することにより、いかに顧客との取引関係を深めていくかが大事だ。
では顧客開拓はどうするか?既存取引の顧客であればすでに接点があるので、窓口となる部門との会話は行えるため、断片的かもしれないが顧客の悩みは想像することができる。しかしながら、未取引顧客に対して開拓をしようと思うと、顧客の課題に対してどのように仮説を立てるかということが重要になる。
顧客内のセキュリティレベルが非常に高い昨今とあっては、顧客に対する訪問もアポイントメントがない状態では難しい。かといって、未取引顧客にアポイントメントを入れること自体が非常に難しい。何故ならば、顧客は多くの事業者の売り込みに半ばうんざりしている状態であり、アポイントメントを取ることは至難の業だからである。ではどうすればいいか?顧客はそもそも関心の初期においては、営業と話すことより、Webサイトなどでの検索、ウェビナーやセミナーなどでの情報収集を好む。営業が顧客の問題意識の詳細を知らない段階で訪問するよりも、顧客が好んでいる形での情報提供をすることの方が、顧客にとっては親切であるといえる。このように顧客深耕、顧客開拓ごとに自社がどのように顧客にアプローチするのか、明確なシナリオを考え、それを組織として連携して取り組むことが必要となる。
顧客深耕と顧客開拓について、どちらにも大事なことは顧客課題連鎖と提供価値連鎖だ。では、それはどうしたら構築できるのだろうか。一つの方法としては、自社が過去に提供してきた商品、ソリューションが顧客のどのような課題の解決に寄与したのかを整理し、抽象化、一般化することが必要だ。事例というのは、とかく個社の固有事情に依存したものとして捉えられがちであるため、個社事例であると横展開が利かなくなってしまう。特定の顧客事情による特殊な事例として捉えられると、その先行事例を読んだ営業はそれを自分の顧客に展開しようと思わなくなる。そのため、事例はなるべく一般化、抽象化したほうがいい。営業が自分の顧客にもあてはまるのではないかと思われるレベルに噛み砕くことが必要だ。
例えば、化学業界のある特殊な工程の検査ソリューションであれば、プロセス産業における検査工程のソリューションなど横展開イメージに幅を持たせたほうがいい。また、マーケティング組織により、営業が展開するソリューションの前提として、顧客の抱えている課題を顧客との議論のなかで抽出していくことも重要である。実際、筆者のクライアントにはこうした部門を設けている会社が存在し、中小企業向けマーケティング機能により営業変革に成功している。その会社では、トップセールスだった人財がマーケティング本部に属し、中小企業の経営者がどのような悩みを持っているのか、業種ごとに課題の探索を行っている。こうした活動が必要となる。
そして、顧客深耕と顧客開拓には三層営業と部門横断の体制が必要となる。三層営業とは、担当者、中間管理職、経営層を指している。顧客に対する関係性は、常に多層的な関係性の構築を狙うべきである。
筆者も過去、精密機器の営業を行っていたが、三層営業の重要性は担当者としての頃と中間管理職としての経験を有している。顧客の意思決定は、担当者だけでは行われない。だからといって、経営層と面会しているだけでも案件が創出できない。経営層が抱く経営課題から担当者の検討結果として課題が具体化される場合もあるし、担当者からのボトムアップで、中間管理職、経営層へと上がっていく場合もある。いずれにしても、各階層を自社の各レイヤーに対応した形で中間管理職、経営層をあて、経営課題とそれを解決する方法を具体化し、各階層の納得を醸成しなければならない。また、IT機器、情報システム系の商材を扱う営業であれば多くの場合、情報システム部門や総務部門を訪問するが、使用するユーザーは設計・開発、人事、法務など各部門である。そのため、部門横断で提案できる体制を組むことが必要だ。常に窓口となってくれる部門の立場に配慮しつつも、ウェビナーや情報誌などを通じて、各部門へのアプローチを絶えず行うことが必要となる。
株式会社野村総合研究所
コンサルティング事業本部
シニアパートナー
青嶋 稔氏
1988年精密機器メーカーに入社。1994年から2014年まで10年米国駐在、PMI、新規事業プロジェクト責任者。2005年株式会社野村総合研究所(以下、NRI)に入社し、2012年同社初パートナー、2019年4月同社初シニアパートナーとなる。
専門は、製造業におけるM&A、PMI、長期ビジョン、中期経営計画策定CRM戦略、営業改革を専門とする。
著書は、『マーケティング機能の再構築』中央経済社、『日本は「パッケージ型事業」でアジア市場で勝利する』東洋経済新報社、『「強くて小さい」グローバル本社の作り方』NRI出版、『ハーフエコノミー時代の営業改革』NRI出版、『リカーリングシフト』日本経済新聞社など多数。