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ニューノーマル時代の営業変革 ―コミュニケーションミックス

1.なぜコミュニケーションミックスか?

ニューノーマルの時代となり、製品起点の営業から、顧客課題と顧客体験起点で考える営業変革が必要であることは第一回目に述べた。この営業変革で実現が必要となる営業プロセスは、顧客のカスタマージャーニーをもとに考えることにある。すると、顧客がどのようなタッチポイントを望んでいるかについて真摯に向き合い考えることが求められる。顧客は営業との早期コンタクトを望んでいないことが多いという事実をまずは受け入れる必要がある。

コロナ禍において、営業に強みを持っている会社が顧客から訪問を断られるなどの事象が多く発生した。緊急事態宣言下では、営業は自宅もしくは会社にいることが原則で訪問ができない。そこで取り組み始めたのがWeb会議などを使った営業活動、もしくはコールセンター、Webなどを用いた非対面営業である。過去訪問していたのを営業がWeb会議をするだけであれば、さほどの難しさはない。しかしながら、これがWebやコールセンターとうまく同期をとる、つまり、それぞれのタッチポイントが役割を決めて、顧客にとって理想的なカスタマージャーニーを構築しようとすると、顧客と接点を持つ各部門が理想のカスタマージャーニーについて共通認識を持つことが必要となる。会社の中には様々な顧客接点があるが、営業は勿論のこと、サービス部門、インサイドセールス(コールセンター)、Webデザイン部門など同じ認識で協働しなければならない。

そして、顧客と自社の各タッチポイントがどのような会話をしているのか、顧客の課題把握状況などコンタクト履歴が共有されていることも更に重要になる。筆者は、このように顧客課題連鎖、提供価値連鎖のシナリオを各タッチポイントが連携して進めている状態をコミュニケーションミックスと称している。顧客にとって最も望ましいカスタマージャーニーのもと、各タッチポイントが有機的に連携の上、顧客へメッセージを発信し、顧客の関心事、問題意識、課題の理解を深めることが大事だ。それではどうしたらコミュニケーションミックスが実現できるのかを述べたい。

2.コミュニケーションミックスの実現手順

コミュニケーションミックスを実現するには、(1)顧客課題連鎖、提供価値連鎖のシナリオを構築する、(2)顧客にとっての理想のカスタマージャーニーを構築する、(3)タッチポイント間の連携シナリオの構築、(4)パイプライン管理と顧客情報の情報基盤の構築、が必要となる。

(1)顧客課題連鎖、提供価値連鎖のシナリオの構築

ニューノーマル時代の営業変革において、もっとも大事なことは顧客課題起点で考え、顧客にとって理想の顧客体験を創出することだ。そのためには、顧客課題に対する理解が必要だ。しかしながら、それぞれの営業や各種タッチポイントが顧客課題を個別に理解することは難しさもある。つまり各個人のスキルレベルはバラバラであるため、顧客課題の理解にまで到達しないことも多い。こうした状況に求められるのは、組織としての仮説構築だ。

同じような属性の顧客、例えば不動産業、機械製造業、印刷産業など同一の業界、もしくは、人事、法務、総務、経理などの業務で見ると顧客の課題には共通性がある。顧客課題はこの共通性で汎用化、抽象化した顧客課題をまとめることが求められる。

しかしながら、ここで一つ問題がある。営業の体制が業種別組織に分かれていない場合どうすればいいかである。多くの営業組織では、中小企業向け営業であれば地域別で顧客担当をしている。そのため、地域ごとに様々な業界があり、仮に不動産業の業界課題を把握・勉強しても、一日の営業活動では不動産業だけを回るわけではない。こうした状況において、営業など各タッチポイントが顧客課題連鎖、提供価値連鎖を構築するためには、マーケティング部門などが市場開拓のための業種別課題連鎖とそれに対する提供価値連鎖のシナリオを構築しておくことが必要だ。

例えば、中小企業も働き方改革について、高い問題意識を持っているが、働き方改革だけではあまりにも意味合いが広く、具体性に乏しい。中小企業の課題としては、リモートワークに対する情報セキュリティなどのインフラ環境整備、Web会議インフラなどの構築、遠隔でも推進できるデジタルワークフローの構築、紙ドキュメントの電子化とワークフローへの取り込みなど、顧客が働き方改革において在宅勤務を取り入れていく場合、困るであろう課題が具体的に抽出されてくる。ここで大事なことは課題の一般化と、顧客向けに具体化することの両面を行わなければいけないということだ。これらの課題は一般的にどの業界にも共通する。仮に建設業の顧客に提案するのであれば、工事見積、積算業務など建設業ならではの業種固有の業務を例示して、業界の方が関心を持って聞いていただく内容にすることが肝要となる。

(2)顧客にとっての理想のカスタマージャーニーを構築

更に顧客にとって理想となるカスタマージャーニーの構築が必要だ。顧客はどのように課題に気付くのか。その関心を如何に高め、どのように調査し、様々な比較検討のうえ、意思決定にたどり着くのか。それらの過程において、どのようなタッチポイントが最も顧客にとって理想的であり、どのような情報提供を行うと顧客は次のプロセスにいってくれるのか等を議論することが必要だ。可能であれば営業部門、コールセンター、サービス部門、Web構築担当者など、様々なタッチポイントを担当する人財が一同に介し、顧客の課題連鎖、提供価値連鎖についてワークショップなどにより議論し、どのようなカスタマージャーニーが顧客にとっての理想なのかを検討することが理想だ。こうして、全社横断で構築したカスタマージャーニーの意義は大きい。

(3)タッチポイント間の連携シナリオの構築

そして、描き出した理想のカスタマージャーニーで各タッチポイントがどのような役割を果たすかの連携シナリオの議論をし、構築することが必要だ。目指す理想の姿に合意ができたら、それぞれのタッチポイントが果たす役割、そしてどのような状態にして、次のタッチポイントにつなぐことが必要なのかを明確に定義しなければいけない。

例えば、Web広告により注意をひきつけ、インサイドセールスで、より詳細な情報を与え、かつ顧客の関心領域、課題をヒアリングしたとして、そこから営業にエスカレーションし詳細の提案に繋げたとしても、営業が動いてくれなければ意味がない。連携をした際、その前工程は後工程にどのような状態でバトンを引き継ぐべきなのか、後工程はバトンを受けて、どのように行動すべきなのかを明確に定義しておくことが必要だ。そして、その連携状況を案件別にフォローをし、うまくいっていない場合は何が原因であるのかを明確にし、問題があればその解消をしていかなければならない。

(4)パイプライン管理と顧客情報の情報基盤の構築

最後に、必要な情報基盤の整備が不可欠だ。これまで述べたことを実施するには、情報システム基盤が必須となる。例えばパイプライン管理の仕組みだ。パイプライン管理とは企業の営業プロセスを細分化し、顧客とのコンタクトから受注、そしてフォローアップまでを可視化して分析する手法のことだ。パイプライン管理がなぜ必要かというと、同じ企業のなかでもプロセスについての定義が異なることがあるからだ。これらの定義を合わせることがまず重要だ。そのうえで、各タッチポイントがどのようなアクションを各プロセスで行ったのかを共有する仕組みが必要となる。こうしたパイプライン管理については、SFA(営業支援システム)などのクラウドの仕組みが導入においても手軽といえる。ただ、ツールを入れたら何か飛躍的に進むということはない。コミュニケーションミックスには業務のしっかりとした設計が成功の必須条件となるのである。

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株式会社野村総合研究所
コンサルティング事業本部
シニアパートナー
青嶋 稔氏

1988年精密機器メーカーに入社。1994年から2014年まで10年米国駐在、PMI、新規事業プロジェクト責任者。2005年株式会社野村総合研究所(以下、NRI)に入社し、2012年同社初パートナー、2019年4月同社初シニアパートナーとなる。
専門は、製造業におけるM&A、PMI、長期ビジョン、中期経営計画策定CRM戦略、営業改革を専門とする。
著書は、『マーケティング機能の再構築』中央経済社、『日本は「パッケージ型事業」でアジア市場で勝利する』東洋経済新報社、『「強くて小さい」グローバル本社の作り方』NRI出版、『ハーフエコノミー時代の営業改革』NRI出版、『リカーリングシフト』日本経済新聞社など多数。