本特集の中で、営業変革について述べてきたが、最後は営業マネジメントについて述べる。営業変革について、特に重要になるのが営業マネジメントの変革である。この特集の最初に述べたように企業は、VUCA※という言葉に意味される非連続な市場環境の変化に直面している。過去の仕組みを引きずった営業改革ではなく、抜本から刷新し、まったく新しいものに生まれ変わる営業変革を遂行する必要がある。自社の強みである接点型の営業が逆に否定される状況にあるコロナ禍において、営業プロセスとはどうあるべきか、提供者側の立場で考えるのではなく、顧客起点で考えることが必要だ。
過去の営業マネジメントは何で組織を管理、評価していたかというと、売上、利益、販売台数などが主要な結果指標だ。その過程において、パイプラインの管理を行っていた。しかしながら、これらは提供者側の論理だ。コロナ禍において、こうした営業マネジメントは全く意味を持たなくなった。対面営業による訪問が難しくなり、営業行為の継続が厳しくなった。
また、管理指標については、販売台数や粗利益、販売金額は提供者にとっては大きな意味を持つ数字であるが、顧客にとってはベンダーからいくら購入したかということに意味はない。顧客にとって意味のないことを管理指標として顧客と接点を持ち続けても、顧客から喜ばれる存在にはならないだろう。
営業組織は、何を目指すべきか?それは顧客の理想状態を共に実現するパートナーとなるべきである。顧客体験、カスタマージャーニーについて述べたが、具体的には理想となるカスタマージャーニーを実現しなければならない。
そうなると、営業マネジメントにとって最も重要なことは顧客理解に基づき、顧客の理想状態であるカスタマージャーニーを如何に実現してくれるか、となる。つまり、これまではサプライヤーサイドの論理で営業組織をマネジメント、評価をしていたことから、如何に顧客の理想のカスタマージャーニーに向けてそれを実現できているかという視点で組織をマネジメントしていくことが重要になる。このようなパラダイムシフトが営業組織には起きている。これを営業マネジメントが理解し、率先して改革を推進しなければ営業変革の実現は不可能である。
筆者は多数の営業組織をみてきた。営業変革がうまくいかないという組織の悩みも多く聞いている。それらの組織の多くが営業担当者は顧客起点で行動をしようとしているが、営業マネジメントが、「月末までにいくら、何台売れるのか?」にしか興味がなく、営業担当者の変革マインドが冷え切ってしまうことが多い。営業変革には営業マネジメントが抜本的に変わることが必須である。
※Volatility(変動性・不安定さ)、Uncertainty(不確実性・不確定さ)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性・不明確さ)の略であり、先の見通せない市場環境のこと
営業マネジメント変革の方向性としては、(1)カスタマージャーニー実現の担い手としての営業マネジメント、(2)営業とサービス・サポートの一体化、(3)NPSの評価への導入がある。
営業マネジメントは販売をする、売るという結果指標から、顧客理解を深化し、顧客にとっての理想のカスタマージャーニーを実現することを、最大の目的とする集団へと変わっていかなければならない。そのため、過去は何台販売した、いくら売った、稼いだというスポット指標で評価されていたが、その評価のされ方も大きく変わらなければならない。営業マネジメントは、顧客のカスタマージャーニーを実現するため、営業担当者のみならず、サービスマン、Web構築、インサイドセールスを包含してみることで、カスタマージャーニーを設計し、その実現に努めなければならない。これが新たに営業組織に求められるものである。
フィリップコトラーは著書、マーケティング4.0において、マーケティングを顧客の自己実現することと定義している。営業はマーケティングで求められる顧客の自己実現、つまり顧客の理想状態を実現するため、具体的な商品やサービスを顧客の課題理解のもと、提供をし、課題解決をすることで、顧客の理想のカスタマージャーニーを実現する行為でなければならない。そのためには全社の顧客のタッチポイントを束ねることで、理想の顧客体験を生み出せるマネジメントへと変革することが必要だ。
営業マネジメントが理想のカスタマージャーニーを実現しようとすると、営業とサービス・サポートは一体化する。更に営業は様々な顧客接点を束ね、理想のカスタマージャーニーを実現しないといけないが、特に営業とサービス・サポートは強く連携することが求められるだろう。それは顧客の理想のカスタマージャーニーを実現するには、顧客が商品・サービスを導入した後、どのような体験をするかが大変重要になるからである。そのため、営業はサービス・サポートと連携をし、導入後の顧客に対して顧客の課題が実際の運用のなかで解決されているのかをきめ細かくフォローしていくことが必要となるからだ。仮に顧客が思っていた課題の解決ができていなければ、その解決に向けてのフォローアップを行うことが必要となる。つまり過去は製品を販売することで終わっていた営業行為は、顧客体験、CX(CustomereXperience)という概念のもと、顧客とより太く長く繋がるために、営業とサービス・サポートが一体となり共に課題解決に向かっていくことが必要となる。営業マネジメントはスポットの売り切りの商売から、リカーリング、つまり顧客とより太く繋がる関係性を創出しなければならない。
顧客にとっての理想のカスタマージャーニーを実現するために、営業マネジメントは変革しなければならない。そのために最も必要なことは評価制度だ。NPSとはNet Promoters Scoreの略である。これは、米国の大手コンサルティング会社であるベイン・アンド・カンパニーのフレッド・ライクヘルドが提唱した、顧客の継続利用意図を図るための指標である。顧客が購入した商品やサービスに対して、親しい友人や家族に推奨したいかという問いに対し、推奨者から批判者を引き算した数字をスコアとするものだ。この数字が大きければ顧客は自社の提供サービス、商品に対して他社への推奨行為を行うものと思われる。顧客満足度と比較して、より直接的な経済的効果につながりやすいという特性がある。
これまでの営業組織は過去のスナップショットで営業担当者を評価してきた。それはいくら売ったか、何台売ったかという過去のものであり、将来その営業担当者がどれだけの顧客資産を生み出すか、という観点では評価していなかった。しかしながら、これからの営業は生み出す顧客生涯価値で評価をするべきだ。スポットでの顧客との取引から、リカーリング、つまり顧客とより太く繋がる関係性を創出するには、顧客との関係性を評価できるNPSを指標として評価に取り入れていくことが必要だ。NPSは過去から日本企業が行ってきた顧客満足度とは大きく異なり、より業績に直結している指標である。顧客満足度調査(CS調査)は、実際の再購入や購買金額の増加といった行動に繋がらないことが明らかになっている。CustomereXperience Managementつまり顧客体験、CX管理をするソリューションベンダーであるSatmetrixが実施した調査では、解約した顧客の約8割が、直前の顧客満足度調査で「満足」と回答していたという結果が出ている。
顧客にとって理想のカスタマージャーニーを実現するというミッションをより明確に評価に落とし込むうえでも、評価制度改革は非常に重要なものとなる。
営業変革を着実に推進するためには、全社がNPSを如何に向上させるかにフォーカスをし、理想のカスタマージャーニーを実現するために邁進できる組織とならなければならない。
株式会社野村総合研究所
フェロー
青嶋 稔氏
1988年精密機器メーカーに入社。1994年から2014年まで10年米国駐在、PMI、新規事業プロジェクト責任者。2005年株式会社野村総合研究所(以下、NRI)に入社し、2012年同社初パートナー、2019年4月同社初シニアパートナーとなる。
専門は、製造業におけるM&A、PMI、長期ビジョン、中期経営計画策定CRM戦略、営業改革を専門とする。
著書は、『マーケティング機能の再構築』中央経済社、『日本は「パッケージ型事業」でアジア市場で勝利する』東洋経済新報社、『「強くて小さい」グローバル本社の作り方』NRI出版、『ハーフエコノミー時代の営業改革』NRI出版、『リカーリングシフト』日本経済新聞社など多数。