少子高齢化・人口減少が続く国内市場。現状のまま事業を維持するだけでは業績が先細りになると感じる経営者は少なくないだろう。また、製品・サービスのライフサイクルの短縮化や消費者行動の変容など、市場環境は激しく変化している。変化に対応し、企業を継続的に成長させていくためには、新規事業展開が必要だといわれる。よく知られるとおり、かつて写真フィルム市場で圧倒的な存在感を誇っていた米国イーストマン・コダック社が破綻し、富士フイルム株式会社が生き残ったのは、後者がいち早くヘルスケア事業や化粧品事業などの新規事業開拓に成功したことに要因があるといわれている。しかし、『中小企業白書2017』によると、実際に新規事業に取り組んでいる中小企業は全体の2割程度に過ぎず、多くの企業は「必要な技術・ノウハウを持つ人材が不足している」などの理由で、取り組みを進めていない。
そもそも社内に新規事業を立ち上げるためには、事業の企画・ビジネスモデルの立案・製品やサービスの開発・販路の確保のほか、人事や予算まで考えねばならず、創業とよく似た工程が必要だ。社内に新規事業を立ち上げる社内起業家を「イントレプレナー」と呼ぶが、そもそもイントレプレナー候補を意識的に採用・育成してきた中小企業は少なく、「人材不足」を理由に挙げる声が多いのも当然と言える。そこで、社内からイントレプレナー候補を発見し、育成していく方法をご紹介する。
そもそもイントレプレナーに向いている人材とは、どのような人だろうか。以下はイントレプレナーに求められる能力である。
社会には顕在化していないニーズが数多く存在するといわれる。普段から世の中の新しい動きや社会課題に敏感で、情報収集を欠かさない人はこうした社会のニーズをキャッチしやすい。反対に、身近な業務だけに捉われていたり、社内の慣習を疑問を持たずに続ける人は、新しい動きに気づきにくい傾向がある。
新規事業開発は社内に小さな会社を作るようなもの。事業全体を俯瞰する必要があるため、自分の得意分野しか見ようとしない人には向いていない。普段から会社全体の動きに興味を持ち、自分たちの事業が社会にどのように貢献できるのか考える人に向いている。
新規事業を育てるには、社内の既存事業と共存を図り、人や設備などの社内リソースを上手く活用しなくてはならない。そのため、社内外に人的ネットワークを持っていることや相手を説得する力、交渉力・調整力が求められる。
新規事業を立ち上げようとすると、変化や失敗を恐れる気持ちから反対したり、協力を惜しむ人が社内に現れる可能性がある。イントレプレナーは社内に立ちはだかるさまざまな「壁」と粘り強く交渉し、事業の意義や魅力を語り続けなくてはならない。また、事業開発の過程には課題が次々に現れるため、それを解決するため精神面のタフさが必要だ。強い精神力の有無は、その人がこれまでどんな困難に向き合い、どのように乗り越えてきたのか、過去の実績を確認することでわかる。
イントレプレナー候補には、(1)~(4)に加えてリーダーシップも不可欠だ。いずれも高い能力で、「そんな人材がいれば苦労しない」と思われる経営者も多いだろう。とはいえ新規事業開発には通常業務とは異なる能力が求められるため、視野を広げて社内の人材を検討し、素養がある人材を社内で育成してみてはいかがだろうか。ちなみに、優等生タイプよりも変わり者タイプの方がイントレプレナーに向いているケースもあり、育成する側も思い込みの枠を取っ払う必要がある。
では、社内でイントレプレナーを養成するためには何をすればよいのだろうか。よく言われるのは、アイデアコンテストや発表会、意見箱など、社内からアイデアを求める場を幅広く用意すること。経営者と若手社員が定期的に話をする場を設け、そこでアイデアを募ってもいい。一般的に、若手社員が何かしら事業アイデアを持っていても、それを発表する場がなかったり、上司が取り合わず、アイデアのまま消えて行くケースが少なくない。特に歴史の長い企業では過去の成功体験にこだわってしまい、斬新な企画が通りづらい傾向がある。「アイデアを提案してもまともに聞いてもらえない」という体験が若手社員の間に広がると、モチベーションが低下し、将来大きな問題につながりかねない。
社外に目を向け、異業種交流会に積極的に参加するのもいい。新たな事業を考案するには新たな発想が必要で、普段の業務では出会わない異業種の人材と交流することで、それまでなかった切り口や発想を獲得できる可能性がある。他にコストはかかるが、有望と思われる若手社員をビジネススクールや起業塾などに派遣する方法もある。
仮に新規事業のアイデアはあっても、そこから先の道のりは初心者イントレプレナーにとって暗中模索の状態が続く。「どのように事業化すればよいのかわからない」「マーケティング手法がわからない」「“売れる”デザインにする方法がわからない」など、尽きない悩みを社内だけで解決するのは難しいケースも多い。社内リソースだけでは解決できないと判断したら、新規事業開発に特化したコンサルティング会社など、外部リソースの力を借りるのもひとつの方法だ。さらに新規事業開発スタート後は、できる限りイントレプレナーが新規事業に専念できる環境を用意するのが理想だ。そもそもイントレプレナー候補になるのは、社内でも有望視されている若手リーダー格が多い。職場で欠かせない存在のため、既存事業と新規事業をかけ持ちするケースもあるが、事業を採算ベースにまで持って行くには相当な時間と労力を伴うため、新規事業に専念させることも検討したい。もちろん、経営陣は成果を挙げるまでの現実的な時間と予算の目標を示す必要がある。
そもそもイノベーションを起こしやすい組織の条件に、「フラットな社風で、意見を言いやすい環境」があるが、イントレプレナーが育ちやすい環境もこれに近い。前述のようにアイデアがあっても口にできなければ、ないのと同じ。職場に相談できる相手がおり、定期的にアイデアを集めて検討する仕組みが必要だ。また、「多様な人材が在籍し、多様な価値観や意見に触れられる」ことも同様で、そのためには従来の日本型経営の中心的存在だった「働き盛りの男性」だけでなく、女性・シニア・外国人材・障がい者など、多様な人材が普段から職場に在籍し、交流する環境が理想だ。
つまるところ、イントレプレナー育成は企業風土の変革の過程に近いといえる。そんな中にあって、経営者は「自社の長期的な成長のためには新規事業開発が必要だ」と繰り返し社員に伝える必要がある。有望な新規事業アイデアに対して、経営者が本気でバックアップする姿勢を見せなければ、部下はついてこないし、イントレプレナーの芽を摘んでしまう。反対にイントレプレナーの育成に成功すれば、自社の幹部候補になる可能性が高く、後継者の育成にもつながるのではないだろうか。