ビジネスにおける「見える化」の目的は、現状を把握して課題を発見した上で、解決するために業務改善を行うことだ。つまり見える化は、課題の発見と改善後の検証の双方を支えるために役立つデータ活用の在り方を指す。
プロジェクトの見える化を例にすると、計画した戦略(Plan)を現場で実行(Do)し、戦略の実施状況を評価(Check)し、計画した戦略実現のために改善活動(Action)を行うことになる。そして、このPDCAサイクルを回す仕組みが見える化の基本となるのである。
これまでは、見える化の重要なツールとして財務諸表が活用されてきた。しかし、ビジネスの環境自体が大きく変わり、財務諸表にしても、年次決算から、四半期決算、月次決算へとスピードアップが求められ、週次決算や日次決算を目指している企業も珍しくなくなった。
現在においては、財務諸表だけで見える化を実現できるのか、というとそうではない。財務諸表はあくまでも“企業のある時点の成績表”であり、企業活動の結果を財務の切り口から評価したものだ。ビジネスの現場で起きている変化を表現することはできず、将来の市場の変化に対する知見を示唆するものではない。複雑で変化の速い現在のビジネス環境においては、見える化のための道具としては十分ではないだろう。
今後のビジネス環境の変化に対応するためには、意思決定における判断のスピードアップや業務革新を図ることが重要になってくる。そこでは、財務諸表の結果による管理型の経営だけではなく、ビジネス環境に適応して迅速にPDCAサイクルを回すスピード経営が求められる。そのためには、経営数値・業務プロセス・企業課題などの視点で企業全体を見える化することが必要になってくる。
では、今後求められる経営を実現するために必要な見える化には、どのようなものがあるのだろうか。ここでは、見える化を3つに分類して紹介する。
1つ目は「業務プロセスの見える化」だ。経営環境が厳しくなる中、業務のスピードアップは企業にとって欠かせない課題である。そのためには、現在の業務がどのような状況なのかをリアルタイムに把握する仕組みが必要だ。例えば、責任者や関係者の不在によって決断のタイミングが遅れるのは致命的である。そこで役立つのが業務ワークフローのIT化だ。業務プロセスの進捗をITシステムに記録することにより、時間や場所に縛られずに状況が把握でき、業務全体の見える化も行えるようになる。その結果、業務全体の効率化にもつながっていく。
2つ目は「課題の見える化」だ。業務の中では、日々様々な経営情報が扱われており、その中から経営課題を探し出して新戦略を立案するためには、情報の加工・分析が必要となる。そこで活用されるのがBIツールだ。ERPなどの基幹システムとBIツールを連携することで、様々なデータを多面的に分析することができ、企業の課題発見と戦略の実行結果をスピーディーに把握できるようになるだろう。
3つ目は「経営の見える化」だ。経営層が迅速な意思決定を行うためには、現場の情報を常に把握することが重要である。だが、多くの企業では、経営課題の収集や企業戦略を立てる際に必要な情報は様々なシステムに蓄積されており、収集するだけでも多大な時間と労力が必要になる。そこでITツールとして役立つのが、情報のトピックスを1つの画面にまとめた「ポータル」だ。ポータルは各アプリケーションから必要な情報を取り出して表示し、新着メールやワークフロー、売上分析などの情報も一覧することができる。その結果、意思決定のための情報を瞬時に獲得できるようになり、経営の判断スピード向上が可能になる。
見える化を実現するためのツールとして注目を集めているのが、“バランス・スコアカード(BSC)”である。バランス・スコアカードは、「財務」「顧客」「業務プロセス」「学習と成長」の4つの視点からKPIを設けて企業を評価するものである。
企業経営においてはバランス・スコアカードの導入だけでなく、見える化のポイントとなるKPIについても考える必要がある。各企業の戦略によって何がKPIとしてふさわしいかを見極めるのが重要なポイントである。
また、KPIをモニタリングするためには、集めた数値を評価する仕組みが必要になる。目標値を設定し、達成率をチェックし、目標未達のものに対しては改善策を施し、改善度を確認する。こうしたPDCAサイクルを回していくことで、業績を向上させることが見える化の目的である。
ビジネスを取り巻く環境が急速に変化する中で、迅速かつ適切な対応を実現するためには、見える化が前提となる。企業活動の改善につながる見える化をどう実現するのか。
「業務プロセスの見える化」の目的は業務の状況を共有することだが、どれだけ現場に負担を掛けずに実現できるかが大きな鍵だ。業務プロセスの見える化が行われると、関係者が不在で重要な決裁案件がどうなっているのかを確認できなかったり、現場の問題が顕在化せずに対策が遅れたりするといった問題の発生も防げるようになるだろう。
あるペットフードメーカーでは、業務プロセスの見える化を目指す上で、従来のシステムがレガシー化していることや属人的にシステム開発を行ってきたことが課題であった。そこで、システムの標準化を目指しERPの導入に踏み切った。その結果、業務プロセスの標準化や月次で損益をリアルタイムで可視化することができ、さらに、ERPシステムのワークフロー機能を活用することで、段階的な申請と承認を実現して内部統制の強化にもつなげることができるようになった。
このように、現在の業務や損益の状況をリアルタイムに把握したり、人の動きや工程の進捗具合を可視化したりすることが「業務プロセスの見える化」なのである。
「課題の見える化」の目的は、自社の経営課題を共有することだ。経営企画部門などが資料を作って示すといった形ではなく、自ら課題を発見して新しい戦略を立案し、それを社内で共有できる仕組みを作ることが理想だ。自社の経営課題を捉えて新しい戦略を立てるためには、基幹システムの中から意思決定に必要な情報を取り出し、指標を比較可能な数値として加工し、分析できることが求められる。
あるインテリア製品の製造・販売メーカーでは、製造工程が複数の事業部や工場にまたがることが多く、各事業部の活動実績、損益状況を的確に把握できなかった。そのため、BIツールを導入し活用することで、機能、事業、製品、プロジェクトなどセグメント別の詳細なデータを様々な切り口で分析することを可能にした。その結果、各部門の事業内容や投資対効果をリアルタイムに評価、チェックできるようになり、会計業務の効率化や業務全体を見通した経営判断を実現できている。
このように、経営状態の把握に必要な様々なデータを、経営企画部門などの手を煩わせることなく入手でき、迅速な経営判断を行えることが「課題の見える化」なのである。
「経営の見える化」の目的は、経営判断のスピードをアップさせることだ。そのためには、判断に必要な情報をすぐに手に入れることができる仕組みが必要になる。その基盤となるのがERPに代表される基幹系の業務管理システムである。これらのシステムに蓄積されたデータに対して、BIツールを使ってデータ分析を行ったり、あらかじめ設定したKPIの数値をモニタリングしたりすることで見える化を実現する。
現場から経営層への情報伝達に時間が掛かっていたり、せっかく導入したERPやBIツールなど複数のシステムを意思決定に生かしきれていないといった課題を抱えているケースがある。そこで、社内の複数システムにまたがる情報のトピックスを1つの画面にまとめた「ポータル」が有効だ。いつでも簡単に情報を活用できる仕組みを導入することで、「経営の見える化」を実現できる。
ある電源機器メーカーでは、経理システムが異なる2社の合併に伴い、売上げや経営状況を正確に把握できなくなっていた。そこで、経営状況に関するデータをポータルから閲覧できるようにし、経営にかかわる情報を総合的に把握する「コックピット経営」を取り入れることで、経営陣が手軽に社内のデータや社外の受注動向データなどを取得できるようにした。その結果、経営陣が現状を把握して迅速な意思決定を行えるようになり、一人当たりの生産性が向上し、営業利益も増加した。
このように、現場の情報を常に把握し、意思決定のスピードアップを図ることで企業全体の競争力を強化するのが「経営の見える化」なのである。
見える化とITの活用は必ずしも同一レベルで語られるべきものではない。しかし、ITの活用が随時変化する情報の収集を可能にし、大きな効果につながることも事実である。まず見える化のためのKPIを考え、データの収集とPDCAサイクルの確立のためにITの活用を考えてみてはいかがだろうか。そうすれば、現場の意識改善やモチベーション向上にもつながるようになり、企業競争力の強化を実現する新しい経営スタイルが見えてくるはずだ。
(監修:日経BPコンサルティング)