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IT特集 - MaaS

マイカーはもういらない? 交通革命を引き起こすMaaS

自動車の自動運転技術が話題を集めているが、人が移動するモビリティの世界に革命を起こそうとしているのがMaaS(Mobility as a Service)だ。目的地に移動する際、電車やバス、レンタカーなど様々な交通手段を組み合わせ、スマートフォンアプリでルートの検索から乗物の予約、決済まで行えるサービスが海外では既に始まっている。MaaSで何が変わるか解説する。

環境負荷や都市問題の解決で期待されるMaaS

MaaSとは、電車やバス、タクシー、カーシェアなどの様々な交通手段を統合し、移動手段、いわゆるモビリティをサービスとして利用する考え方だ。元々はマイカーの利用に対する新しい取り組みとして生まれた。マイカーは通勤時の便利な移動手段だが、都市部では交通渋滞や駐車場不足、路上駐車、排ガスなどの環境負荷の問題がある。これに対し、朝の通勤時間帯に中心市街地へのマイカー乗り入れを制限したり、マイカーに代わる新型路面電車を普及させたりして、世界の国々では様々な対応策を打ち出してきた。

日本政府としても、有識者や企業との情報交換や検討などを重ねて、現状の課題や今後の取り組みの方向性などを検討してきた。そして、総務省としてMaaSによる社会・個人への影響を次のように予想している。

予想されるMaaSによる社会・個人への影響(一例)

(1)都市・地域の持続可能性の向上  都市部での渋滞の解消
環境への影響
地方での交通手段の維持
(2)交通機関の効率化 公共交通機関の収入増加
公共交通機関の運営効率の向上
(3)個人の利便性向上 検索、予約、乗車、決済のワンストップ化 
家計への影響
交通費精算の簡易化

次世代の交通 MaaS」(総務省)の図を基に作成

上記の表を見ても、MaaSによって私たちの生活やビジネスは大きく変わっていくことが分かるだろう。次からは表にあわせて、どう変わり、どう便利になっていくのかを説明していく。

カーシェアリングや使い勝手のいいモビリティサービスが増えていく
~(1)都市・地域の持続可能性の向上~

日本でもMaaSの言葉が生まれる前から、マイカーの利用を代替する手段としてレンタカーに加え、カーシェアリングが広がっており、交通渋滞の緩和や駐車場不足の解消にも一役買っている。また、郊外ではパーク&ライドと呼ばれるサービスもある。自宅から最寄りの駅までマイカーを使い、電車に乗り換えて通勤する。これにより、中心市街地へのマイカー乗り入れを減らす効果がある。利用者に駐車料金や電車の運賃を割り引く特典を付与することでサービスの利用拡大を図るとともに、環境負荷の低減にも貢献する。

また、少子高齢化や地方の過疎化が進み、自動車を運転できない高齢者が買い物や通院に利用する交通手段が減り、交通弱者対策が課題になっている。MaaSの考え方を取り入れて電車やバス、タクシーなどの交通機関を定額で利用したり、利用者の都合のよい場所・時間に乗降できるサービスが利用できたりすれば、高齢者の外出も便利になる。

多様な移動手段を組み合わせてMaaSのサービスを提供
~(2)交通機関の効率化~

MaaSによる交通革命のインパクトは自動車産業や交通機関にとどまらず、観光や流通、不動産、ITのような多種多様な分野でサービスを広げるチャンスがある。米国のある調査では、自動運転の実用化を前提に世界のMaaS市場規模を算出し、2050年に7兆ドル(1ドル110円換算で770兆円)規模になると予測している。

この巨大なMaaS市場に向け、世界ではどう取り組んでいるのか代表例を紹介する。

MaaSの取り組みでは海外が先行する。フィンランドの首都ヘルシンキでは、ベンチャー企業のMaaS Globalが「Whim(ウィム)」の名称で2016年からサービスを提供している。利用者は月額定額またはサービスを利用するたびに決済する方法から料金プランを選択。月額定額の場合、一定エリアの公共交通機関、タクシーが乗り放題のプランもある。

Whimは鉄道やバスのほか、タクシーやカーシェア、レンタカー、バイク、自転車などの様々な移動手段を組み合わせて利用者のスマートフォンアプリ画面に提示。利用者はWhimが提示する複数の移動手段・経路から最適なルートを選び、予約から乗車、決済まで一括して行える。

フィンランドでは官民が連携してMaaSの取り組みを支援する。産官学コンソーシアムのITSフィンランドは大学や民間企業などが参画し、誰でも使うことができるオープンデータやオープンAPIのプラットフォーム開発・整備を行い、移動に関わる情報検索や決済などのサービス統合を進めている。また、Whimはベルギーやイギリスでもサービスを開始し、欧州で広がり始めているという。

日本政府でもMaaSの普及促進を後押ししている。「未来投資戦略2018 ―『Society 5.0』『データ駆動型社会』への変革―」(2018年6月)では、次世代モビリティシステムの構築を掲げる。地域における移動困難者(交通弱者)の増加や、ドライバーの人手不足の深刻化などの問題が山積する中、次世代モビリティシステムの実現に向け、様々な施策を展開する。

具体的には、地域の公共交通と物流に対して、オープンデータを利用した情報提供や経路検索の充実、スマートフォンアプリによる配車・決済などICTの活用、MaaSの実現など多様な分野の施策を連携し、都市と地域のニーズに即した新しいモビリティサービスモデルの構築を目指している。

日本でも既に交通弱者対策として、乗合車両の運行時間やルートを固定せずに需要に応じて運行する新しい交通システムの実証実験が行われている。利用者が移動したいときにスマートフォンアプリで乗車位置、降車位置を入力して配車を希望すれば、クラウド上のAIがリアルタイムに乗合車両の最適な走行ルートを決定する。さらに経路検索サービスと組み合わせることで、より効率的な運行が可能になると期待されている。

乗物の検索・予約・決済が一括で行え、利便性が向上
~(3)個人の利便性向上~

MaaSにより、ユーザーの利便性はどう変わるのだろうか。例えば、旅行の際に鉄道やバスを乗り継いで移動する場合、ネット検索で目的地までの移動ルートや移動手段は示されるが、移動で利用する交通機関の予約や代金の支払いは事業者ごとに行うのが一般的だ。

それに対して、移動をサービス化するMaaSにより、利用者はスマートフォンアプリを使って移動ルートの検索のみならず、乗物の予約、決済がシームレスに行え、移動時の利便性が向上すると見込まれている。

日本でもMaaSのサービス提供に向け、様々な企業が実証実験を開始している。ある鉄道会社は2018年9月にバスの自動運転とMaaSの実証実験を実施。スマートフォンアプリで自動運転バスのルート検索、乗車予約へのリンクなどのサービスのほか、ルート検索画面に目的地周辺のカフェ情報などを掲載し、利用者の移動や飲食に役立つ情報を提供した。

また、別の鉄道会社では、国内外の観光客が鉄道、バス、乗合交通、レンタサイクルなどの交通機関をスマートフォンで検索・予約・決済し、目的地までシームレスに移動できる「観光型MaaS」の実証実験を、2019年4月から伊豆エリアで実施することを発表している。

MaaSにより、伊豆エリアに点在する観光地のシームレスな移動による周遊促進と地域活性化や、ICTの活用による交通・観光事業の最適化、キャッシュレスや多言語対応など観光地の抱える課題解決などに期待されている。

幅広い分野の連携で企業のビジネスチャンスが拡大

MaaSでは、AIやクラウドなどの技術とともにオープンデータの活用がポイントになる。鉄道やバスなど交通機関の経路や時刻などのデータを検索し、利用者のニーズに合った移動手段を提示するためには、民間の交通機関が持つ交通・経路情報、アプリ会社の地図情報、自動運転技術を開発する自動車会社が保有するデータを連携させ、移動ルートの正確さや移動手段の安全性などを担保する必要があるからだ。

こうしたデータ連携に加え、MaaSは移動にかかわる自動車や交通機関、駐車場、ホテル、飲食、観光、流通、決済する金融、ネット検索やAIなどのサービスを提供するITのように幅広い産業の連携が必要になる。これまでモビリティに関係のなかった様々な業種においても、MaaSによって新たに関わる可能性もあるので、ビジネスチャンスと捉えて今後の動向を注視してはいかがだろうか。

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(監修:日経BPコンサルティング)