過去数十年にわたり、製造業はグローバル化の波に乗って成長してきた。個々の部品を最適な場所でつくり、それらを組み合わせて最終製品化する。こうして、グローバルサプライチェーンは長く伸び、複雑化した。新型コロナウイルスはこの流れに急ブレーキをかけた。グローバル化の勢いが失われただけでなく、巻き戻しともいえる動きも顕在化しつつある。大きな環境変化に直面する日本の製造業、そのサプライチェーンの「今」と「未来」を考えてみたい。
日本の製造業の海外シフトが本格化したのは、1990年ごろからだ。円高傾向も追い風となり、日本企業は生産拠点を中国や東南アジアなどの海外に移転。あるいは、調達先を国内から海外にシフトした。こうした動きにサプライヤーも敏感に反応し、海外に部品工場を立ち上げた。グローバルサプライチェーンによる低コストの追求は、多くの製造業にとって収益向上のためという以上に、サバイバルのための選択だった。
ところが、新型コロナウイルスの影響を受けて、サプライチェーンの途絶がいたるところで発生した。長く伸びたサプライチェーンのどこかにほころびがあれば、ものづくりはストップする。必要な部品が1つ届かないために、次工程に進めないといった事態も起こり得る。ジャスト・イン・タイムの生産システムを高度化させていたメーカーほど、生産を維持するための在庫は少ない。グローバルサプライチェーンは、いま大きなチャレンジに直面している。
「日経ものづくり」のアンケート調査(2020年4月実施)は、新型コロナウイルスの国内製造業への影響を浮き彫りにしている。現在直面しているサプライチェーンの課題を尋ねたところ、最も多かった回答は「中国から直接調達する部品が手に入りにくくなっている」(36.3%)、次いで「中国から間接的に調達する部品が手に入りにくくなっている」(35.0%)、「中国以外の海外から調達する部品が手に入りにくくなっている」(23.3%)だった。こうした課題への対策としては「生産量を調整している」(29.2%)、「日本国内で調達している」(25.2%)、「日本国内での調達を検討している」(16.7%)、「中国以外の国からの調達を検討している」(13.2%)といった回答が多かった。
このような調達先の再検討はやがて、サプライチェーンの構造的な変容につながるかもしれない。
新型コロナウイルスに加えて、米中間で激化する覇権争いもある。前者は1、2年で終息するかもしれないが、後者は国際貿易により長期的な影響を与える可能性がある。
こうした中で、政府は生産拠点の国内回帰を支援する補助金として2,200億円を、2020年度補正予算に盛りこんだ(国内投資促進事業費補助⾦)。同補正予算には、ASEANなどへの生産拠点の多元化を支援する235億円も別途計上されている(海外サプライチェーン多元化等⽀援事業)。このほか、政策投資銀行もサプライチェーン再構築に向けた融資の枠組みを用意した。同様の目的で予算措置を検討している自治体もある。
こうした支援策の活用も視野に入れつつ、多くの企業がより強靭かつ効率的なサプライチェーンの再構築を検討している。その際、サプライチェーンに関わるリスクとベネフィットを慎重に見極める必要があるだろう。
サプライチェーンのリスクを回避するためには、調達の多元化が有効だ。「すべての卵を一つのカゴに盛るな」は分散投資でよく使われる言葉だが、サプライチェーンでも同様。特定部品を単一サプライヤー、または1つの国や地域に依存すると、災害や規制変更などによる供給途絶、あるいは単価の急上昇といったリスクが高まる。
このリスクを回避するためには、調達先を増やす必要がある。また、長く伸びたサプライチェーンの短縮が有効な場合もあるだろう。生産拠点の国内回帰は、サプライチェーンを短くし、コントロール下に置きやすくなるという利点がありそうだ。ただし、コストはある程度犠牲にせざるをえない。調達先が増えれば、個々のサプライヤーへの発注数は減るので、単価は高くなるはずだ。
リスク回避を選ぶか、低コストを選ぶか。難しいトレードオフだが、経営者は持続可能な最適バランスを見出す必要がある。また、ある時点での最適バランスが、1年後、2年後のそれであり続ける保証はない。経営者は事業環境を注視し、サプライチェーンを不断に見直す意識を持つ必要があるだろう。
リスク回避と低コストのバランスをとるために、平常時には効率性を重視し、緊急時に素早く代替生産拠点に切り替えるというアプローチも考えられる。ただ、世界中に多くの生産拠点、調達先を持つ大企業はこうした手法を取り入れやすいが、中堅中小企業にとっては容易ではないかもしれない。
サプライチェーンの再構築を検討する際、ICTの活用も重要なポイントだ。クラウドやERP、IoT、AIといったテクノロジーは使いやすいものに進化しており、低価格化も進行している。これらを取り入れることで、スマート工場、スマートなサプライチェーンをつくることができる。
例えば、生産プロセスの見える化は、現状どの程度まで進んでいるだろうか。業種や企業規模にもよるが、自社工場の生産状況をリアルタイムで把握している企業は少なくない。しかし、需要側やサプライヤーの情報となると、見える化には程遠い企業が多いのではないだろうか。
営業部門に入った注文に基づき、生産計画を立てる。同時に、必要な部品の調達計画を策定し、サプライヤーに生産を依頼する。こうしたプロセスを効率的に回し続けるためには、営業部門は先々の需要を高精度で予測し、調達部門はサプライヤーの生産能力を適切に把握しておく必要があるだろう。顧客や調達先を含むサプライチェーンがICTでつながっていれば、それぞれのプレイヤーは変化を即座に把握して、柔軟な対応をすることができるはずだ。
スマート工場のイメージ
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近年は、スマート工場への取り組みも本格化しつつある。典型的な例が予防保守だろう。生産設備が故障してライン全体が止まるといった事態は、製造業としては何としても避けたいところだ。従来、これを防ぐのは容易ではなかったが、センサー技術の発展により、こうしたトラブルを防止または最小化する手立てが生まれている。センサーを搭載した設備が登場しているほか、既存設備にセンサーを外付けする装置もある。センサー情報を参照することで、工場は設備が停止する前にメンテナンスを実施することができる。
サプライチェーンの見直しは、生産プロセスをICT化する好機ともいえる。企業体質、ものづくりの構造をより強くつくり変えることができれば、新型コロナウイルスという災いを転じて福となすことも可能だ。そんなシナリオを現実化すべく、政府も支援に動き始めた。
アフターコロナ、ウィズコロナといわれる時代、企業にとって最適なサプライチェーンをいかに構築するか。経営者の戦略眼、経営力が問われている。
(監修:日経BPコンサルティング)