働き方改革

働き方改革(話題のビジネストレンド)

テレワークにおける生産性向上の課題 解決のポイント

オフィスなし、社員全員がテレワークの中小企業が高い生産性を保つ理由とは

4年前にオフィスを撤廃 社員は国内各地でテレワーク

2020年4月の緊急事態宣言の発出により半ば強引にテレワークに切り替え、悩みを抱える企業が多いのではないでしょうか。宣言解除後も大企業を中心にテレワークが続いており、もはや働く環境が完全にコロナ以前に戻ることはないように見えます。

そんな中、2016年に全社員テレワークを実現し、オフィスそのものを撤廃した企業があります。株式会社ソニックガーデンは2009年、大手IT企業の社内ベンチャーとして事業を開始。2011年、現社長の倉貫義人氏が親会社からMBO(経営陣買収)を行い、東京都渋谷区内のオフィスで株式会社として独立を果たしました。創業メンバーは倉貫社長を含めて5名。その後、徐々に社員が増え、現在ではパートナーを含めて約50名のスタッフが働いています。

同社も社内ベンチャー時代はごく普通に全員がオフィスに出勤していました。しかしあるとき、創業メンバーのひとりが「働きながら海外で英語を勉強したい」と宣言。その社員の業務がプログラミングだったことから、倉貫社長は「インターネット環境さえあれば、どこでも仕事はできる」と考え、「国内で2週間の在宅勤務⇒3カ月間のカナダ滞在⇒1年間のアイルランド滞在」と段階を踏みながら、在宅勤務体制を推進。すると就業時間さえ合わせれば、何の問題もなく仕事ができることがわかりました。顧客もその社員が海外に滞在していることに気づかなかったほどです。

同じ頃、東日本大震災が発生しましたが、すでに全ての作業をオンラインで完結できる体制を整えていたため、震災直後から社員は在宅で業務を継続することができました。この経験が大きな転機となり、同社は本格的なテレワークへと舵を切りました。

2012年には勤務地不問で人材採用をスタート。兵庫県在住の応募者と面接してみると真面目で優秀な人材だったため、同社初のフル在宅勤務の社員として採用。ただし、同社の仕事は全てチームで行うため、当初はメンバーと合宿をしたり、2~3週間おきに東京へ単身赴任してもらうなど、企業文化に慣れてもらうことに努めました。

その後も社員全員にテレワークを推奨し、倉貫社長も率先して実践。「テレワーク社員とオフィス社員の間に情報格差やコミュニケーション格差が生まれないように」と、仮想オフィスシステムを自社内で開発し、在宅でもオフィスでもオンライン上に「論理出社」するよう義務づけました。その結果、オフィス内で行われていたコミュニケーションを仮想オフィス上でも再現することに成功したため、2016年に物理的なオフィスを撤廃しました。今では同社の社員は北海道から沖縄まで居住地はさまざま。しかし、仮想オフィスに毎日出社するほか、雑談にチャットを活用したり、社員が個人的な考えや出来事を自由に書く「日記」を全社員で共有したり、社員の人となりを知るため週1回の「社内YouTube」を配信するなど、多様な社内コミュニケーション方法を利用し、完全テレワークの今も、オフィスで顔を合わせていた頃と変わりなくコミュニケーションができているといいます。

フラットな組織づくりとセルフマネジメント人材の育成

ソニックガーデンが全社員完全テレワークを実現できた理由は、まずネットワーク環境さえあればテレワーク可能な業務内容であること。ただし、数年単位の時間をかけ、社内コミュニケーション方法などを創意工夫し、慎重に推進してきたことがこれまでの歩みからわかります。また、創業当初から「なるべくフラットでオープンな組織づくりを心がけた」と倉貫社長が語るとおり、社長も社員も互いに「さん」付けやニックネームで呼び合い、

「社長も社員のひとりという感覚。ただ、各社員との多様なつながりをいちばん持っているのが社長だと考えています」。

業務はチーム単位で行うため、チーム内での打ち合わせは必要に応じて仮想オフィスで行われます。仕事の進め方としては、1日で終わる程度までタスクを小さく分解し、7割方完成した時点でいったんチーム内で共有。フィードバックを受けて改善を繰り返すかたちを取っています。

このように同社ではプロジェクトごとのチームで仕事を進めているため、部署も中間管理職も存在しません。強いていえば、社員一人ひとりが管理職のようなもの。そのため、自らを律するためのセルフマネジメント力を養成するトレーニングは、時間をかけて行います。そこで活用されている教育方法のひとつが、「KPT」と呼ばれる「ふりかえり手法」。社員は自らの仕事の進め方について、「K=Keep:よかったこと」「P=Problem:悪かったこと」「T=Try:次に試すこと」を洗い出し、メンター(熟練社員)の指導のもと、改善点を導き出していきます。これを繰り返すことで自分の行動を振り返る習慣がつき、やがてメンターがいなくてもセルフマネジメントができるようになります。

「そもそも“管理”とは何のために行うのでしょうか?社員一人ひとりがセルフマネジメントできれば、管理する必要もありません。私たちは新卒も採用していますが、週に1回程度ふりかえり手法を使って育成することで、セルフマネジメントできる人材に成長していきます」

テレワークと生産性に因果関係はない

昨今、経営者の間から突然テレワークを始めたことで、「生産性が上がらない」と嘆く声が聞かれます。しかし、倉貫社長によると、

「そもそもテレワークであるかどうかは生産性と関係がない」といいます。「セルフマネジメントできる人材が集まってできたチームなら、自然と生産性は上がります」

では、どの程度の企業規模までなら、完全テレワークが可能なのでしょうか?「私たちもどんどん社員が増えていますが、このままずっと増え続けても完全テレワークを継続できると考えています。おかげさまで居住地を選ばないため、優秀な人材を採用しやすくなりました。ただし、私たちの価値観やビジョン、働き方に合う人材かどうか、事前にしっかり確認します。単に“テレワークがいいから”という志望理由だと、大概不採用です(笑)」ここで、どのような企業文化や社風を持つ企業が完全テレワークになじむのか、倉貫社長に伺いました。

「作業的な業務が多く、指示されたとおりに社員が動かなければならない会社には完全テレワークは難しいでしょう。なぜなら、オフィスに来て監視したい人が一定数存在するからです。テレワークになじむかどうかは、マネジメント方法によると思います。こと細かにマニュアルを作って遵守しなければならない会社はテレワークに向きません。反対に、あらかじめゴールを決め、それを達成すればよしとする成果主義の会社ならテレワーク向きです。経営者の仕事は自社にとってどちらが生産性が高いのか判断し、目指す方向へと旗を振ることです」

早い時期から完全テレワークを実現した倉貫社長は、新型コロナウィルス感染拡大以降、メディア取材や講演会で話す機会がますます増えています。経営者から相談を受けることもありますが、「テレワークに通り一遍の答えはない」と断言します。

「私たちは自分たちにとって無理のない改革を進め、自然に現在のかたちに落ち着きました。当たり前のことですが、それぞれの会社のあり方、考え方、マネジメント方法により、自分たちならではの働き方改革を進めていくしかありません」

株式会社ソニックガーデン
代表取締役社長
倉貫 義人

大手SIerにて経験を積んだのち、社内ベンチャーを立ち上げる。2011年にMBOを行い、株式会社ソニックガーデンを設立。月額定額&成果契約で顧問サービスを提供する「納品のない受託開発」を展開。全社員リモートワーク、オフィスの撤廃、管理のない会社経営など新しい取り組みも行っている。著書に『ザッソウ 結果を出すチームの習慣』『管理ゼロで成果はあがる』『「納品」をなくせばうまくいく』など。
ブログ https://kuranuki.sonicgarden.jp/