社員の「志」を見える化する経営戦略「パーパス経営」
近年、注目されている経営モデルに「パーパス経営」がある。「パーパス(Purpose)」は「目的」や「存在意義」などと訳されることが多いが、私は「志」と読み替え、「志」を基軸とする経営だと企業に説明している。
社員の心の内側から湧き出るような内発的なもの、プロフェショナルとしての想い、「〇〇すべし」ではなく「〇〇したい」と思わせるものが「志」=「パーパス」といえる。そもそも世界中でパーパス経営が注目されるようになったのは2010年代以降で、顧客市場・人財市場・金融市場からの要請によるものが大きい。顧客市場ではミレニアル世代を中心にエシカル消費が増え、今や「サステナビリティは当たり前」と捉えられている。
また、人材の流動化が進む今、優秀な人材を採用するためには魅力的な企業でなくてはならず、よいパーパスが必要だ。投資・融資を引き出すためにESG(環境・社会・ガバナンス)が求められる金融市場については言うまでもない。よく私は人に説明するとき、「サステナビリティは“規定演技”、パーパスは“自由演技”」と表現している。サステナビリティは企業にとって今や最低限必要なもので、これがなくてはビジネスへの参加自体が難しい。
一方、パーパスはサステナビリティを土台にその会社らしさを表現し、「この会社に存在していてほしい」と社会に感じさせるものである。
では、パーパス経営を実現するために、中小企業の経営者は何をすべきだろうか。まず、自社のパーパスを策定するために、社員をいくつかのグループに分けてワークショップを開催する必要がある。そのとき軸に据えたいのが、「ワクワク」「ならでは」「できる!」の3つのフィルターだ。社員が「ワクワク」できるような目標で、自社「ならでは」の価値を提供できるもの。そして「できる!」と社員に思わせるパーパスなら、社員にも腹落ち感があり、自分ごと化できる。よく策定しただけで満足してしまう人がいるが、パーパスは作ってからがスタート。社員が実際に取り組むためには、きれいごとではない血の通ったパーパスが必要で、そのために前述の3つのフィルターを通す必要がある。
ワークショップを経て全社一丸に
高い研磨切削技術で国産ロケットのキーパーツを生産してきた同社は、先代社長が亡くなった後、社員のひとりが2代目社長となり、29名の社員を束ねるためにパーパス作りを開始。ワークショップでは「シニア」と「ヤング」にグループ分けしたところ、意外にも「シニア」から夢のある意見が続出。1カ月で「宇宙技術でワクワクする未来へつなぐ」というパーパスをまとめ上げた。パーパス作りの過程を経て、自分たちのやりたいことが見え、現在は社員が一丸となって再出発している。
ここで気をつけたいのが、ワークショップのグループのメンバー構成だ。もっとも失敗しやすいのが「昭和×日本人×男性」の構成で、同質的な発想ばかりになりがちだ。できれば、「若者×本社勤務以外×外国人材」など多様性のある人材で構成すると、エッジの効いたものが出てきやすい。もちろん、荒唐無稽な意見が混じることもあるため、「それは本当に当社らしいか?」「本当にできると思うか?」など、ダメ出しではなく大人の意見を言える人材を混ぜておくことをお勧めする。
ワークショップの次に行いたいのが「内省セッション」だ。これまでとは次元が違うパーパスに向かう前に、「なぜ今までできなかったのか?」を振り返るもので、「技術不足」「コストが合わない」「業界の規制が許さない」といった言い訳が出てくるケースが多い。しかし、こうした制約をなぜ乗り越えられないのか内省することで、「制約は言い訳にならない。乗り越えられないのは実は自分たちがだらしないのではないか」という想いが生まれやすい。すると、せっかく自分たちで考えたパーパスを実現できないことに悔しさが生まれる。この悔しさがパーパス実現への起爆剤になっていく。
さらに自社の何をどう変えるのか、具体化した「変革プラン」を策定する。そのタイミングはできれば業績が好調なときが望ましいが、好調なときほど社員は多忙で時間がないものだ。これを解決するのが業務の「断捨離」で、創造的な業務以外のルーティンワークを整理し、どうしてもしなければならない業務だけ残し、残りはやめるか、デジタル化することをお勧めする。ルーティンワークは社員の時間を大幅に奪うため、実は前述の「なぜ今までできなかったのか?」の原因のひとつでもある。
ここではパーパス経営の成功のポイントをご紹介する。まず企業がパーパスを考えるとき、社会課題から入らないこと。SDGsの17目標を目の前にズラリと並べて、「さて、どれに取り組もうか」と話し合うのがそのパターンだが、そもそもSDGsの目標は当たり前過ぎたり、自社には関係ないケースがある。パーパス経営を目指すには、前述したように「自分たちが何のために存在し、何をしたいのか」という熱い志から出発しなくてはいけない。「きれいごと」のパーパスを作ってしまうと、社員の中に腹落ち感が生まれず、自分ごと化できなくなるので要注意だ。
次に「足し算ではなく、引き算で考える」こと。前述の「断捨離」にもつながるが、日本の企業は足し算をすることは得意だが、引き算が苦手な傾向がある。そのため、パーパス経営を目指す過程でも、何をやめるのか明確にしないまま業務を増やす事例がある。さまざまな事情から引き算をためらう企業もあるが、「今よりももっと高い目標に向かうために実行しよう」と説得すれば、意外に業務の取捨選択が進みやすい。
私は大小さまざまな企業をコンサルティングしてきたが、中小企業は大企業に比べて圧倒的にパーパス経営をやりやすいと感じている。なぜなら、中小企業は一芸に秀でている企業が多く、やりたいことが明確だからだ。また、現在生き残っている中小企業は社会の役に立っているから生き残っているわけなので、自社にもっと誇りを持っていいのではないだろうか。自社が社会に役立っていることを自覚し、そこから追求していくと、良い回転で議論ができるはずだ。
ひとつ気をつけたいのは、BtoBに携わる中小企業が自社の技術にフォーカスし過ぎないこと。技術そのものよりも、その技術がユーザーにどんなベネフィットをもたらすのか、もっと想像する必要がある。また、経営者の中には自身でパーパスを考え、トップダウンで実行したい方もいらっしゃるかもしれない。もちろん経営者が考えたパーパスも存在するが、ワークショップを開催し、社員が自分ごと化する過程を経ることが必要だ。
パーパスを実践し、驚異的な事業拡大へ
もともとプロ向けにアウトドア用品を提供するメーカーだったが、「都会人こそ自然と触れ合うことが必要ではないか」という考えから「人間性の回復」というパーパスを掲げ、ターゲットを幅広く設定するように。その結果、リゾート会社と提携するなど事業が急拡大し、大きなムーブメントを起こすことに成功した。
未曾有のパンデミックにより社会の分断化が進んでいるが、こんなときこそピラミッド型の産業構造が変化する可能性があり、中小企業が入り込むチャンスが生まれやすい。今後、中小企業にお勧めしたいのは、「たくみ」の「しくみ」化だ。「たくみ」とは中小企業が持つ独自の技術のことで、もちろん重要ではあるが、これに頼り過ぎると事業が拡大しづらい。そこで同業他社と協業したり、ともに販路を開拓するなどの「しくみ」作りが重要になる。「そんなことをしたら、自社の存在意義がなくなるのではないか」と心配される経営者もいるが、そこはもっと先の「たくみ」を磨き、「しくみ」に取り込んでいけばいい。さらに、「たくみ」の先端を走るためにも、デジタル化できる業務はどんどんデジタル化すること。そうすることで、社員一人ひとりがクリエイティブな仕事を従来の10倍できるようになるのではないだろうか。昨今盛んにいわれるDX(デジタル・トランスフォーメーション)は、人間の仕事を奪うのではなく、人間が「たくみ」の仕事をするためのものだと私は解釈している。
「たくみ」の「しくみ」化に成功
300年続く奈良晒のメーカーに、大企業でSEをしていた13代目が社長に就任し、改革を推進。ピーク時の1/5以下にまで縮小した工芸業界を復活させるため、「日本の工芸を元気にする!」をパーパスに策定。全国の工芸会社に声をかけ、時代に合う製品づくりなどを助言し、自社ECサイトで販売したところ、売上が10倍以上に拡大中。
一橋大学大学院
国際企業戦略研究科教授
名和 高司
東京大学法学部、ハーバード・ビジネス・スクール卒業(ベーカースカラー授与)。三菱商事を経て、マッキンゼーで約20年間勤務。
自動車・製造業プラクティスのアジア地区ヘッド、デジタル分野の日本支社ヘッドなどを歴任。2010年より現職。デンソー、ファーストリテイリング、味の素、SOMPOホールディングスなどの社外取締役、ボストン・コンサルティング・グループ、アクセンチュア、インターブランドなどのシニアアドバイザーを兼任。2014年より、「CSVフォーラム」を主催。『パーパス経営』、『経営変革大全』、『全社変革の教科書』。『CSV経営戦略』、『稲盛と永守』など著書多数。