図書館の障害者サービス

東京都のほぼ中央に位置し、23区へのアクセスが良いこともあり、年々人口が増加傾向にある調布市(東京都)。そのぶん、求められているのが、多様な生き方を支援する取り組みだ。高齢者や障害をもつ人などを含め、誰もが生活しやすい環境整備を目指している。

1996年に開館された調布市立図書館では、1978年に「ハンディキャップサービス(2019年4月より利用支援に名称変更)」を開始。

「障害者側の障害」ではなく、「図書館側の障害」を取り除くのがコンセプトだという。一体、どんな取り組みなのか。元・利用支援係の後垣氏に、詳細を聞いた。

一人ひとりの障害に対応するためサービスを拡充し続けてきた

「利用支援」の概要を教えてください。

図書館の利用に障害がある人に向けたサービスです。心や身体に障害のある人が、図書館を利用する際に障壁となるものを、図書館側から取り除いていく、という考えの元により多くの方が図書館を利用できるよう支援しています。

例えば、足にケガを負ってしまい、図書館に行けない場合。当館では、障害はその人の足にあるのではなく、その人が利用可能な図書館がないことだと考えます。よって、本を届けるため、図書館側がその人の自宅に出向くことになります。

同じように、目が見えない方の場合には、その人の目に障害があるのではなく、その人が読めるカタチの本がないことに着目します。点字なら読めるのか、音声のほうが望ましいのか――。その人のニーズに合わせた読書を提案していきます。

利用支援は市内在住・在勤・在学の方であれば、利用可能。図書館利用に障害のある方が対象です。障害者手帳の有無は問いません。市内に11カ所ある調布市立図書館のうち、文化会館「たづくり」内にある中央図書館の6階に専用スペースを設け、設備や資料を整えています。

調布市立中央図書館 主事
後垣 佳恵(あとがき よしえ)氏

当時ハンディキャップサービスの導入にいたった背景はなんですか。

1972年、視覚障害者が公共図書館に対して、図書環境の整備を訴える活動を、東京を中心として展開しました。その動きを受け、当館では1976年から録音図書の貸し出しを開始したのです。

その後、新しく作成した録音図書や図書館からのお知らせなど、本に関する情報を届けることを目的として、「声のお知らせ(現:オカリナ通信)」を、市内の盲人協会のニュースに掲載するなど、サービスを広げてきました。
現在、オカリナ通信のDAISY版(注1)を毎月1回、利用者の方に郵送しております。

また、障害福祉課との共管事業として、市内在住の視覚障害手帳所持者(1~3級)のうち、図書館を利用していない人に対して、利用支援の案内を録音したCDを送付しています。他部署との連携で実現している、当市ならではの取り組みです。

そのほか、具体的な取り組みを教えてください。

ひとつに、録音図書・点字図書の貸し出しを行っています。おもに、視力に障害がある人が利用しています。著作権法の第37条3項に基づいて作成した図書を、来館・郵送・宅配のいずれかの方法により、20タイトルまで貸し出しています。貸し出し期間は2週間。図書館の蔵書だけでなく、市報や市議会だよりなど、定期刊行物の点訳・郵送も行っています。

また、開館時間のうち2時間を1単位として、音訳者による対面朗読も実施。さらに、プライベートサービスとして、ご家庭にある家電の取扱説明書や歌詞カードについても、点訳・音訳しています。利用者の要望は、じつにさまざま。そのため、一人ひとりの課題に対して、柔軟に対応しています。

そこまで個別対応するとなると、従来の図書館業務とはかけ離れている印象ですね。

そうかもしれません。どこまで図書館が対応すべきなのか――。その定義づけは、私たちにも難しいものです。ただ、心や身体に障害をもっている人も、そうでない人も、情報を得る権利は平等にあるはず。すべての利用者が、情報を対等に入手できるよう、サポートが必要です。

個別の要望をどこまでサポートするかは、職員ひとりの裁量で決めるのではなく、みんなで話し合ったうえで検討、判断しています。

点訳や音訳は職員が担当するのですか。

いいえ。点訳・音訳ともに、当館の養成講座を修了した、市民の協力者にお願いしています。

初心者からスタートする場合、一人前となって活動を開始するまでには、長い年月を要します。当館では、点訳・音訳者の養成にもチカラを入れており、ステップアップ研修も毎年実施しています。

視力以外の障害をもつ人に向けたサービスもあるそうですね。

ええ。ディスレクシア(注2)という学習障害の人や、知的障害の人、精神障害の人などにも読みやすいとされる、「マルチメディアDAISY」という電子図書を貸し出しています。これは、パソコン画面に文章や挿絵が映し出されるとともに、文章を音声で読み上げる図書です。読んでいる部分がハイライト表示されるので、どこを読んでいるのかが一目瞭然です。

また、発達に支援が必要な子どもに向けて、布の絵本・遊具の貸し出しも行っています。布がもつ温かみを感じつつ、読書を楽しめます。紙の本とは違い、多少乱暴に扱っても破れないのもメリット。なんでもクチに入れてしまいがちな幼児でも安心して使えるよう素材にも留意しています。

一つひとつの絵本・遊具は、市民による協力者が、手縫いやミシンで作成しています。特別支援学級や子ども発達センターなど、各施設に出向いての「おはなし会」も随時実施しています。

市民に均等に本を届けるため半径800mに1館の図書館を配置

「ハンディキャップサービス」以外で、調布市立図書館ならではの特徴はありますか。

キーワードは、「半径800m」です。先ほど言ったとおり、市内には11拠点の図書館があります。実は、それぞれの図書館を中心として半径800mの円を描くと、市域のほとんどを網羅していることになるんです。

調布市の人口は約23万人なので、約2万人に1館の図書館が割り当てられることになります。また、2つの小学校区に図書館が1つ配置されているので、市内のどこに住んでいても、読書をする場が平等に備わっています。

1km未満なら、気軽に歩ける距離ですね。

そうなんです。以前、館長だった萩原祥三氏が執筆した、『買物籠をさげて図書館へ』という本の通り、いつも身近にある図書館を目指してきました。図書館に行くのに、オシャレをする必要なんてありません。普段のサンダル履きで、買い物籠をもったまま、フラッと向かえる場所を目指して活動しています。

調布市立図書館は、調布市のなかでどうあるべきなのでしょう。

市民を支える存在ですね。

昨今、インターネットが普及したことで、パソコンやスマートフォンが1台あれば、個人で自由に情報を入手できる時代になりました。そのぶん、手に入れた情報をどう判断するかは、「自己責任で」という風潮があります。

ただ、個々の市民が責任を持って判断するためには、そのための信頼できる情報が必要です。また、情報を提供する側も、しっかり判断してもらえるような情報を用意する必要があります。図書館は、それらの情報が集約されている場所。誰にでも開かれている場所なんです。

図書館運営における、今後のビジョンを教えてください。

あらゆる障害・疾患の人を含めた、すべての利用者に対して、情報を平等に提供していくことです。これは決して当館だけでなく、全国の図書館に通じる課題だと思います。

当館では、視覚障害から始まり、図書館利用に障害のある人への対応を進めてきましたが、依然として発展途中の段階にいると考えています。例えば、聴覚障害の方は、筆談ではなく手話を必要としているケースがありますが、当館では現在、手話には対応できていません。また、知的障害や精神障害の人に対しても、幅広い対応ができているとは言い切れません。

もっと利用者の声に耳を傾けるため、まずはひとりでも多くの方に来館していただくことを目指します。

  • 注1 DAISY:Digital Accessible Information Systemの略。視覚障害者や普通の印刷物を読むことが困難な人々のために開発された、デジタル録音図書の国際標準規格
  • 注2 ディスクレシア:知的能力および一般的な理解能力などにおいて、特に異常がないにもかかわらず、文字の読み書き学習に著しい困難を抱える障害。 失読症、難読症、識字障害、読み書き障害、とも訳される

調布市

  • 人口:23万7,054人(2020年1月1日現在)
  • 世帯数:12万286世帯(2020年1月1日現在)
  • 予算規模:1,384億7,010万円(2019年度当初・一般会計・特別会計合計)
  • 面積:21.58 km2
  • 概要
    調布市は、東京都のほぼ中央、多摩地区の南東部に位置し、都心へ約20キロメートルの距離にある。1955年に、調布町と神代町が合併して誕生した。東西に走る京王線と、国道20号線(甲州街道)、中央自動車道があり、これを中心として市街地を形成しているほか、味の素スタジアム(東京スタジアム)、多摩川、深大寺や植物園など魅力あるスポットにも恵まれている。