平成18年、3町が合併してできた福智町(福岡県)。福岡市、北九州市のふたつの政令指定都市から比較的近いこともあり、近年は若年層の人口の流出が続いていた。
その流れを変えるべく、平成29年3月、町内に福智町図書館・歴史資料館「ふくちのち」が開館。
その後さまざまな取り組みが奏功し、自然に恵まれた盆地の町は、にわかに活気づいているという。「ふくちのち」とはいったいどのような施設なのか。館長の井上氏に、詳細を聞いた。
地方の多くの自治体にいえることですが、若年層が町外に流出していくにともない人口が年々減っている状況でした。さらに、文部科学省が行っている小中学校の学力テストの結果が、全国平均と福岡県の平均を下回っているのも大きな課題でした。
そこで、ふたつの課題を解決するために当町が着目したのが図書館の設立でした。図書館であれば、町民が集うことができる町の拠点の創造と、学力の向上が図れるのではないかと考えたのです。
まずひとつは、従来の図書館のイメージを大きく変えたことです。これまでの図書館は、「静かにしなければならない」という暗黙のルールがあったと思います。それは正しいのですが、それでは町民が集える場所になりづらい。そのため、図書館に興味がなかった人でも気軽に立ち寄れる場所にすべく、一部を除いて私語をOKにしたのです。
その結果、中高生も集まるようになったほか、これまで自分の子どもの声が迷惑になるのが気になり、図書館に立ち寄ることができなかった乳幼児を抱えた子育て世代の方々も来館するように。
一方で静かに過ごしたいという方もいると考えて、一部に「サイレントルーム」という場所を設けて、静かに読書や勉強をしたい方にも配慮しました。
それでも、私語OKのエリアで「図書館なのにうるさい」という苦情もいただくことがありました。その際は、スタッフが図書館の方針を丁寧に説明し、理解していただく努力を行いました。少しずつ当館の方針も浸透し、現在はそうした苦情も少なくなっています。
館内に、「としょパン」という地産地消を推進するベーカリーカフェを設置しました。パンやドリンクのほか、平日はランチを提供。ここでは自然に会話も弾んで、子どもから高齢者の方まで気軽に立ち寄れるスペースになっています。
はい。図書館は旧赤池支所をリノベーションしたのですが、先ほどお話ししたサイレントルームは議事堂をリノベーションせずにそのまま活用。ここでは月2回、子ども向けと大人向けの映画上映会を実施しています。事前申込制ですが、満員御礼になることも多くなっています。
また、「クッキングラボ」という調理ができる場所も設置。町の給食センター調理員や管理栄養士による「食育講座」を定期的に開催しています。
また、館内には「ものづくりラボ」という部屋があり、3Dプリンターやレーザーカッター、刺繍ミシンなどの電子工作機器をそろえています。これらの機械を使いワークショップを行ったり、夏には科学・ものづくりを通して子どもたちの「学力向上」と「理科離れ抑制」などを目的とした『科楽フェスティバル』を開催しています。
具体的には、高校、大学、企業が一堂に会して、それぞれのブースをつくり、子どもたちはそのなかで、好きなワークショップを体験するというわけです。参加料は無料で、当日は整理券を配るのですが、すぐになくなってしまうほどの人気です。
ある高校が、電気回路の工作をしたところ、それを体験した子どもがとても感動して、「僕はその高校に行く!」といったそうです。その話に心を動かされた高校側が、今度は高校から小学校に出向いて、授業をしようという案が出て、現在進行中の取り組みとなっています。
そうですね。来場者数は、令和元年9月末日の時点で37万人を突破しました。町内はもちろん町外からの来館も多く、県内外からの視察も多くあります。
「読書通帳」という取り組みを行っています。学力が向上するひとつのきっかけとして、本に親しむことがあると思います。そのため、子どもたちが読書をする動機になるように、銀行の預金通帳のように、「読書通帳」のシステムを導入。図書館の本や、資料の貸出履歴がわかるようにしました。貸出日、書名、著者名、ページ数がわかるもので、通帳1冊で216冊まで印字できます。履歴が増えていく楽しみがあるので「また借りよう」という思いにつながっています。
町内の小中学生約2,000人に無料で配布し、それ以外の方は、1冊300円での購入となりますが、「楽しそうだから」とお母さんがお子さんと所有するケースも多く、コミュニケーションの1つにもなっているようです。ちなみに小中学生に配布している通帳は、「地方創生に関する包括協定」を締結している西日本シティ銀行との協同で行っています。
さらに、小中学生の読書推進と学力向上として「ビブリオバトル」というイベントも開催しています。
児童生徒が、それぞれおすすめする1冊を持って集まります。一人ずつ決められた時間の中で、その1冊の魅力を全員の前で発表します。その後、聞いている児童生徒が発表内容について質問し、発表者はこれに答えます。これを全員の児童生徒が順番におこないます。全員がおこなったところで、どの本が一番読みたくなったかを一人一票の投票で決めるというゲームです。
ビブリオバトルは、発表の前までの準備を含めると「読む」「内容をまとめる」「自分の言葉で表現する」「質問する」力が養えます。また楽しい読書活動になるように、福智町と連携を結んでいる大学や近隣の大学生にビブリオバトルの発表の準備期間から指導に入ってもらい、文章のまとめ方や発表の仕方などを大学生が丁寧にアドバイスします。大学生の中には教職をとっている人もいて、実際にビブリオバトルに参加した学生が卒業後に先生になったケースもあります。小中学生、大学生ともにいい意味で刺激し合っていると思いますね。
これまでは主に小中学生を対象にしていましたが、今後は乳幼児に注目しています。いまは、保護者が乳幼児を図書館のおはなし会に連れてきています。しかし今後は、図書館のほうから保育所や幼稚園に出向いておはなし会を行い、乳幼児のときから本になじんでもらおうと考えています。
また先ほども話しましたが、高校の生徒が小学校に出向いて授業を行う計画も進行中です。また、商工会とも連携して、地元の商店を活用したワークショップもさらに増やし、地域活性化に貢献したいと考えています。
「ふくちのち」は町の一施設ではありますが、私を含めたスタッフは、「まちの未来をつくるんだ」という想いをもっています。
従来の図書館は、受付で利用者を待っているだけでした。しかし、これからはそのような姿勢ではいけないと思っています。われわれスタッフは、「空想する力」である想像力と、「カタチにする力」である創造力をもって臨むべきだと考えています。子どもから大人まで気軽に立ち寄れ、さまざまな体験ができ、コミュニティが生まれる、そんなまちづくりの拠点施設として工夫をしていく必要があります。今後も企業などさまざまなネットワークをさらに広げ、福智町の活性化の起爆剤となるように、新しい企画や運営を次々と考えていきたいと思っています。