「当地出身の有名プロ野球選手に広報大使になってもらえないか」「地元に工場をもつ大手食品メーカーとコラボした育児支援策ができるのでは」。平成29年1月17日、東大和市(東京都)で、職員たちが自ら立案したシティプロモーション策を尾崎市長ら幹部職員に向けプレゼンした。
作業着に身を固めたごみ対策課の職員や、図書館の職員など、部署横断で結成された3チームの提案に、幹部職員は満足げに聞き入っていた。全国的にも珍しい試みを始めた理由や今後の展望などを、市長と担当職員に聞いた。
“担当”の枠を外すことで、より実行可能性の高い施策が出てくることです。シティプロモーションについては、旗振り役という意味では企画財政部が担当部署になります。しかし、全庁横断的なプロジェクトですから、具体的な施策の立案や推進は部署横断的に行っています。
従来、そうしたプロジェクトは、部課長クラスが集まって議論し、推進していた。でも、それでは課長以下のメンバーは「自分の担当外のこと」と傍観しがち。そうなると横の連携ができず、施策が実行できなかったり、実行しても効果が高まらなかったりする。そこで今回は係長以下の若手を各部長から推薦してもらい、そのメンバーに立案させることにしたのです。
「なかなかいいアイデアが出てきたな」と。平成29年度予算に盛り込めそうなものもありましたから。少額の予算で始められるプロジェクトが多く、なかには“予算ゼロ”で実現できるものもあった。
提案のレベルを上げるため、一般財団法人地域開発研究所の上席主任研究員で、シティプロモーション研究の第一人者である牧瀬稔先生にアドバイザーとして入ってもらったんですが、先生から「できるだけ低予算で実行できるアイデアを」と口をすっぱくしていってもらったのが効いたのかもしれませんね。
ええ。子どもをもつ世帯に当市への移住をPRする方法について、具体的な提案がありました。まだどこの自治体もやっていないかもしれない、新鮮な提案でしたね。チームに女性メンバーもいて、職員の仕事としてではなく、一女性として発想するなかから出てきたアイデアだと思います。
また、転出抑制のために、住民に“ふるさと愛”をもってもらうプロジェクトの提案では、当市に工場がある大手食品メーカーとのコラボをはじめとする、複数の施策を組み合わせたものになっていました。これなどは部署横断的に編成されたチームだからこその提案といえます。
実行フェーズに移っていきます。部署横断でプロジェクトチームを組んだことで、シティプロモーション施策を実行するときに、各部署に1人ぐらいはそれを積極的に推進してくれるメンバーがいるわけです。たとえ実行するプランが、自分のチームが提案したものでなくても、今回のプロジェクトメンバーはシティプロモーションの重要性を十分に理解できていますから。
また、住民との協働もうまくいくだろうと期待しています。実行フェーズでは住民とのコラボが不可欠。そのとき、行政側がタテ割りで対応すると、うまくいかないことが多いんです。住民から見ればひとつのプロジェクトなのに、「その話は別の担当課でないとわかりません」などといわれたら、協力してもらえませんから。
武蔵野の面影を残し、憩いの場となっている多摩湖や狭山丘陵の森。ヘイケボタルを観賞できる、せせらぎと緑道が整備された野火止用水。当市には豊かな自然があります。そうしたところで「のびのびと子どもを育てたい」という家庭にアピールしていきます。
また当市は、明治期に三多摩で最初に自由民権運動が始まった地でもあり、それに加え“西の原爆ドーム 東の変電所”と称され、第二次世界大戦の空襲による被害を生々しく伝える旧日立航空機株式会社変電所があります。多くの方に知っていただきたい、深く先人の営みを考えさせられる歴史遺産です。こういう遺産を見て育てば、豊かな人間性をもてるに違いありません。
これらの自然や歴史遺産があり、かつ、都心から1時間という交通アクセスのよさ。これらをPRすることで移住を促進し、さらなる発展につなげていきたいですね。
田代氏 “プロモーションべた”といいますか、住みやすさを実現するための施策は相当に充実したものがあるのですが、それを外部にうまく発信できていないことが課題でした。議会で「情報発信はどうなっているのか」と質問されたこともありました。
里見氏 たとえば、当市は平成27年東京都人口動態統計年報では、合計特殊出生率が1.67で、東京都の市部では1位でした。また、当市は情報サイト『日経DUAL』による共働き世帯の「子育てしやすい街2016 総合ランキング」で全国の主要都市の中で4位に選ばれました。待機児童対策や病児・病後児保育室のお迎えサービスなど、子育て施策を充実させてきたのが評価されたのだろうと思います。
一方で、東京都市長会が発行した『多摩地域におけるシティプロモーションについて』の中で、多摩地域の外に居住している方に「多摩地域の自治体名を知っているか」をたずねたアンケート調査では、26市中下から2番目。ほぼ100%の方が八王子市は知っているのに、東大和市を知らない方が25%以上にのぼる。当市のことを知ってもらうための、さらなる努力が必要な状況でした。
田代氏 当市では、地方創生の取り組みとして、平成27年度は、人口ビジョンやまち・ひと・しごと創生総合戦略を策定し、平成28年度は、ブランドとシティプロモーションの取り組みとして、指針を策定しています。この指針は、副市長と部長職による検討委員会と関係課長職による作業部会で検討しています。
そしてシティプロモーションの具体的な手法について、係長以下の若い職員で検討してもらいました。プロモーションのターゲットは、まだ小さい子どもを抱える若い世代の夫婦。同じぐらいの世代が出すアイデアのほうが、よりターゲット層の感性に合ったものになるだろうと。そこでシティプロモーションの具体的な手法は、係長以下の職員を各部長に推薦してもらいメンバーを募りました。
里見氏 シティプロモーションの専門家である牧瀬先生に基礎を講義してもらったうえで、提案にあたっての考え方や注意点などを指導してもらいました。そのおかげで、より具体的で実行可能な提案が出てきたと思います。
プロモーションのターゲットを絞り込むことと、そのターゲットにどのような働きかけをするのかという目的を明確化すること。とくにこの2点への意識を指導してもらいました。そのため、たとえば「未就学の子どもがいる20代~30代の世帯に向けて、転入を促す」といった、具体的なターゲット像と目的をもつ提案になっていましたね。
田代氏 これから検討しますが、可能性はあります。
実行フェーズに入ってからも、できれば、立案したチームに推進してもらいたいと考えています。今回、一緒のチームになったことで部署を越えて人間関係が構築されている。それを活かしてもらいたいからです。
田代氏 当市のシティプロモーションの取り組みは、転入の促進と転出の抑制を目指しているものであります。東大和市のことを知っていただかないと行ってみたい、住んでみたいと思ってもらえません。ターゲットを絞った情報発信も必要だと思います。今回、提案されたものも含めたPR策を実行して、情報発信を強化していく計画です。
また、転出の抑制には今住んでいる人たちに、市や地域への愛着を感じてもらうことが大事であると思っています。市民や市内の団体等の皆様にも、市の魅力を理解していただくとともに、その人たちからも市の魅力を発信していただき、市外の人たちにも広がっていくとよいと思っています。