全国市議会議長会の調査によると、平成27年中に全国の市議会に提出された条例案は3万4,858件。そのうち、市議会議員または委員会から提出されたのは1,651件と、全体の4.7%ほどにしか満たない。
本来、議会は「条例を提案・制定する」権利を有しているはずだが、実際にはその権利がほとんど行使されていないのが現状のようだ。
そんな中、神奈川県の鎌倉市議会では、平成24年4月に超会派の議員提出による「鎌倉市自転車の安全利用を促進する条例」を成立させた。市議会議員が、条例提案を行う意義はどのような点にあるのか。中心的役割を果たした、4名の市議会議員に経緯を聞いた。
前川氏 もともと鎌倉市は高齢化率が他市よりも高く、すでに30%を超えています。また山が多く、平地が少ないという地形から、市内には狭い道が多いんですよ。こういった場所では自転車レーンの設置も難しく、以前から子どもやシニアの自転車事故は大きな問題となっていました。またちょうど議論を進める時期に、自転車事故による高額の損害賠償問題や、商店街などへの自転車の乗り入れ問題が社会的にクローズアップされていたこともありました。
こういった背景の中で、自転車問題に対する市長や行政の役割、市民が持つべき意識などを改めて明文化したのが、平成24年4月1日に施行した当条例です。これにより市が主催する講習会を開催できるようになったほか、多くの道路に左側走行のレーン表示をするなど、目に見える成果も現れはじめています。
納所氏 私たち4名は会派こそ異なっていましたが、平成17年に初当選を果たした同期組です。じつはこのときの市議会選挙にて、投票率が史上初めて50%を割り込みました。市議会全体に、このままでは議会の存在が市民から完全に遊離したものになってしまうという危機感が生まれつつあったんですね。
おりしも、市民レベルで自治基本条例の策定機運が盛り上がっていたこともあり、市議会では議会・市民・行政の関係を規定すべく平成18年に「自治基本問題調査特別委員会」を設置しました。結果的に、市民の中で意見がまとまらず、自治基本条例の制定は立ち消えとなりました。ただ、せっかくなので「この動きを議会改革に繋げていこう」と。こうした考えから、まずは私たち4名で勉強会を立ち上げることになりました。
久坂氏 ええ。じつは自治基本問題調査特別委員会で議論を進める中で、議会の政策立案機能の強化という課題が浮かび上がっていたんです。そこで勉強会でも、条例策定の権威である専門家をお呼びするなど、独自の活動を続けていました。
ただし条例制定を視野に入れるのであれば、4名だけの非公認の勉強会では限界があります。そこで、平成22年に議会全体への呼びかけを、当時の議長に申し入れることにしました。その結果、最終的には当時の議員定数28名のうち、1・2期の方を中心に17名もの方が参加してくれました。なによりも大きかったのは、7会派のすべてからご協力いただけたこと。さらに議会事務局職員もオブザーバーとして、さまざまなバックアップをしてくれることになりました。こうして、議員立案の条例制定に向けた「政策法務研究会」が発足したのです。
納所氏 全会派と無所属の方も含めてですから、この協力ぶりは正直予想外ですらありました。いま考えますと、やはりすべての議員がそれだけ危機感をもっていたということだと思います。
まずは17名を「観光」「商店街振興」「子どもの権利」「自転車の安全利用」の4つのグループにわけ、市内の現状や課題を調査することからスタートしました。その中で、前出のように世間的に自転車問題に注目が集まったこと、さらに既存の行政計画がないことなどから、「自転車の安全利用」に絞ることになりました。
もちろん各議員の方々は多忙ですから、全員が集まるのは至難の業です。そこでメーリングリストを活用し、参加できなかった方にもつねに状況は共有するようにしていました。なかなか出席できない方も、メールで逐次状況を把握することで「自分も参加している」という意識を持っていただけたのだと思います。こうした地道な取り組みを繰り返すことで、議会で出る反対意見も、非常に建設的なものばかり。最終的な議決でも、全会一致を得ることができました。
山田氏 特に鎌倉市議会は、議会が市長に対するチェック機能をしっかりと持っていたという点では、環境的に非常に恵まれていたと思います。オール与党、もしくは与党過半数の議会ですと、首長のリードする行政側の条例提案にどうしても委ねてしまいがちです。その点、当市議会は会派が細かくあるということで、首長に対してしっかりとチェックができる体制が整っていたのだと考えます。
もっとも慎重になったのは、やはりなにを条例にするのかという部分です。すでに法整備されている問題では、意味がありませんから。市民全体の声に耳を傾け、福祉の向上という観点から、行政が取り組みにくい課題を抽出していくこと。先ほどの4グループにわかれた調査活動も含め、1年以上を擁してじっくりと検討を重ねました。
前川氏 たとえば自転車の安全利用促進については、道路交通法の規定、あるいは神奈川県警の方でも取り組みを進められており、基礎自治体としての鎌倉市ではこれまであまり手をつけていない部分がありました。
県警の交通課とも懇談を重ねたのですが、最初から理解が得られていたとは言いがたい状況でした。ただ話し合いを繰り返し、社会的にも自転車事故への注目が高まる中で、だんだん「ここをこうしたらどうですか?」と指摘いただけるようになりました。
特に市内の公立学校では自転車通学を認めていないので、子どもたちは放課後や休日などに自転車利用をすることが多かったんです。こうなるともう学校への啓発活動だけでなく市議会に協力してもらった方が有効なのでは、と警察側も捉えてくれるようになったんだと思います。
山田氏 もともと議員による条例提案の活動自体、自治基本条例を視野に入れた自治基本問題調査特別委員会の提案を受けたものでした。ですので、自転車条例の討議を続ける一方で、議会基本条例の策定、議会のあり方への議論も議会運営委員会では展開されていました。
議会基本条例を作るにあたり、私たちが大切にしたのは自転車安全利用促進条例の際の課題・経験をその中にしっかりと盛り込むことです。
特に課題となっていたのは、議員・議会側が条文をつくることに慣れていなかったこと、さらに政策法務について専門家の方に相談するためのルールづくりや予算づけがなされていなかったこと。このため平成25年の改選時に、議員定数を28名から26名に削減した分の議会経費を、法制担当職員の配置、専門家への相談体制の整備へと振りわけるよう提案しました。この定数削減に対しても、議会の政策立案能力、調査能力強化のためと丁寧に説明を行うことで、比較的スムーズに進めることができました。
納所氏 そうですね。特に専門家の知見を活用するという点では、パブリックコメントをより開かれたものに、ということで、市民と直接意見交換の場を設けるオープンミーティングを行いました。
ここでは政策法務研究会の立ち上げ時にもいろいろアドバイスをいただいた、関東学院大学地域創生学科准教授・牧瀬稔先生の助言により、小グループごとに話し合うことで多くの方からの意見を聞くことができる「ワールドカフェ」という方式を採用。各テーブルのホストを大学院生に務めてもらい、議員は筆記役に徹することで、議会基本条例に対する忌憚のない意見を集めることができました。
そのほか市民に議会活動を報告し、直接意見を聞く「議会報告会・意見聴取会」も開催。こうした過程を経たのち、平成26年年末の本会議にて、「鎌倉市議会基本条例」を委員会議案として提出し、賛成多数で可決されました。
久坂氏 はい。ただし、条例を制定すること自体が最終目的ではなく、市議会議員ならではの視点・立場から市民の声を集め、政策立案を通して市民生活の向上を図っていけたらと思います。そのためには、オープンミーティングや意見聴取会などの取り組みを続けていくことが肝要です。今年もすでに「観光」をテーマにオープンミーティングを開催し、市民の方からさまざまな意見をいただくことができました。
その一方、平成29年に新たに市議会の改選が行われ、議員の顔ぶれも変化しています。ちょうど私たち4名が期数の浅い時期から取り組みを始めたように、1期目、2期目の議員の方にも、政策立案に対して主体的に関わっていってほしい。市議会基本条例の中には、党派を超えた議員間討議の促進も盛り込むようにしました。2つの条例制定を通して誕生したこれらの仕組みを、あとはどう活用するかが今後の課題です。市議という立場上、どうしても個人のパフォーマンスに走ってしまいがちですが、そうではなく議会全体で頑張ればもっといいものがつくれる。これを鎌倉市議会の特長として、どんどん発信していけたらと思います。