“アクティブシニア”に焦点を当てた先駆的移住プロジェクトに挑戦

茨城県のほぼ中央に位置する笠間市。伝統的工芸品・笠間焼の産地として名高く、さらには常磐道と北関東道、JR常磐線とJR水戸線が交わる交通の要衝としても知られている。

ほかの自治体と同様に人口減少・高齢化に悩む同市だが、平成27年から本格的にスタートした独自の移住・二地域居住推進プロジェクトが全国的な注目を集めている。

移住のターゲットとなるのはアクティブシニア。「笠間版CRCC」とも呼ばれるこの事業の狙いを、同市の担当者に聞いた。

「まちまるごと」を受け皿に 民間主体で移住・二地域居住を支援

「笠間版CRCC※」とはどのような取り組みなのでしょうか。

笠間市は交通の便が比較的よく、電車でも車でも東京の都心から90分ほどの距離にあります。この立地や医療・福祉環境といった市の特性を活かし、東京圏からの移住、もしくは二地域居住を支援するというのが基本的な考え方です。

ターゲットとなるのは「アクティブシニア」の方々。芸術やスポーツなどの体験型余暇プログラムの充実、教育機関や企業と連携した「学び」の機会の創出、駅周辺への医療・福祉施設の集積化などの施策により、移住・二地域居住を考えるアクティブシニアの方が充実した「第二の人生」を過ごせるよう、制度づくりを進めているところです。

※CCRC:Continuing Care Retirement Communityの略。米国で普及しつつあるシニアコミュニティのあり方で、健康状態から介護状態までを同じコミュニティのなかでケアし、継続的に安心して暮らせるコミュニティのこと。「日本版CCRCの検討」は、国の「まち・ひと・しごと創生総合戦略」のなかにも明記されている。全米ではすでに約2,000ヵ所に設置され、約60万人が居住。

笠間市
市長公室 企画政策課 課長補佐
北野 高史(きたの たけし)氏

同じくCRCCを推進するほかの自治体と異なる点はどの部分でしょうか。

当市がめざしているのは、「まちまるごと」が受け皿となる「笠間暮らし」を創出することです。住居については、民間事業者の協力を得ながら新たに整備する戸建て住宅の集合体や小規模な集合住宅、また既存の空き家などの活用もしつつ整えていく予定です。

同時に医療・福祉の面では、行政が主導となり整備をした市内の医療機関や包括支援センター、介護サービス事業者などをクラウドで結ぶ「介護・健診ネットワーク」を充実していきます。これによる健康情報の共有を通して、まち全体で移住者を含む市民の健康をバックアップできるよう施策を進めています。

図:介護検診ネットワーク

介護検診ネットワーク

CCRC推進協議会

重要なポイントは、事業の主体はあくまで民間に委ねることだと考えています。将来的なプロジェクトの継続性や広がりを考慮すれば、市の単独での整備・運営は限界があると考えます。公民連携は、計画推進にあたってもっとも大切にしている点です。

現時点でのプロジェクトの進行状況はいかがでしょうか。

スタートしたのは平成24年。市長のリーダーシップの下で、CCRCへの研究を進め、理解を深めてきました。基本計画はほぼ仕上がり、29年度にはモデルケースとなる最初の居住空間の形成着手を予定しています。現在は詳細な事業計画の策定準備を進めている段階です。

また平成30年度に、市の中心部であるJR友部駅前に市立病院が移転し、それにあわせて保健センターや地域包括支援センターを同施設内に集約した「地域医療センターかさま」としてオープンします。ここは、CCRCにおいても、医療・福祉面での拠点となると考えています。今後も、コンパクトなまちづくりを進めていきたいと考えています。

都市から地方への人の流れを各自治体との連携で生み出したい

最初にCCRCに注目した経緯を教えてください。

当市は平成18年に旧笠間市、友部町、岩間町が合併して誕生しました。ただ若年層の流出などの要因により、合併後の10年間ですでに約4,500人の人口が減少しています。当初より人口減少・人口構造の変化という問題に関しては、庁内全体で強い危機感を持って取り組んできました。

 そして東日本大震災での被災も経験した中で、平成24年に、まちづくりへの前向きなビジョンを提示するという思いも込め、「健康都市かさま宣言」が議決されました。“安心と安全が確立された健康都市づくり”を理念とするこの宣言がCCRC構想の源流となっています。同時期に厚生労働省の検討会にて米国の「CCRC」の存在を知り、当市の取り組みとの親和性を感じました。そのため、健康をキーワードとしたまちづくりのアプローチ方法の一環として、当市でも本格的な研究をスタートしました。

なぜCCRCに親和性を感じたのでしょうか。

笠間クラインガルテン

要素の一つとしては、平成13年にオープンした「笠間クラインガルテン」という宿泊施設付き市民農園の存在が挙げられます。これは、約300m2の敷地(簡易宿泊施設・菜園)を年間40万円の利用料で最長5年間利用できる施設です。

オープンして以来、毎年募集区画を超える応募が続き、利用者の7割は首都圏在住の方々です。この状況から、当市には「都心との二地域居住」という点でのポテンシャルがあることが把握され、さらに、クラインガルテン利用者による地元市民との交流も見られ、地域のなかに開かれたコミュニティ形成のノウハウが蓄積されていることも重要な点です。

一方で、当市の観光面では「笠間焼」や「笠間稲荷神社」などが代表的ですが、若い方々だけではなく、シニアの方を引きつける魅力があります。これらを総合的に判断して、CCRCへの挑戦を決めたわけです。

高齢者を受け入れることで、社会保障費の増大などの懸念点はありませんでしたか。

当市の基本的な考え方としては、40歳程度の方からプロモーションを開始しつつ、移住等については60歳前後を中心とするアクティブシニアをターゲットにしています。単純に考えれば15年以上も市内での消費や地域活動等の担い手ともなり得ます。

第三者機関による試算でも、移住者・二地域居住者による税収等が、介護・医療費を上回るという推計が出ています。平成26年度からは組織横断の「笠間版CCRCをテーマとした庁内研究会」を設置し、全体で研究・勉強を進めることで、プロジェクトへの理解を高めてきました。

国内に同様の先例がないなか、システム構築はどのように進めたのでしょう。

いろいろな有識者の方に対して積極的に話を聞きに足を運んだり、市長自らがアメリカまで視察に行くなど、勉強を重ねています。

その中で、慶應義塾大学SFC研究所のシェアタウン・コンソーシアムへの参画や淑徳大学との共同研究などが生まれ、現在も産学官連携による研究等を継続しています。また、東京都内の市出身の学生との懇談会の開催や独自の市内外の支援者とのつながりを生む笠間ファン倶楽部(会員約2,000人)など、潜在的にも市を支援してくださる方が多いと感じています。

今後も、積極的に都内に「場」を設定し、そのような市を支援していただける方々も増やしていきたいと考えています。

今後はどのようにして移住促進を行っていく予定ですか。

移住等の促進については、来訪・再来訪・短期滞在・二地域居住・移住のステージ毎の支援を強化していきます。CCRCに限るものではなく、前出の「笠間クラインガルテン」での二地域居住やお試し居住施設「かさちょこHOUSE」の活用、また、平成25年から開始している「空き家バンク制度」など、多様なニーズに対応できるよう、各分野が連携して取り組みを進めていきます。

そのうえで、重要なキーワードは「連携」だと思っています。現在CRCCを推進する自治体は国内に約200ほどありますが、当市はそれらの自治体をライバルとは考えていません。たとえば東京圏からのシニア移住者をターゲットとするならば、笠間市以外の選択肢も含めて体験ができるなどの仕掛けがあったほうが移住へのハードルも下がると考えられ、結果として「笠間に住みたい」と感じた方に来てもらえるような状態が理想ではないかと思っています。また、複数の地域を股にかけて活躍する方も多いと思います。これからはいろいろな自治体と連携して、情報提供やノウハウ共有、事業の構築などを進めていきたいと思います。

笠間市

  • 人口:7万5,812人(平成29年6月1日現在)
  • 世帯数:2万8,528世帯(平成29年6月1日現在)
  • 予算規模:560億7,466万円(平成29年度当初)
  • 面積:240.4km2
  • 概要
    茨城県中部。東京の中心部からは直線距離にして100kmほどの距離にある。日本三大稲荷のひとつ・笠間稲荷大社や笠間焼の産地として知られ、ほかにも歴史ある社寺や芸術・文化資源が多い。春に開催される「笠間の陶炎祭(ひまつり)」には毎年約50万人、秋の「菊まつり」には約80万人が訪れる。平成18年に旧笠間市、友部町、岩間町が合併。県内5位の医師数(210人)を誇るなど、市民総ぐるみの健康づくり活動が盛ん。