平成28年4月14日、熊本県内を最大震度7の激震が襲った。さらにわずか28時間後の16日の深夜にも、同じく震度7の本震が――。
JR熊本駅近くに位置する「くまもと森都心プラザ図書館」では、書棚の倒壊や多くの本の水濡れなど、極めて大きな被害を受けた。そこから、完全再開までに要した期間は約1年。地域と積極的な連携を取り続けていた同館は、いかにして立ち直り、地域の復興にどのような役割を果たすことができたのか。
熊本地震のわずか14日前に館長に就任し、現場の最前線で復旧作業にあたった河瀬氏に詳細を聞いた。
JR熊本駅東側の再開発にともない、平成23年10月にオープンしたのが「くまもと森都心プラザ」です。地下1階・地上6階のうち、図書館があるのは3階と4階の2フロア。施設内には他にも観光郷土情報センターや多目的ホールなどを備え、市民の方々の交流や憩いの場として賑いを見せています。
当図書館の収蔵能力は約34万冊。開館当時には、全国で初めて「ビジネス支援センター」を併設する図書館としても話題を集めました。4階のビジネス支援カウンターには中小企業診断士や融資相談員が常駐し、市民の方がいつでも無料で起業・融資相談をしていただける環境を整えています。
ビジネス支援という従来の公共図書館とは異なる一面を有することもあり、当館では開館以来、地元・熊本のさまざまな分野の方々との結びつきを大切にしてきました。このネットワークを活かし、アートや音楽など幅広いジャンルの企画展やイベントを開催してきたのも大きな特長だといえます。熊本弁の「ばってん(でも・しかしの意味)」とコラボの「×(ばってん)」を掛け合わせた「ばってん図書館」をコンセプトに、多様なアプローチから地域の活性化を目指してきた施設でもあります。
まさに寝耳に水の出来事でしたね。私自身、その2週間ほど前に副館長から館長になったばかり。まったく想定ができていなかったというのが正直なところでした。「くまもと森都心プラザ」の建物自体は東日本大震災の半年後に完成したということもあり、耐震構造は万全。ただ、図書館内の防災対策はまだまだ道なかばの状態でした。毎年3月に東日本大震災関連の企画展などを実施してはいたのですが、「自分のこと」という当事者意識が不足していたというのが正直な感想です。
私はこれまでに熊本県内3つの図書館の立ち上げに係わってきましたが、どの図書館も同じような状態でした。「棚がこの高さなら、子どもが本を取りやすいかな」など平時の使い勝手には配慮がつくされていましたが、地震などの非常時を想定した設計・対策は決して十分ではなかったのです。
施設がある熊本市西区は、4月14日21時の前震で震度6弱、28時間後の16日深夜1時の本震で震度6強を観測しています。1度目の地震では、蔵書の約9割にあたる30万冊以上の本が落下。2割弱の書棚には本の滑り止めテープを施していたのですが、一部を除きほとんどの本が通路に散乱した状態に。翌日はもちろん臨時休館。応急処置だけを施して帰宅するしかありませんでした。そこへ、深夜の2度目の本震です。この揺れにより閉架書庫内の移動棚がドミノ式に倒れ、天井部分の配管破損により、多くの書籍・資料が水に濡れてしまいました。本震の後は入館も困難な状況だったと記憶しています。
図書館にとって不幸中の幸いだったのは、地震がともに夜間に発生したこと。開館中でしたらお客さまが書棚から離れる時間がなかったかもしれませんし、移動棚が倒れた閉架書庫内にスタッフがいる可能性が十分にありましたから。
ええ。じつは前震が起こった翌朝に、あるお客さまが「本を貸してください」と来館されたんです。実際にはお貸しできる状況ではありませんでしたが、非常時だからこそ市民の方々が図書館に「日常」を求めているのだと痛感しました。それからは1日でも早く開館できる状態に、という一心でしたね。
スタッフの中には避難所から通勤する者もいましたし、一度も心が折れなかったといえば嘘になります。それでも励ましあいながら作業を進め、地震数週間後の5月6日、部分開館にこぎつけました。
その後も工事を繰り返し、最終的に全面開館を果たせたのは地震から1年後の平成29年4月1日のこと。その間にも多くのお客さまに通っていただいていましたし、全面開館の日には「ここまで復旧してありがとう」って手紙を持ってきてくれた方もいて…。本当にうれしかったことを覚えています。
最初に不足を感じたのは、掃除道具や消耗品でしたね。たとえば閉架書庫内は蛍光灯が割れ、ガラスの破片が本の外や中に降り注いでいる状態。それを払う刷毛や、作業を行うブルーシートをより迅速に確保できていれば、復旧までの時間はより短縮できたはずです。
なにより「人との繋がり」の大切さを実感しました。この部分では「ばってん図書館」の取り組みが大いに役立ちました。じつは5月6日の一部開館直後、館内の一部を利用して子育てやビジネス支援に関する情報発信を行ったんです。地震後に各施設や団体がインターネットを通して情報を出していましたが、インターネット環境がない方、避難所にいらっしゃる方、シニアの方にはそういう情報が届かない。そこで、当館にさまざまな情報をお知らせいただいて、それを紙にして図書館に設置することができました。
また、全国の図書館備品メーカーさんから本の「除菌ボックス」を約10台提供いただいたのですが、これも書籍の復旧作業に大活躍しました。モノを備蓄することにはやはり限りがありますが、平時からひとりでも多くの人とつながっておくことも立派な災害時への対策になるのだと感じましたね。
ええ。復興が進むにつれ、お客さまが知りたい情報は変わっていくと思うのです。たとえば一部開館直後に「備える」と題した展示で、車中泊やアウトドア料理の本を棚に並べたところ、あっという間にすべて貸し出しに。まさにその時点で求められたタイムリーな情報だったわけです。一方で、震災から半年後の10月には心のケアに重点を置いた「プレイセラピー講座」を開催。続く11月には「東日本大震災から5年後の陸前高田」をテーマとした講演会で、少し先の将来に視線を向けてもらう提案をするなど、その後も時期により意識して内容を変えていきました。
もちろん私たち自身も被災者という立場でしたので、いろいろ意見を出し合って企画内容を決めていった感じですね。
いちばん大きく変わったのは職員の防災意識だと思います。少しでも揺れを感じたら、自然に「棚から離れてください!」と声掛がけをしたり、多目的トイレなどの「死角」にすぐ駆けつけられるようになりました。
また、すべての書棚に「揺れを感じたら棚から離れてください」というポスターを掲出するなど、お客さまへの注意喚起にも工夫を凝らすようになりました。
さらに、熊本駅に近いという立地から、震災時には観光の方、外国人旅行者の方、身体が不自由な方など、さまざまな方が来館されると予測しました。そこで、カウンターに10カ国語で簡単な会話ができる指差しシートを常備したり、緊急用の手話をみんなで練習したりしています。
災害に関する資料を集めたり、それをわかりやすく紹介したりするのは、やはり図書館にしかできない役割だと思います。さらに大切なのは、それを一過性のものではなく、50年、100年と発信し続けるということ。熊本では130年前の明治22年に、今回と同じ2度の激しい揺れを記録した「明治熊本地震」が起こっています。もちろん文献は残っていたんですが、一部の図書館にしかなく、その存在は半ば忘れられたものになっていました。こういった記憶を風化させず、発信し続けることこそ図書館の真の役割だと考えます。
そして大切なのは、日本全国すべての人が当事者意識を持っていただく努力をすることではないでしょうか。私自身も全国で講演などに招いていただいた際、参加された図書館職員の方に「今まさにこの瞬間に地震が起こったら、自館はどういう状態になりますか?」と必ず問いかけるようにしているんです。あらゆる想定をしておくこと。これこそが、なによりのリスクマネジメントにつながると思います。