東京都の北西部に位置する瑞穂町。なだらかな狭山丘陵の裾野に佇むこの町に、注目が集まっている。同町では平成27年度よりML(ミュージアム・ライブラリ)連携事業を推進。図書館に収蔵されている地域資料を積極的にデジタル化し、画像認識技術を活用したアプリと連動させて郷土資料館で公開したのだ。
生まれ変わった郷土資料館は、いまや年間3万4,000人以上を集客する人気施設に。それを拠点として、地域住民および観光客を呼び込み、周遊してもらうための“地域活性化プロジェクト”とも呼ぶべき情報発信のうねりへと発展しているのだ。今回の事業の仕掛け人である宮坂氏に、取り組みの詳細を聞いた。
郷土資料館のホール床に約10m×10mサイズの町全域の航空写真があるのですが、地図内の89カ所の画像情報をデータベースに登録しています。この地図上の見たい場所に専用のタブレット端末をかざすと、画面上に認識されたスポットの紹介文や新旧の関連画像が表示される仕組みです。
たとえば、箱根ケ崎駅にかざせば昔の駅舎の写真を参照できるうえに、実際に走っていたSLの音も流れます。学校にかざせば校歌が流れたり、学校が建つ以前にあった昔の施設の写真が表示されます。「文章や画像はもちろん、音でも瑞穂町のことを知ってもらう」というのが狙いですね。
同じく、図書館のホームページの「瑞穂町デジタル歴史資料」からアクセスできる“タイムトラベルいま・むかし”でも、マップ内に立っている旗をクリックすれば、資料館の床面航空写真と同様の情報を得ることができます。
また、今年度は独自の画像認識アプリを開発し、来訪者個人のスマートフォンやタブレット端末にダウンロードできるようにする予定です。さらには、地図上だけではなく、町内にある各文化財や見どころなどの観光資源に、あらかじめアプリをダウンロードした個人所有の端末をかざすことで、町歩きをしながら資料館と同じ体験ができるプロジェクトを推進。約30カ所を設定する予定です。
平成26年にこの「けやき館」が完成するまで、郷土資料館は少し離れた場所にある「瑞穂町図書館」の3階部分にありました。ところが当時の郷土資料館はエレベーターもなければ通路も非常に狭い。そのため1日の来館者数は5人とか6人とか、そんな極めて閑散とした状況だったんです。
私が図書館長に就任したのが平成24年のこと。この段階で郷土資料館は「見せる施設」にはほど遠く、細々と地域資料を収集・保管する施設にすぎませんでした。そんなときに別の場所に新たな郷土資料館を建設することが決まり、これを機に抜本的な改革をしようと決意したわけです。
移転に際し、最大の懸念点となっていたのが、図書館と郷土資料館でどう地域資料を共有するかという点。となると、いちばん効率がいいのは資料をデジタル化することです。しかし、ただ単に資料をスキャンして画像データ化するだけでは、検索機能をもたせられず活用性がありません。そこでまずは資料をテキスト化しようと、そこから動き始めました。
ええ。デジタル化には多かれ少なかれ費用がかかります。財源が厳しい昨今、何か助成制度がないかと探していたところ、(財)図書館振興財団の助成金プログラムを発見しチャレンジすることになりました。
ただし、普通のデジタル化だけでは採択は厳しいと考え、何か瑞穂町独自の施策をと考えた結果、当町には米国空軍横田基地が所在することから、地域資料をテキスト化したのち、英文翻訳まで行い公開するという計画を立てて申請しました。英文翻訳すれば横田基地関係者だけでなく、2020年に見込まれる海外からの観光客対応にも繋がることが期待できます。かなりの難関でしたがこの取り組みが評価され、無事に助成を得ることができました。
はい。ただもちろん、デジタル化しただけでは誰も読まないし、見てくれません。さらにアイディアを練るうちに、資料館の床にある航空写真を使えないかという話になりました。当初はICチップを埋め込む方法を考えていましたが、床に近づけるためにしゃがまないとうまくいきません。また、地図にQRコードを貼りつける案もありましたが、地図上がQRコードだらけになると地図が隠れるうえに非常に見栄えが悪くなるんです。
そんなとき、たまたま図書館のシステム関係で来館された会社の方に「被写体認識基盤サービス」をご紹介いただいて。これは被写体にカメラをかざすと、形状の特徴などから物体を認識し、データを高速で読み込んでくれるという最新技術です。撮影角度や照明条件の影響を受けず、対象物を認識してくれるという画期的なシステムでした。
このシステムは今年3月に導入しましたが、来館者の方からは早くも好評を得ています。とくに地元のシニアの方は、昔の写真を見ていろいろ当時のことを思い出されるようで、ファミリーで来られて「昔はこうだったんだよ」と盛り上がっている姿もよく目にします。さらに、観光客が瑞穂町を知るきっかけにもなっているようですね。
数年前までの古い郷土資料館では来館者もまばらでしたが、現在の新しい郷土資料館、けやき館は年間で3万4,000人を超えるまでの来館者数になりました。また、資料館との連携を進めることで、図書館側にも相乗効果が生まれ、これまで減少傾向にあった利用者数が、平成27年度からプラスに転じています。
ええ。デジタルアーカイブの活用をきっかけに人々の交流が生まれ、そこから地域をテーマにした数多くの講演会や座談会などにも派生させることができています。また、学校帰りの小学生たちがタブレットを片手に遊び感覚で楽しんだりしています。「けやき館」を中心とした新たな地域交流が生まれつつあります。
またその一方、町外から来られる観光客の方にも好評です。レファレンス性を高めているため、たとえば狭山丘陵を散策される方が、先に当館を訪れて調べ物をしてからお出かけされることも多いようです。これまで瑞穂町には観光の“目玉”がなく、町自体を訪れていただくきっかけがありませんでした。その中でようやくこの「けやき館」が観光の拠点にもなりつつあると感じています。
町の図書館・資料館がほかとの差別化を考えるとき、やはり地域資料の存在がキーになると思います。どれだけ新刊本を揃えて、本の貸し借りの回転率を上げてみたとしても、読書離れなどが進むなかでやはり先細りになってしまうのではないでしょうか。地域資料をどのように「面白おかしく」公開していくかが、図書館や資料館の個性に繋がっていくと考えています。
一方、「資料の公開」を目的とする図書館に対し、資料館はどうしても「地域資料の保存」を第一に考えてしまいがちです。しかし公共施設である以上、ひとりでも多くの方に来館して資料を見てもらうことが大前提であるべきだと思います。当町でも積極的にML連携を進めることで、さらなる相乗効果を目指していきたいですね。
職員の意識が変わりました。世の流れで読書離れも進むなか、以前は職員のなかにも閉塞感が蔓延していました。しかし、来館者や利用者数が増えることで雰囲気は大きく変わりましたね。現在の合言葉は「仕掛ける図書館」「仕掛ける資料館」ですから。(笑)他の自治体も同じかもしれませんが、役所のなかでも「図書館」「資料館」の位置づけはそれほど高くないんですよ。それでも仕掛け続けることで、だんだんと各所から注目してもらえるようになってきました。
今後も町をリードできる素材はいくらでも揃っていますし、職員のなかにも「図書館、資料館が町おこしをけん引していく」という責任感が芽生えるようになりましたね。
瑞穂町にはまだまだポテンシャルがあると感じています。たとえば、春恒例の行事「瑞穂のつるし飾り」の期間には、全国から約1万人の方が来町されますが、このイベントに当アプリを関連づければ、瑞穂町の名を全国に広めることができるかもしれません。これからも自由な発想を持って、仕掛け続けていきたいと思います。
ただ忘れてはならないのは、やはり税金を使わせていただいているという点です。特定の方だけが楽しめる仕組みをつくるのではなく、図書館・資料館の間口をどんどん広げることで、利用機会を広げることが大切なんだと常に意識しています。この考えをベースとして、結果的に地域振興にもつながっていけばいいですよね。