「日南にオフィスをつくりたい」。いま、そう考えるITベンチャー企業が増えている。市が誘致に大きな予算を投じているわけではない。ほかの自治体とは異なり、ベンチャー企業の仕事の進め方と同じ発想・同じスピード感で市が動いてくれるからだ。
そのキーパーソンが同市のマーケティング専門官の田鹿氏。就任時28歳という若さでも注目され、民間人からの登用というのも、じつにユニークだ。地方のまちが企業を誘致して雇用を増やすための処方箋を同市に聞いた。
人口が減っていき、それにつれて財政状況も年々悪くなっていたことです。
同じ宮崎県でも、たとえば日向市と30年ほど前は同じくらいの人口でしたが、いまは当市のほうが1万人も少ない。日向市は港を中心に企業誘致が盛んで、それが徐々に実を結んでいます。
雇用の受け皿があるので、Uターンする人が多い。だから人口を維持できる。当市はそうした手を打つのが遅れてしまったわけです。
市長の公約です。もともと今の市長が宮崎県庁の職員だったときから交流がありました。市長選に立候補したときは、「きっと、『地元をなんとかしたい』という熱い想いがあるゆえの行動なんだろうな」と思いました。
当時、私はネット広告をあつかうベンチャー企業に在籍。上海に赴任していた。帰国したおりに、予想を覆して当選し、33歳の若さで市長に就任した彼と東京・銀座で会ったんです。
その席で、「『マーケティングができる民間人を登用する』っていうのが選挙公約だったんだけど、どうだ?」って。2秒で即決しました。「やります」と。私は宮崎県の出身。「いつかは地元に帰って、宮崎に貢献する仕事をしたい」と思っていましたから。それに、「県庁を辞めて市長選に打って出る」という決断をした市長に頼まれたら、断れないですし、ぜひやりたい!と思いました。
「若い人たちが戻ってこない地域になっているが、日南に戻りたい人が戻ってこられる地域にしてほしい。外貨を獲得することで雇用を創出して欲しい。」それだけを指示されました。まずは「日南のことをよく知ろう」と、ほとんど毎日、ほかの職員や地元の方々と飲み会に行き、情報収集。それから企業を誘致するための施策を打っていきました。
日南市では、そんなことはなかったですね。ほかの職員も非常に協力的でした。33歳の若者を市長に当選させたということは、市全体に変化を望む空気があったと考えられます。「変化する覚悟」が市の職員にあったのかもしれませんし、本当に助けられた場面がたくさんありました。
いちばんの“キモ”になったのは、「ボケて(bokete)」というスマートフォン向けの大喜利アプリとのコラボです。市の観光地や特産品、市長などの“お題写真”に対して、ユーザーにひとことボケてもらうもの。1ヵ月で約4,500件の投稿がありました。
「自治体がこういう企画を積極的にやるのはめずらしい」と話題になりました。そのおかげで「日南市はほかと違い、柔軟な考え方をもっているんだな」と民間企業のみなさんに思ってもらえた。自治体とコラボしようと考えている企業が、まず最初に組む相手として日南市を選んでくれるようになりました。
クラウドソーシング企業の草分けであるクラウドワークスとコラボして、「1年間かけて、Webライティングのクラウドソーシングで月収20万円を稼ぐ主婦ワーカーを育成しよう」というプロジェクトを推進しました。でも結局、月収5万円ぐらいしか仕事がなかったんです。
しかし、このプロジェクトによって「日南市はIT人材の育成にチカラを入れている。優秀な人材が採用できそうだ」という民間企業からの評価をかちとることができた。その結果、Webメディアを運営するITベンチャーのポート株式会社が当市に進出。「月収20万円プロジェクト」の対象者だった主婦の方が採用されて、月給は17万円だそうです。だから、ほぼ目標達成ですね(笑)。
ITベンチャー企業を中心に6社が本社移転またはサテライトオフィスを設立。また、観光関連分野で2社が起業。結果として3年間に120~130名の新規雇用が生み出される予定です。誘致企業の事業予測を合計すると、市としては「平成32年までに新規雇用700名」という目標を打ち出していますから、なんとか達成したいですね。
ベンチャー企業と同じスピード感で動いていることです。私たちは「民間企業が日本一組みやすい自治体です」とうたっています。それは「大きな予算を民間企業とのコラボにふりむけている」という意味ではない。なにごとにせよスピーディーに取り組むことで、民間企業にとって大きなコストである「時間」がかからない自治体である、ということなんです。
大きな予算のつくプロジェクトであればそうです。議会で承認を得なくてはならないなどの事情で、どうしても時間がかかります。だから、まずはお金があまりかからないことをどんどんやってみる。それでうまくいけば、議会にも「このように成功するプロジェクトです」と説明できるので、予算をつけやすくなる。
よく「PDCA」といいますが、私の場合は「DCAP」。まず「Do」、つまりやってみる。じっくり計画を立てているのでは遅いんです。やってみれば、いろいろ見えてくることがあるので、それをもとに「Check」「Action」「Plan」のサイクルを高速で回していけばいいんです。
ゆくゆくはあるかもしれないですが、いまは目の前の仕事に精一杯であまり将来については考えていないですね。ただ、目の前の人の人生に影響を与えているという実感はとてもあって、これは前職の時には実感できなかったことです。ベンチャー企業で働いていたとき、私がてがけたネット広告を見た人は何百名もいるはずです。でも、その人たちと直接交流することはなかったし、「喜んで貰えてる」という実感はなかった。
でもいまは、直接交流している人の人生の岐路に大きな影響を与えている。「ウチの息子がUターンで戻って来てくれたよ」とうれしそうに言うお父さん。「デザインを勉強するために福岡の専門学校に進学。そこで就職するつもりだったけど、地元にも仕事があるって聞いて帰ってきた」という若い女性。「喜ばれている」という実感が、仕事へのモチベーションになっていますね。