埼玉県の東北部に位置する久喜市。豊かな自然に恵まれながら都心へのアクセスも良い同市にある埼玉県立久喜図書館。埼玉県立図書館では旧浦和図書館で1952年から「障害者サービス」を開始して以来、約70年もの間、障害者の読書環境の整備に取り組んできた。
昨今は、各市町村図書館のフォローアップにも注力。より専門的で難解な書籍の音声化・電子化にも、率先して取り組んでいる。
障害者サービスの歴史から今後のビジョンまで、障害者サービス担当の佐藤氏に聞いた。
現在の埼玉県立図書館は、埼玉県立熊谷図書館と同久喜図書館の2館が一体となって運営していますが、以前は、同浦和図書館、同川越図書館、同熊谷図書館、同久喜図書館の4館体制で、埼玉県民への図書館サービスを展開していました。
障害者サービスを始めた背景として、1949年に点字図書館が法制化されました。それにともない、視覚障害者への図書館サービスは、公共図書館ではなく点字図書館が主体となって行うようになりました。
公共図書館の点字文庫が点字図書館に改編されていく中、東京教育大学の盲学校関係者の声をきっかけに、浦和図書館では障害者への図書館サービスに着目。視覚障害者に対して、点字図書の収集・製作・貸出を始めました。公共図書館として先駆けて、障害者を対象とした読書環境の整備に乗り出したのです。
そうです。そして、近代的な障害者サービスの始まりは、それから20年ほどの歳月が経つ頃のことです。1969年、都立日比谷図書館で、対面朗読と録音図書の製作・貸出が始まりました。
その6年後の1975年、川越図書館が開館。同時に、「障害奉仕課」という係を設置し、開館する1年ほど前から、音訳者の養成を始めました。開館後は、カセットテープやオープンリールによる録音図書を製作し、貸出をスタート。この時点で、埼玉県立図書館としての障害者サービスが、大きく前進することになります。ただ、当時は録音図書の数が少なく、対面朗読を利用する方のほうが多かったそうです。
そして1980年、久喜図書館が開館。当館でも同様に「障害奉仕課」を設け、開館1年前から、音訳者の養成に乗り出しました。この時すでに、障害者サービスに特化した専任職員が、久喜図書館と川越図書館で計6人存在していました。これは、当時としては画期的なことでした。
ええ。景気が良い時代だったことも追い風になり、障害者に対する国からの支援も厚く、貸し出せる図書も増加。利用者も増えていきました。貸し出す図書の種類も、点字図書一辺倒だったのに対し、テープによる録音図書が主流となっていきました。
実は、すべての視覚障害者が点字を読めるわけではありません。途中で失明した方は、指先を鍛えることで、点字を読む訓練を積まなければならない。それが、結構難しいんです。その点、録音図書なら、再生機さえあれば誰でも使用できるし、カセットテープの再生機は安価に購入できました。これにより、録音図書の利用者は、爆発的に増えていきました。
残念ながら、これまでに浦和図書館と川越図書館は廃館にいたりました。現在、浦和・川越の両図書館で展開してきた障害者サービスは、当館に集約しています。
法整備が遅れたことによるものが多かったですね。例えば、2009年に著作権法が改正されるまでは、図書を音声化する際に、著者に承諾をもらう必要がありました。「障害者のために、この図書を録音図書にしてもよろしいですか」という手紙を、著者宛てに送付し続けました。この作業には、職員一同苦労したものです。
また、郵便については、課題が残ったままです。現在、視覚障害者に対する録音図書や点字図書の郵送は、原則として無料です。さらに、図書館同士の点字・録音図書の郵送も無料です。
その一方で、郵便無償化の制度が適用されるのは、視覚障害者のみ。病気で寝たきりの方や、足が悪くて施設から出られない方、高齢者に対しては、適用されないのです。
現在、「読書バリアフリー法」が成立したことで、視覚障害の有無にかかわらず、活字による読書の困難な方の読書環境を整備する動きが進んでいます。引き続き、図書館ならびに障害者サービスの利用者を拡大させるため、行政機関にも一般社会にも訴えかける必要性を感じています。
近年は、デジタル録音図書※「音声DAISY(注1)図書」の貸出が主流となっています。音声DAISYの出現により、カセットテープの利用者は減少しています。2019年でいえば、音声デイジーの利用数は1万8,000タイトルなのに対して、カセットテープは数百タイトルほどでした。
当館としても、これまでカセットテープで読書をしてきた利用者に向けて、音声DAISYの再生機に関する研修会を実施してきました。新たな図書は音声DAISYでのみ製作しているので、今後はDAISYが主流となり、カセットテープの利用はなくなっていくものと思います。
音声とともに、文字と画像を再生する「マルチメディアDAISY」の利用拡大を図っています。これは、パソコンやタブレットで再生する電子書籍です。視覚障害者だけでなく、発達障害や知的障害の方にも対応している図書なんです。
そして2018年から、マルチメディアDAISYの製作を開始しました。音訳者が文字を読み、DAISY編集者がパソコン上で編集作業を行います。画像の表示や、読み上げている文字のハイライト表示など、編集に時間と手間がかかります。
音声DAISYは、利用者からのリクエストを基に、製作するか否かを検討します。その際、全国の総合目録を検索して、どの図書館にも存在しない図書であれば、当館で作ることになります。
ただ、当館は県立図書館なので、難易度が高いとされる専門的な本を製作するよう心がけています。比較的容易に作れる図書については、市町村図書館などにお任せします。県立と市町村で住み分けができていれば、図書館としての業務効率化が図れるものと考えています。
さらに、県立図書館ならではの取り組みは、まだあります。
県内の市町村図書館を支援する役割も担っていることです。例えば、市町村図書館の職員を対象として研修会を実施したり、全県の障害者サービスの実態調査を行ったり。そのほか、県内の図書館から寄せられるさまざまな質問に対応したりもします。県内だけでなく県外の図書館からの視察に関しても、随時受け付けています。
また、県内の小・中学校の教職員の研修会で、障害者サービス用資料を紹介する展示会を実施しています。これは、ディスレクシア(注2)や自閉症の児童に対して、マルチメディアDAISYなどの利用を推奨するためです。まずは先生方にデジタル教材を知ってもらうことで、必要としている児童の元に図書を届けるのが狙いです。
さらに、音訳者の養成も行っています。毎年、年間で10日間ほど、音訳者の研修会を実施しています。新規に音訳者を養成する際は、2年がかりで取り組むことになります。
音訳者の育成は時間も労力もかかる作業ですが、良い図書を作るため、私たち職員も一丸となって挑んでいます。
まずは、障害者サービスの利用者を拡大させたいですね。現時点では、利用者の大半が視覚障害者です。でも、視覚障害以外にも、さまざまな問題により読書ができない方がいます。私たちは、あらゆる方に対して、「読書をあきらめないでください」というメッセージを送り続けていきます。
また、市町村図書館から頼りにされる存在であり続けることも目標です。当館では率先して、デジタル図書の製作を推進しています。そのノウハウは、全国の図書館に対して、惜しみなく提供します。規模の小さな市町村図書館であっても、是非、新たな図書の製作に挑戦してくれるとうれしいです。