平成28年10月10日、全国では791番目となる新しい市「富谷市」が誕生した。同市が全国的に注目を集めたポイントは、市制移行までのその経緯にある。
市町村制の施行にともない、「富谷村」が生まれたのは明治22年のこと。以来127年もの間、一度も合併も行わずに、村から町、町から市へと発展を遂げたのだ。
現在の人口は5万2588人(平成29年8月末現在)で、昭和38年の町制移行時の約10倍だという。全国的に人口減少が問題となるなか、同市ではどのような取り組みを進めてきたのか。富谷市の初代市長となった、若生裕俊氏に話を聞いた。
やはりいちばんの要因としては、仙台市の近郊にあるという立地を活かし、1960年代ごろよりベッドタウンとしての宅地開発が進められてきたことが大きいですね。市内には新富谷ガーデンシティや明石台などのニュータウンが数多く整備され、これが人口流入の受け皿となってきました。町制移行した当時と比較しても、50年で人口規模は約10倍になりました。
また現在では、25歳から39歳までの「子育て世代」の方に多く転入いただいています。市民の平均年齢も約40歳と宮城県内で最も若く、近年は合計特殊出生率も宮城県全体に比べて高いレベルで推移しています。
急速に宅地開発が進むなかで、なにより当市では住環境、特に教育環境の整備を常にきめ細かく行ってきました。例えば開発用地の選定も、民間企業と密に連携を取りながら、すべてを長期計画のもとで行います。エリア内のあちこちが虫食い式に開発されるような状態になると、社会インフラの整備が追いつかず、住環境の低下に繋がってしまいますから。
また、新たな宅地を開発する際には、必ず民間企業にご理解をいただき、幼稚園や保育園、小・中学校といった公共用地の提供をお願いしています。やはり若い世代の方にとっては、住まいを探すうえで子どもの教育環境は極めて大きなポイントになります。同時に各地区には大規模な公民館を置くようにし、地域コミュニティの中核として、新旧住民の交流の場としてきました。
これらを自治体の一般財源だけで行うのは、無理があります。大切なのは、民間企業にその都度きちんとビジョンを説明し、協力をいただくこと。官民をあげてまちづくりを進めたことが、現状に繋がったのではないでしょうか。
いろいろな分野で、県からの権限移譲が進みましたね。特に福祉関係の生活保護に関する業務等においては、これまで町役場は窓口のみの役割にとどまり、決定などは県の福祉事務所にお願いをしていました。これが市になると、福祉事務所の設置が義務づけられますので、われわれが直接業務を行えるようになります。各分野でよりきめ細かな行政サービスが可能になることは、住民の方の大きなメリットでしょう。
一方で、私たち行政の責任もいままでの数倍になるわけですから、その重みをしっかりと受け止めつつ、職員一同が業務を進めているところです。
とみや国際スイーツ博覧会
常々職員にも言っているのですが、市になることが目的ではなく、大事なのはこれからどんな市を創っていくのかということ。そのスキームとして、2016年に発表したのが、「住みたくなるまち日本一~100年間人が増え続けるまち 村から町へ 町から市へ」というスローガンです。1960年から人口が増え続けて、現在で57年。これを2060年まで続けることで、将来人口6万人を目指すと具体的に宣言したわけです。
そして、この実現のためにも地方創生総合戦略において4つの基本目標を定めました。「企業誘致による雇用の創出」「スイーツなどによるシティブランドの確立」「子育て環境のさらなる充実」「生活圏を踏まえた暮らしやすさの向上」です。
富谷はベッドタウンとして発展してきたわけですが、私自身は市制移行を「ベッドタウンからの脱却」の契機ととらえています。今も昔も、仙台市に通勤・通学する方は多い。そこで自立した都市基盤を確立するには、なにより働く場所の創出が必要です。
私は就任して以来、特にこの企業誘致に注力してきました。近年では町内に生協の物流センターができたり、大型のロードサイド小売店が開業するなど、地域の雇用創出にも繋がっています。
また本年8月には、みやぎ生協や民間企業と協働しての低炭素水素サプライチェーンの構築に向けた取り組みが、環境省の「地域連携・低炭素水素技術実証事業」に採択されています。この実証事業は、太陽光発電システムで発電した電力をもとに水素を製造して、それを特殊な合金に吸着させて輸送し、一般家庭や生協の店舗、そして本市の児童クラブ棟に設置する燃料電池に水素を供給して電気として利用するというものです。水素を気体として運ぶのではないので危険物輸送のコストがかからず、みやぎ生協の物流ネットワークを活用することで配送コストも発生しません。このような技術を集積していくことで、富谷が水素技術の先進都市となり、将来的に水素関連の企業誘致に繋がれば、と考えています。
とみやはちみつプロジェクト
実は富谷は、ブルーベリーの産地として知られています。そこでブルーベリーと縁の深い「スイーツ」を中心に据え、シティブランドの確立を目指しています。昨年には市制移行を記念して、国の地方創生事業の助成を受け「とみや国際スイーツ博覧会」を開催。約3万人の集客を実現しました。スイーツには人を呼び込む魅力があると思いますので、これが交流人口の増加に繋がればと思います。
一方で、元々の富谷の主産業である第一次産業の活性化に結びついてほしい。ブルーベリーの生産増だけでなく、ゆくゆくは「休耕田を使ってスイーツ素材を生産する」という動きも進めています。
そのモデルケースとして、現在は市役所の屋上に巣箱を置いてはちみつを生産する「とみやはちみつプロジェクト」もスタートさせました。市役所の屋上ではちみつを生産する自治体は、全国でたぶん当市だけだと思います(笑)。
とみやはちみつプロジェクト
ええ。やはり“若いまち”ですので、子育て環境の整備については引き続き重要視しています。市制移行とともに、子ども医療費の無償化を15歳から18歳に引き上げたほか、市内の各小学校敷地内に従来の学童の役割を果たす「放課後児童クラブ」の設置を進め、今年度中にはほぼ完了する予定です。また女性の方に向けては、妊娠期から子育て期まで切れ目のない支援を行うために「とみや子育て包括支援センター(通称:とみここ)」を今年4月にオープンしました。
また、私自身が民間人の頃に海外を飛び回っていた経験があり、早い時期から世界と接することの重要性を認識しています。そのため、今年から中学生の海外派遣事業をスタート。今年は多くの中学生が台湾を訪問しました。
市内に鉄道のない富谷市の市民にとって、交通アクセスは以前から非常に大きな課題でした。その解決への第一歩として、仙台市交通局さんの協力のもと、昨年10月からICカード式の高齢者・障がい者用の外出支援乗車証「とみパス」を導入しています。これは近い将来の高齢化を見据え、シニアの方の外出を後押しするための制度の一環。市民の方からは、早くも好評をいただいています。
今後は新たな交通システムの採用による仙台市地下鉄の市内延伸も視野に入れ、段階的な取り組みを進めていきたいと思います。
なにより意識しているのは、常に「市民の声が届く市政」であり続けるということ。就任以来、毎回テーマを設定して住民と直接対話を行う「わくわく町民会」「わくわく市民会」を開催していますし、その積み重ねの結果、多い月には100通以上の手紙もいただくようになりました。これらの声を市政に活かしていくことこそ、市長としての責任だと考えています。
なんといっても当市は転入者の方が多い。だからこそいろいろなスキル・知識をもった方が集まっています。ですから「市民の力」というのが、富谷市のもっとも大きな強みだと考えています。安定的で持続可能な財政基盤を整えたうえで、いろんな人が主役になれるようなまちづくりを続けていきたいですね。