ちょっとひといき テクノロジー探訪

テクノロジー探訪

低温大気圧プラズマ
―― 未来の‘安心・安全’への光明

プラズマとは、固体・液体・気体に続く物質の第4の状態ともいわれる、原子核と電子が自由に飛び回る状態(電離状態)の気体のこと。完全電離プラズマは超高温になるが、低温で放電するプラズマや、大気圧下で放電するプラズマなど様々あり、低温大気圧プラズマは多くの分野での応用が期待されている注目の技術である。

各分野から注目されるプラズマ技術

プラズマ技術は、近年応用展開が進む技術の一つである。従来の技術である完全電離プラズマは、高温や真空といった特殊環境下で放電するものであった。これは鉄鋼産業をはじめ様々な分野で、熱エネルギーによる溶接や切断、溶射に応用されている。

一方、近年の技術の進化によって、大気圧下や室温ほどの低温、液中など、様々な状況で放電することも可能になった。これは従来のプラズマに対して「低温大気圧プラズマ」と呼ばれ、今まさに活用の場が研究されているのだ。代表的な例は半導体製造における微細な加工、表面の処理、薄膜合成だが、最近ではまた別の分野での応用が盛んになってきているのだ。

低温大気圧プラズマで成長促進

まず農業において活用されているのは、害虫などの除菌作用である。今のところ研究段階ではあるが、農薬を使わず、プラズマと水だけで栽培する安全な農業を実現できる可能性を秘めている。また、収穫した農作物を長期的に保管したり、運搬したりする際の鮮度保持にもプラズマの除菌作用が役立っている。低温大気圧プラズマだからこそ食品を傷めることなく、またみずみずしさを損なうことなく、除菌することができるのだ。

さらに、プラズマによる電気的な刺激を与えることで、農作物の成長促進ができることもわかってきた。キノコにプラズマを当てると、プラズマを当てない原木と比べて、たくさんキノコが生えたという研究がある。カイワレ大根の種子にプラズマを照射した実験では、照射時間が長いほど、カイワレも長く成長した。その原理はまだ解明されていないが、空気中の酸素や窒素がプラズマ化されることで、成長に何らかの影響を及ぼしていると考えられている。

水中の生物にもプラズマが効く

植物の成長促進と同様で、低温大気圧プラズマが魚の成長促進にも有効だという研究もある。放電処理した空気を水中に送り込むことで、金魚の発育が著しく向上したのだという。

また、愛知県のとある自治体では、キャビアを名産品として地方創生の起爆剤としたいと考え、チョウザメの養殖に乗り出した。そこで、この低温大気圧プラズマ技術を使えば水質浄化や成長促進に効果があることに注目。効率的にチョウザメを養殖して、希少なキャビアをより多く生産することを目指している。

低温大気圧プラズマはその名の通り超高温ではなく、手で触れる程度に低温である場合もあるので、植物や水中の生物にも用いることができる。さらに大気圧で放電可能なため真空管など大掛かりな設備は不要で、低コスト。だからこそ低温大気圧プラズマは様々な分野で利用されているのだ。

大きな可能性を秘める医療への応用

農業や漁業での応用より、もっと大きなイノベーションを巻き起こす可能性があるのが、医療分野での応用である。世界中で低温大気圧プラズマをどう活用するかについての研究が行われており、たくさんの実験結果が報告されている。

一例を述べると、火傷などの皮膚表面にできた傷にプラズマを照射すると、皮膚再生が早まるという。内臓の手術などでは、プラズマを照射して止血する方法もある。薬や手術に頼るのではなく、安心・安全に再生を早めることができるというのは、当事者にとっては大きなメリットである。

そして最も期待されているのは、ガン治療への応用だ。ガン細胞や腫瘍に直接低温大気圧プラズマを照射できた場合、ガン細胞が死滅するというのだ。しかも、正常な細胞は無傷のまま。――照射できれば、の話だ。ガンの中には、照射できないものも多いのが現実で、照射できない場所にできたガン、小さなガン細胞が散らばっているようなガンも多く、現場でなかなか活用できない技術でもあった。

しかし2013年、プラズマを照射した細胞培養液もガンを死滅させる作用をもつことを名古屋大学の研究グループが突き止めたのだ。ガン細胞にプラズマ照射液を投与すると4時間後からガン細胞が死にはじめ、24時間後にはほぼ全滅したという。健康な細胞にはほとんど悪影響がなく、ガン細胞だけを選択的に死滅させた。これはマウスの実験でも同様の結果が実証され、画期的に効率が良く、患者にとっても低負荷なガン治療法として今後の活用が大いに期待されている。

プラズマが生む明るい変化を夢見て

プラズマ技術は、医療やその他の分野を、そして社会を、変化させるかもしれない。世界中でこぞって研究されており、ビジネスとしても大きな規模になりうる最先端技術の1つである。想像を超えるようなイノベーションにつながることも期待しつつ、今後も注目していきたい。

低温大気圧プラズマ―― 未来の‘安心・安全’への光明