生物が進化の過程で勝ち取った様々な機能や構造を研究し、それを真似ることで新たな価値を創造する技術。
今ナノテクノロジーとともに飛躍的な発達を遂げている注目の分野である。
‘自然は人智を超える’という言葉がある通り、ヒトが生物の構造や機能を真似るということは新しいことではない。古くは1930年代に絹糸を参考にして化学繊維のナイロンが生まれ、衣類などに使われる「面ファスナー」は、野生ゴボウ(オナモミの仲間)の実のトゲの形に倣ったものだというのは、あまりにも有名だ。
この生物模倣技術は、今飛躍的に進化している。1990年代に電子顕微鏡が普及すると、マイクロメートル(1/1000mm)やナノメートル(1/100万mm)という微細な領域で生物のもつ構造を観察することが可能となった。そしてその構造をナノテクノロジーによって人工の物質で再現し、新たな価値創造へつなげる。これが、次世代の生物模倣、バイオミメティクスの技術である。
例えば、ドイツの植物学者が発見したのはハスの葉の撥水性と自浄機能、つまりロータス効果だ。天然のハスの葉は沼や池を好んで生育しているが、水滴や泥がついても汚れることはない。そこで葉の表面形状を詳しく観測すると、葉表面は直径10マイクロメートルの凹凸で埋め尽くされ、その凸の表面も直径0.1~0.2マイクロメートルの植物ワックスの針で覆われていた。この構造のおかげで、落ちてきた水滴は表面張力によって丸い玉の形のまま、滑り落ちていく。
こうして解明されたロータス効果はナノテクノロジー研究者によって再現され、外壁材の塗料や、ビニールハウスなどの屋根、傘などの布の加工など、多岐に渡って使用されている。
同様に、多方面でバイオミメティクスの実例がある。
蚊に刺される時ほぼ痛みがないことから着想し、蚊の針の構造を模倣した注射針がある。蚊の針には先端に細かいギザギザがあり、肌との摩擦が最小限になるような構造となっているのだ。主に糖尿病患者など、日常的に注射をする人の苦痛を和らげることに役立っている。
また、夜行性である蛾の目はモスアイ構造といって特殊な機能をもっている。光を反射しない上、月の光を効率的に取り入れられるのだ。これを再現した物質は、パソコンやテレビ画面の反射防止、また太陽電池などの光吸収率を上げるための反射防止膜としても使われるようになった。
いずれにしても、生物が生き残るために獲得した特殊な性能は、ヒトがあれこれと試みてきたものをあっさりと超越するほど高性能であり、ユニークだ。蚊や蛾のような身の回りにいる生物が、バイオミメティクスの世界ではヒントの宝庫といえる。
今年になって話題となったのがテントウ虫だ。テントウ虫が飛ぶときに使う‘後ろ羽’は薄く軽量でありながら自身の2倍ほども大きい。この後ろ羽は折りたたんで‘さや羽’と呼ばれるいわゆる七星の模様のある固い羽の下に収納される。他の甲虫に比べテントウ虫は飛び立つ頻度が高く、羽の出し入れ動作がスムーズで無理がないということが考えられる。が、どのように収納されるかは解明されていなかった。
そこで東京大学の研究チームは、紫外線を照射すると硬化する樹脂であるUVレジンを使って透明なさや羽を作り、ナナホシテントウに移植。羽を折りたたむ仕組みを観察したのだ。
研究チームは複雑な仕組みがあることを予測していたが、実際はとてもシンプルで、巻尺のように丸めて折りたたんでいたのだった。そして、バネのようなエネルギーを貯めておく仕組みがあり、一気に開くことができる。羽の縁にも節がないのに十分な強度と柔らかさ。かなり大きな発見となった。
この研究結果は人工衛星やロボットの構造のほか、もっと身近な例では傘の構造にも変化をもたらすかもしれないといわれている。一体どんな傘になるのか、楽しみである。
生存をかけた生物の進化は、ヒトの知恵の及ばない様々な工夫を生み出した。ナノテクノロジーが発達した今、新たな次元のものづくりは始まっている。バイオミメティクスによる斬新な発見、新しい価値はどんなものになるのか。注目していきたい。