過去の気候変動、生物の活動、地殻変動の経緯といった地球の活動の痕跡は、私たちが暮らす地表から地下深くにある地殻やマントルに残っているといわれる。
海底下7,000mの掘削能力をもつ地球深部探査船「ちきゅう」の使命は、海底下を深く掘り進み、大地震発生の仕組みや生物の起源に迫ることである。
人類にとっては、地球の内部構造はまだわからないことが多い。これまでの研究により地中は成層構造をなしており、地殻の下にマントルや核と呼ばれるものがあることはわかってきたが、未だ人類はマントルを見ることも触れることもできていない。
海底下のマントルや地質サンプル(コア)を採取することは、まさに地球を理解することに他ならない。地球の内部構造だけでなく、巨大地震や津波の発生メカニズム、生物の起源や地球の歴史を解き明かすことにつながるのだ。
マントル採取を目指して地上から掘削した事例も過去にはある。ロシアのコラ半島での試みでは、穴が深さ12キロに達したところで内部が180度の高温になったため、それ以上の掘削は断念されている。結果的には、地上からマントルまでの地殻の厚さは30~50キロあるので、マントルには達していない。地球深部探査船「ちきゅう」は、世界最高の掘削能力(海底下7,000m)を誇る、全長210mの巨大な船だ。特殊なドリルと世界中の研究者たちを乗せ、海底からの掘削でマントルやコアの採取に挑む。海底ではマントルまでの地殻の厚さが5~10キロしかないため、地上よりずっと有利だ。が、それでも深海掘削も非常に過酷な作業となっている。
「ちきゅう」に搭載された掘削システムはライザー掘削方式というものだ。もともとは石油掘削に使われてきた技術だが、「ちきゅう」が世界で初めて科学研究のために採用した。
ライザー掘削では、船上と海底の孔口装置をパイプでつなぎ、そのパイプの中にドリルパイプを降ろしていく。この方法のおかげで、地下数1,000mの高圧下でも掘った穴が崩れず、安定して掘ることができる。掘り進むと、コアは長さ9mの円柱の形でドリルパイプの中を通って、船上に引き上げられる。
コアは高温である上、酸素に触れたり圧力で変化することも考えられるので、即座に1.5mずつにカットされ、保存される。地上の研究所にて、X線CTスキャン等で内部を調べたり、コアに閉じ込められたガスや微生物を調査する。
2015年八戸沖での地球深部生命研究においては、海底2,466mで採取されたコアサンプルに微生物の群れを発見。このような深部地層でも微生物生態系が存在することが明らかになった。さらにその生態系に由来するバクテリアは海底下365mほどの浅い地点で存在するものとは違い、ほとんどが陸地の森林等で見られるものだったという。つまり2,000万年以上前の過去には森や湿原であった環境が、日本列島の形成期に海底下深部へ埋没し、今でも当時の生態系を一部保持しながら、「海底下の森」としての役割を果たしていると考えられるのだ。海底下の生命圏の環境適応や進化プロセスを知るヒントとなりそうだ。
地層の状態にもよるが、海底下2,000m以上だと掘削速度は1日70m。場合によっては数週間~1年近く、「ちきゅう」は定位置に留まる必要がある。掘削中に定位置からずれればパイプが折れてしまうからだ。
そこで必要になる技術がアジマススラスタという位置修正を行う推進システムである。「ちきゅう」には船首側に3基と船尾側に3基のスラスタ、船首にサイドスラスタ1基が装備されており、風や潮など外的な力を自動計算し、その力を相殺するようにスラスタが船の位置を調整する。
この位置情報の自動計算には、様々な要素が必要となる。1つは人工衛星によるGPS(全地球測位システム)だが、GPSは受信障害が起きる可能性もあるため、さらに海底に設置したトランスポンダ(電気信号でのやりとりができる機器)からの信号で距離を割り出す音響測位システムも使っている。この他に、風向風速計やジャイロコンパスも使っており、それらの情報を統合処理し、スラスタを制御しているのだ。2006年の掘削試験では最大風速26.8m/秒の暴風が吹いたが、船の位置のずれは概ね10m以内に保持されたという。
巨大地震の震源地での調査では、海底深くにセンサーを設置するプロジェクトが動いている。2010年12月には南海トラフの地震発生地帯で海底下1キロの地点に地殻変動を観測する装置を設置。4カ月後には東日本大震災が起きたため、東北地方にも同様の装置の設置が進められている。
海底下に直径27㎝、深さ1,000mの穴を掘る―――まるでビルの屋上から地上にある針に糸を通すような作業だという。不可能にも思える緻密な作業に立ち向かう技術者たちの今後を見守りたい。
そして、最大の目標であるマントルのコア採取。250℃の高温と1,000気圧という高圧が予測される環境での掘削は今は困難だが、様々な改良を重ね、「ちきゅう」はこの難題に挑んでいく。