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ソーラー飛行機が飛んだ500時間――ソーラーインパルス2

太陽光発電だけで世界一周という偉業を達成した「ソーラーインパルス2」は、グリニッジ標準時2016年7月26日午前0時5分、最終目的地のアラブ首長国連邦のアブダビに着陸した。
2015年3月9日現地時間午前7時12分に同地を離陸した当初は、2015年中には世界一周を達成する予定だったという、合計500時間に及ぶフライトの軌跡をたどる。

2015年6月1日深夜、名古屋に不時着

世界一周に挑むソーラーインパルス2は、2015年3月9日に中東のアブダビを離陸。5月31日には6ヵ所目の経由地である中国の南京市から、アメリカのハワイ州ホノルルまでをノンストップで飛行する計画だった。

昼夜を問わず飛行可能なソーラー飛行機の構想は、2003年にスイスで生まれた。スイス空軍で戦闘機パイロットとして訓練を受けた2人の操縦士がプロジェクトを主宰しており、実際に交代で操縦する。ソーラーインパルス1号機は2010年に26時間に及ぶ昼夜連続飛行、2013年にはアメリカ横断に成功。そして2015年、多くの技術者の夢を乗せた2号機で、世界一周という偉業に踏み切ったのだ。

両翼の長さは72mと、ジャンボジェット機(ボーイング747)を上回る。17,248枚もの太陽光パネルを搭載しており、日中に余った電力で蓄電池を充電し夜間飛行の電力を賄うが、これがなかなか難しい。南京市からホノルルへの飛行では、天候の悪化で十分な電力が確保できないと判断したため、太平洋上でUターンし、名古屋に不時着する事態となった。

職人技が集結したハイテク飛行機

太陽光エネルギーだけで夜間も飛行するという難題をクリアするためには、機体の軽量化が最も重要となる。高い剛性とも両立できる素材を模索し、「炭素繊維複合素材」を1年がかりで開発。強化繊維と樹脂の混合物の層からできており、非常に薄く、しなやかだという。層を重ねることで強さと1㎡でわずか93gという軽さを兼ね備えた素材を作り出した。今では、車両やボート、電車等にも利用されている。

そして全長72mに及ぶ両翼には太陽光パネルがずらりと並ぶ。既存の太陽光パネルでは重すぎるため、非常に軽くて柔軟性もある透明なプラスティックをパネルに採用。135ミクロンという薄さの太陽光パネルが完成した。

結果、機体の重量はわずか2,300kgほど。これは平均的な自家用車とほぼ同じだ。さらに、ソーラーインパルスのためだけに開発されたエネルギー効率が高い電気モーターを採用。このような工夫を積み重ねて、天候のいいときに最高で時速90キロで飛行できる。

天候の回復を待ち、6月29日に名古屋空港を離陸。ハワイまでのおよそ7,000キロを5日間かけて昼夜連続で飛行する難関だ。

5日間飛び続けるという最難関

昼夜連続での飛行で一番問題となるのは、操縦士の睡眠だ。コックピットには1人しか乗ることはできず、1人で5日間を過ごすことになる。そこで開発されたのが「めざまし装置」だ。呼吸や心拍、脳の機能をモニターし、カメラで目と顎の筋肉の動きを捉えるものだという。操縦士の心拍がゆっくりになり、顎の筋肉が緩むと、眠ろうとしていると認識できる。そうすると、装置が警告を発する。このシステムは、自動車の運転でも活用できるかもしれない。

昼夜連続で飛行する操縦士は、ヨガでの気分転換や、どうしても眠い時は自動操縦に切り替え、自己催眠術を使って約20分の仮眠をとるなどして乗り切ったのだという。

ハワイへの飛行中、発電量を上げるため日中は高度を8,400mまで上げ、夜間には電力の節約のために1,500mまで高度を下げる。そのようにしても充電量が想定を下回り、20%を下回った状態が続いた。さらに、こうした高度変化を繰り返したことによって蓄電池に負荷がかかり、蓄電池がオーバーヒートするというトラブルも起きていた。だが冷却する手段もなく、飛行を続けた。

天候が思うように回復せず3日目には一時的に逆戻りする方向に飛行し、太陽光を浴びる姿勢をとるなどもしたが、5日目の夕方には90%を超える充電量を確保でき、夜間にハワイへ到達することができた。オーバーヒートした蓄電池は損傷しており、修復や蓄電池の温度を安定させる冷却方法も検討された。そのため、ハワイで半年以上を過ごし、翌2016年4月21日に離陸。残りの旅へと出発した。

ソーラーインパルスが“推進”したもの

世界一周という偉業を達成したソーラーインパルスは、自然エネルギーだけで120時間という長時間にわたる連続飛行が可能であることを証明した。持続可能なエネルギーをどう考えるか、世界に一石を投じることとなったが、ソーラーインパルスが残したものはそれだけに留まらない。

このプロジェクトを成功させるという目的のために、軽くて堅い炭素繊維複合素材や極薄い太陽光パネル、エネルギー効率のよい蓄電池など、数々の技術的な進歩が起こった。これらは、このプロジェクトがなければ開発されなかったものだが、今後はまた違った形でも活用されていくに違いない。つまり、ソーラーインパルスは関わった技術者たちを刺激し、技術革新をインパルス(推進)していたともいえるのである。

プロジェクト主宰者で操縦士の1人は「このプロジェクトの目的の1つは、革新的なパイオニア精神をもっと推進することだ」とも言っている。1機の飛行機が世界一周したという偉業の裏側に、今までにはない数々の技術革新があった。それこそが、ソーラーインパルスがもたらした功績だといえるのではないだろうか。

ソーラー飛行機が飛んだ500時間――ソーラーインパルス2