ちょっとひといき テクノロジー探訪

テクノロジー探訪

ヒントは鳥居――
世界で活躍する“緩まないネジ”

身の回りを見渡せばネジが使われているものは実に幅広い。ネジはその1つひとつが緩んで破損しないよう、点検されている。
安全性からも、保守の費用的・時間的コストからも、緩まないネジはまさに夢のようなネジであった。

ネジは“産業の原動力”

江戸幕府末期の幕臣で「日本近代化の父」といわれる小栗上野介は、渡米した際、発展した西洋文化を目の当たりにし、1本のネジを日本に持ち帰ったという。当時、イギリスでは既に産業革命が起き、ネジとナットの需要が急激に高まっていた。金属製の円柱に切削でネジ山を作る装置「ネジ切り旋盤」が開発されると金属製ネジの大量生産が始まり、これが産業革命を大いに加速させた。小栗上野介は「ネジは西洋文明の原動力なり」という名言も残している。

その後、徳川幕府でもネジ切り旋盤が軍需目的で導入され、生産されたネジは明治維新後の産業発展の原動力として、産業とともに進歩してきた。今では身の回りにある道具の多くに、大小さまざまのネジが使われており、ネジのない生活は考えられないほどだ。 ネジは、軸部の力(軸力)と締結した物の圧縮力(締付力)が釣り合った状態で物を締結している。ネジは物を締結するだけでなく、締結具合を調節でき、繰り返し使える点でも優れているが、緩みが発生することは避けられない問題であった。

“緩まないネジ”への挑戦

緩む原因にはネジが回転することによる緩みと回転しないが発生する緩みがある。ネジが回転しなくても、締結物の強度が低くネジが陥没したり、締結物表面の凹凸がなじむことにより、ネジ頭部座面と締結物との間に隙間が生じ、軸力が低下する場合を指す。締結後の振動や衝撃、経年変化によって緩みは生じるため、定期点検や絞め直しは欠かせない。

定期点検ができる箇所はいいが、それが困難な場合が問題となる。例えば橋桁や鉄道、鉄塔、新幹線、高層ビル。定期点検するには危険を伴うが、1本のネジの緩みが大事故になりかねない箇所が多い。ネジのメンテナンスを減らすだけでなく、安全性向上のためにも、ネジの緩み止めはさまざまな形で考案されていた。接着剤を使う方法や、ネジの頭部座面に座金(ワッシャー)を入れる方法など。しかし振動や衝撃が加われば緩みは避けられなかった。

古典的技術で作る最新ナット

大阪のある町工場では、緩み止め効果のあるナットを販売していたが、ある日顧客からクレームが入った。ネジが緩み、折れてしまったのだという。「人身事故にでもなったらどないしてくれるんや」――緩まないと思っていたネジも強い振動で緩んでしまった。何があっても絶対緩まないネジの開発が始まった。

そこでヒントとして注目されたのが、神社の鳥居にあったクサビだ。鳥居の縦の柱と横に渡した貫(ぬき)の接合部分には、クサビが打ち込まれている。この古典的技術であるクサビの原理を応用すれば絶対に緩まないネジになるのではないかと考えられた。

実際にネジとナットの間にクサビを打ち込み振動を与えて実験。緩まないことが確認できたものの、いちいちクサビを打ち込むとなると作業現場の負担となってしまう。そこで誕生したのが、2つのナットにクサビとハンマーの役割をさせる方法だ。

その原理はこうだ。凸形状の下ナットの凸部に偏芯加工を施す。これがクサビの役割を果たす。凹形状の上ナットを締め込んでいくと、ハンマーでクサビを打ち込むのと同じ役割をするのだ。クサビ効果は強力でありながら、ネジを締めるように誰もが簡単に押し込むことができ、繰り返し使うことも可能だ。

力学的にも緩まない構造が解析の結果明確になり、「ハードロックナット」として知られるようになった。“絶対に緩まない” “メンテナンスフリー”という自信の裏には、ミクロン単位で誤差を抑える確かな技術がある。模造品も出回るようになったが、振動や衝撃を加えればすぐその違いはわかるという。世界一厳しいといわれるNAS(米国航空宇宙規格)の振動試験でも優秀な成績を示し、数々の重要保安箇所に採用された。

品質管理も徹底している。安全性を担保する商品だからこそ、不良品が1個でも紛れ込めばアウト。そういったシビアな基準で生産を続けている。

ヒントは鳥居――世界で活躍する“緩まないネジ”

世界の産業を支えるネジとして

今では、ハードロックナットの活躍の場は広い。原子力発電所の重電プラントではメンテナンスの時間とコストを大幅に短縮でき、保守作業者の安全性も向上。インプラントなどの医療分野やアジアの新幹線、東京スカイツリー、人工衛星・探査機など宇宙関連の産業でも役立っている。

町工場が誇るオンリーワンの技術は、今や世界の産業を支える原動力となった。緩まないネジはこれからも緩むことなく、確かな安全を提供し続けてくれるだろう。

ヒントは鳥居――世界で活躍する“緩まないネジ”