ちょっとひといき テクノロジー探訪

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匂い、味、手触り――五感を伝えるVR

オンラインでのVRコミュニケーションが日進月歩で発達している。
遠隔地にいながらにして表情を見ながら会話できるだけでなく、匂い、味、手触りといった感覚まで共有できる未来も遠くないといわれる。

人と人をつなぐバーチャル世界

リモートワークやオンライン授業など、VR(Virtual Reality=仮想現実)コミュニケーションが一気に身近になった2020年。聴覚だけでなく視覚から、画面を通して相手の表情や仕草、背景など複合的に情報を受け取れるVRコミュニケーションは、音声のみのそれとは一味違う利便性がある。リアルに人と対面することが困難な状況下において有益な通信手段となっている。

目の前にある現実とは別の世界を体験するVRコミュニケーションは今後、さらに機能が拡張していくといわれている。スイスのEricsson ConsumerLabのレポートによると「2030年までに五感で体験するインターネットが主流になる」ともいわれており、味や匂い、手触りといった本来は物理的に共有できる場でしか感じられなかった感覚をバーチャルに体験できるようになるという。

匂い、味、手触り̶̶五感を伝えるVR

遠くにいる相手と匂いや味を共有

五感の中でも、視覚とともにVR世界への没入感(=VRに入り込み、その世界に集中できる感覚)を高める要素となるのが嗅覚である。例えばVRゲーム中、銃を撃てば火薬の匂いがし、花を嗅げば花の香りがする。そうすればVRの世界をよりリアルに感じることができるという具合だ。

この嗅覚の要素を利用して、味覚を共有するVRコンテンツも登場している。頭にVRヘッドセットを装着したユーザーが、現実世界で甘酸っぱいフローズンドリンクを飲む。同時にヘッドセットからは「いちご」や「レモン」といった香りを出す。香りは4種あり、自由に切り替えることが可能。実際のドリンクの味は変化せずとも、ユーザーには味が変化したように感じられ、味覚をVRで共有する体験ができるのだ。

人が味を感じる際、実際の味覚より嗅覚が大きな要素を占める。鮮明な香りで嗅覚を刺激することにより、脳ではそれを味覚として感知するという事例だ。

また、実際に味を共有するデバイスも開発されている。明治大学総合理数学部において開発された「味ディスプレイ」 だ。味ディスプレイはスティック状の端末で、先端に甘味、酸味、塩味、苦味、旨味の基本五味を表現するゲルを固めたものがある。ほとんどの味は基本五味で表現することができるため、ゲルにかかる電気を制御することで五味のバランスを変化させ、味を再現する。ユーザーは舌でゲルに触れることで味を体験することができるのだ。例えば開発中の食品の味を味ディスプレイで開発メンバーに共有することができ、さらに「塩味を足してみてはどうか」といった試行錯誤がデータ上でも可能になるという。

離れていながらも匂いや味が感じられる新時代のデバイスは、今のところ、現実と同等の体験ができるツールとはいえない。が、VRコミュニケーションの補助的な役割を担う点では、幅広く活用されそうだ。

“脳を錯覚”させれば感触も伝わる

もう一方で開発が進むのが、VR上で物の感触を再現するハプティクス技術(触力覚技術)だ。グローブ型デバイス等を用いて、物の表面の質感、固さ、重さや振動などを体で感じるものだが、こうした技術の一部はゲームコントローラー等でも既に搭載されている。

このハプティクス技術はさらに進化を遂げ、“脳を錯覚させる”技術も登場している。実際に振動を体で感じるのではなく、特殊な歪みを付けた振動を脳に伝えることで、“実際に物体を触った”ように脳に錯覚させるというのだ。 片手で持てるサイズのデバイスからユーザーの脳に特殊な振動を送り、例えば小石を持ち上げた感触や、腕全体をひっぱられるような感触、物体表面のザラザラやツルツルといった質感、物体の固さなどを脳で感じることができる。

実際に振動を感じる方式では比較的デバイスが大きく重量のあるものになりがちだが、脳に錯覚させる方式では多彩な体験が小さなデバイスのみでできるというメリットもある。今後は、自動車等の運転や外科手術のトレーニングへの活用が検討されており、VR上でのシミュレーションに感触をプラスすることで、より精度の高いトレーニングが可能になるというわけだ。

匂い、味、手触り̶̶五感を伝えるVR

体験型インターネットが作る未来

世界中で進められている五感を伝えるVRの研究は、まさに日進月歩である。外出や移動がしづらい状況となり、人とつながる喜びやコミュニケーションの重要性が再認識された社会においては、さらに加速度を増して発達するかもしれない。

こうして生まれる新しい技術は、工夫次第で生活を豊かにしてくれそうだ。遠くにいる友人とVRの中で会い、同じグルメを味わう―――そんな日常もやってくるかもしれない。