カーボンニュートラルの実現に向け、新たな次世代エネルギーとして注目を集める水素。
日本企業がオーストラリア政府の協力を得て構想してきた9,000キロを結ぶ水素サプライチェーンの構築は、実現されるのか。
2019年12月11日、神戸。この日、世界初の液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」の進水式が行われた。この船の積み荷は、マイナス253度に冷却され、体積が気体の800分の1となった液化水素だ。全長116mの船体に1,250m3もの真空断熱二重殻構造の液化水素貯蔵タンクを搭載。オーストラリアのビクトリア州からの液化水素を海上輸送する予定だ。
政府は2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、いわゆるカーボンニュートラル社会を実現することを宣言している。これを受け次世代のエネルギーとしての活用を最も期待されているのが水素だ。
水素は、水はもちろんエタノールや廃プラスチック、石炭や天然ガスなど、様々な資源から生成することができ、エネルギーとして燃焼した際にCO2を排出しない。現在、海外から輸入するエネルギーに頼っている日本にとって、水素は環境への負荷が少なく、かつ安定的に供給できる究極の次世代エネルギーとなる可能性を秘めているのだ。
ポイントとなるのは2つ。水素生成時において排出するCO2を何らかの方法でゼロにすること、そして安全かつ大量に水素を輸送する仕組みを構築すること。これらをクリアすべく、国内の参加企業からなる「技術研究組合CO2フリー水素サプライチェーン推進機構(HySTRA)」が、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成事業として、2015年から進めているのが「褐炭水素プロジェクト」だ。
「褐炭」とは炭素の含有量が少なく、水分や不純物を50~60%も含む低品質の石炭だ。オーストラリアに大量に埋蔵しているが、乾燥すると自然発火する恐れがあるため輸送に向いていない。そのため未利用資源となっているものが多く、国際的にも取引されていない。
この褐炭を細かく砕き、酸素とともにガス化炉で1,000度以上に加熱する。炭素の主成分(C)が水分(H2O)や酸素(O2)と化学反応し、水素(H2)と一酸化炭素(CO)の可燃性ガスになる。さらに一酸化炭素(CO)は水蒸気(H2O)と反応させることで、水素(H2)とCO2に転換する。ここでできた水素を取り出してトレーラーへ。150㎞離れた水素を液化する設備まで輸送される。
将来的には排出されたCO2を回収して地中に埋め長期間貯留する「CCS技術」を利用することもあわせて進められている。地下1,000メートル以上の地層の砂粒の隙間にCO2を封じ込めることで、実質的に水素製造の工程でCO2を排出しない、「CO2フリー水素」を作ることが可能になる。
気体の状態で輸送された水素は、液化装置で冷却される。冷媒として使われるのは窒素と水素で、熱交換器の間で循環しながら水素ガスを冷却する仕組みだ。マイナス253度まで冷却すると液体に変わり、体積も800分の1までコンパクトになる。この液化水素は今のところ1日5トン製造することができ、製造されたものは運搬船で日本に向けた長い旅をはじめることになる。
9,000キロという長距離を約16日間かけて日本へ。マイナス253度という極低温状態を保ちながら安全に海上で輸送するのに活かされているのは、液化天然ガス(LNG)をマイナス162度で輸送してきた技術だ。LNGよりさらに100度近く低く、さらに蒸発しやすい液化水素のために、新たに開発された真空断熱二重殻構造のタンクを使用する。
また日本国内での貯蔵や、各地へのトラックでの輸送にも常に低温を保つ必要がある。液化水素を全国各地で次世代エネルギーとして使えるようインフラの整備も始まりつつあり、水素社会の構築は着々と進んでいる。
さて、水素社会では暮らしにどんな変化が起こるのだろうか。最も身近に考えられるのがFVC(燃料電池自動車)だ。燃料電池で水素と酸素の化学反応によって発電し、モーターを回して走る自動車だ。
実際に大手自動車メーカーが開発しているコンビニの物流トラックでは、同じくCO2の排出がない電気自動車と比べ、一度の充填で400キロを走行し、しかも充電が数分で済むという。近々国内でもこういった実証実験が始まる見込みだ。
CO2フリーでありながら実用性も高い水素エネルギー。私たちの生活で活用できる日、そしてCO2排出ゼロに近づける日を、心待ちにしていたい。