自然素材である「木」の良さを生かしながら、安定した強度を保った資材の登場を背景に、木造への回帰が世界的な潮流となっている。
コンクリートや鉄骨で造られるのが定石とされてきた高層ビルが、そして都市全体が、木造となる日は来るのだろうか。
どの国においても、住居は気候や風土に合わせた材料で作られる。古くから、日本において主役は木材だった。四季のある日本の気候は温度変化が大きく、多雨多湿。木材がもつ吸湿作用と適度な断熱作用を利用すれば、室内を快適に保つことができる。そして何より、木の手触りや木目は人の心に落ち着きをもたらすものだ。
明治以降にコンクリートや鉄骨を使った構法が普及すると、都市部では高層ビルが林立するようになった。木材より火災に強く、数百メートルの超高層化にも耐える強度を兼ね備えていたからだ。木造建築物は法律上も高さ制限が設けられ、木材は住居等の小規模建築物の材料として利用されてきた。ところが昨今、地球温暖化をはじめとする環境問題が深刻化すると、コンクリートや鉄骨の製造過程で大量に発生する二酸化炭素(CO₂)が問題視され、木材という資源への回帰が世界的潮流となっている。その舞台裏には、無垢の木材ではなく、高度に加工された木質建材の登場があった。
高層ビルを構成する建材として、自然素材である無垢の木材は強度の個体差がある点で向いていない。樹種や産地が同じ木材でも強度にはバラツキがあり、経年で見ると乾燥度合いによって反り、うねりといった変形も起こりうる。これら木材の課題をクリアするものとして発達してきたのが集成材だ。しっかり乾燥させた木材を、繊維を平行にそろえた状態で何層にも重ね、接着剤で貼り合わせたもので、無垢材特有の変形が起こりにくく、強度が均一で品質が安定する。集成材の歴史は100年以上と長く、建築資材や家具の材料として使われている。一方で、1990年代からオーストリアを中心に研究が進み、昨今“夢の木材”とも称されているのが「CLT(Closs Laminated Timber/直交集成板)」というもの。集成材と同様に積層させた木材パネルだが、貼り合わせる木材の繊維を直交させているのが特徴だ。鉄やコンクリートよりも比重が軽いのに、強度は数倍も強く安定しており、耐震性や断熱性も高い。サイズの制約がなく大規模な建築物に利用しやすいため、海外では既に多くの事例が見られる。ノルウェーには高さ85mを超える18階建て木造ビルも登場している。
国内では、輸入木材のCLTを活用するだけでなく国産材でCLTを作る試みが始まっており、これが国内の林業活性化につながると期待されている。日本の国土は約3分の2が森林でその40%が人工林でありながら、木材自給率の低下が危惧されてきた。戦後に植樹された杉や桧がちょうど利用適齢期を迎えている今、積極的に国産木材を活用することが森林再生にもつながる。
国内では通常、5階以上の建築物には2時間耐火性能を確保せねばならない。これはつまり、壁や柱など構造に関わる部分は“燃えない”ものを使う必要があるということで、2時間の火災発生時にも建物が燃え崩れることなく耐えるという基準だ。木造高層ビルを建てる際にクリアしなければならない課題の1つであった。
そこで開発されたのが、積層する木材の間に耐火性能のある層を加えた三層構成の木質建材だ。杉や桧、唐松など国産木材を使った集成材やCLTが建物の荷重を支える「荷重支持部」として芯の役割を担い、その外側に石膏を加工した「燃え止まり層」、またさらに外側に国産木材が「燃え代層」として重ねられる。火災発生時はまず表面の燃え代層から燃えるが、燃えた木材の表面は炭化するため内部への燃焼スピードが落ちる上、荷重支持部までは10㎝もの厚みがあるため、ジワジワと燃え進むことになる。さらに燃え止まり層が熱を吸収するので、荷重支持部は2時間の火災でも崩壊しないという構造となっている。
この耐火構造木質建材は、表面が無垢材で覆われているため木質感を基調とした空間が演出でき、また壁材として用いれば効率的に建物の荷重を支えられるため設計の自由度も高い。この木質建材により、木造高層ビルの可能性は飛躍的に広がったのだ。
集成材やCLTの技術が発達したことにより、木造建築物の可能性は大いに広がった。国内でも続々と高層のホテルやマンションが建ち始めており、都内には地上350mに達する70階建て超高層木造ビルの構想も進行中だ。
木造ビルは建材の木材内部にCO₂を固定化する作用があるだけでなく断熱性も高いことから、コンクリートや鉄のビルの場合の空調エネルギーも抑制でき、脱炭素の観点から大きな効果が見込める。木材を活用することで森林再生を促せば、さらに多くの炭素を削減することができ、まさに持続可能な社会に近づくことになるだろう。木と暮らすという原点への回帰が、今新たな未来を作ろうとしている。