一般的なノートは、開いたときに左右の紙が膨らんでしまうので、手で押さえながら書きますね。綴じた部分には段差が生じるので、左右のページを1つの見開きとして使うことはあまりありません。そんな一般的なノートのストレスをすっかり解消した「魔法のノート」として話題になったのが、「水平に開くノート」です。
このノートは簡単に180°の水平に開け、左右のページがまっすぐ平らになり段差がないのが特徴です。見開きを丸ごと広々と使えるのはもちろん、書くときに腕や定規が引っ掛からないので年表や図形を描くにも便利。コピーやスキャンをしても綴じた部分に黒い影ができないなど、メリットが満載です。
開発したのは、東京下町にある印刷業一筋82年の老舗印刷所。家族経営の町工場です。社会的な電子化、ペーパーレス化の流れを受け、2010年ごろから経営状態は悪化の兆しをみせていました。そのため、経営の打開策としてオンリーワン商品の開発を検討していたといいます。当時若干の伸びを見せていたノート市場に注目して、町工場でしかできない良いアイデアを模索していました。
そんな折、ある展示会にてノートの新製品を手に取った若い男性が「ノートって真ん中が膨らんでしまって書きにくいよね」とノートへの不満を漏らしました。それを偶然聞いた製本職人がポツリ。「やり方によっては、真ん中が膨らまないノートも作れるかもしれない」―――この一言が、水平開きノートの開発のスタートとなったのです。
水平に開くノートの製法は、一般的なノートが糸や針金を使って製本するのと違って、接着剤で製本する「無線とじ」を採用。まずノートのページとなる紙をきっちりと重ねて束ね、ノートの背となる部分に、とがった器具で1ミリ以下の細かな傷をつけます。そこへ接着剤を2度塗りして綴じるのです。なんといっても、どんな接着剤を使うかが開発のカギだったそうです。
接着強度が強い接着剤だと、左右ページがきれいに水平にならなくなってしまいますが、弱すぎれば束ねた紙が簡単にばらけてしまいます。ほどよい接着強度と簡単に水平に開く柔軟性になるまで、何種類もの接着剤を買ってきては試し、2種類以上を混ぜたり比率を変えたりと、試行錯誤を繰り返しました。毎回大量の紙ごみが出てしまいながらも、30種以上は試したそうです。その後、2種の接着剤を混ぜた理想的な接着剤を見つけることができ、商品化にこぎつけました。
発売開始直後は思ったようには売れなかったこのノートですが、「使ってみれば便利さがわかる」との思いで、社長の孫娘がSNSで「おじいちゃんのノート」として投稿。これが話題になり、一気に認知度がアップしました。ネットや新聞、テレビでも取り上げられて、生産が追い付かないほどになり、今では大手文具メーカーへ特許技術の提供をすることで生産量も増えています。
水平開きノートの快進撃はこれだけに留まりません。ある小学校の先生から社長のもとに、「普通のノートでは、黒板をノートに書き写すのに最適と言えない。子供たちのためのノートを作って欲しい」との相談がありました。黒板は横長の形なのに、ノートは縦長。小学生が内容を書きとるにはそれがストレスとなっており、別の文具メーカーに掛け合っても「ノートはそんなものです」という返答しかなく、困っていたといいます。社長は子供たちの意見もヒアリングしながら、水平開きノートを活かして見開き全体を使って黒板の内容を楽に書きとれるノートを作ったのです。社長へは子供たちの喜びの手紙が多く届いたそうです。
この経験から、使いやすさも可能性も広がる水平開きノートを世界中の子供に届け、子供たちに学ぶ喜びを味わってほしいという想いも。現在、社長は海外での特許取得に向け活動をしているといいます。
ノートが簡単に水平に開く、ということは一見小さな改善のようですが、ノートの可能性は大きく広がったようなものづくりではないでしょうか。誰もが思いつかなかったことに本気で取り組んだことが生んだオンリーワンの技術に、ものづくりの面白さを感じます。