凍った道での必需品である、スタッドレスタイヤ。スタッドレスとは「鋲(びょう=スタッド)がない」という意味です。スタッドレスタイヤが一般的になる前には、金属の鋲がついた「スパイクタイヤ」が普及していました。スパイクタイヤは1950年代に北欧で使われはじめ、1960年代に入って輸入されるようになりました。
ですが、そこで意外な問題が!スパイクタイヤで氷が解けた路面を走行した際、鋲がアスファルトを削ってしまい、アスファルトの粉塵が空中に舞ってマスクなしでは歩けなくなる「粉塵公害」、さらに車線を示す白線が1カ月足らずで消えてしまうといった出来事があり、スパイクタイヤの使用は見直されることになりました。こうして、スパイクタイヤから鋲をなくしたスタッドレスタイヤの開発が始まりました。
そもそも、タイヤが凍った道で滑る原因は氷自体ではなく、氷と路面の間にできる水の膜です。例えば、冷凍庫にある氷を出した直後は触っても滑りませんが、1分も経てば空気が触れた部分から解け出して氷が水の膜で覆われた状態になるので、触るとツルツル滑りますね。これと同じで、氷とタイヤの間にある水の膜が滑る原因となっているわけです。滑らないタイヤには、その水膜除去の機能が必須なのです。
あるメーカーが水膜除去のヒントを得たのは、なんとシロクマの手。シロクマは大きな体をもっているわりに、氷の上でも雪の上でも上手に歩くことができ、走ることも可能です。そこでシロクマの手を分析すると、表面が実に柔らかいこと、しかもザラついた表面になっていて、微細な凹凸があることが判明しました。凹んでいる部分に水膜を取り込んで、凸の部分で氷表面をとらえることができる。それはまるで、スポンジのような構造でした。
タイヤをスポンジのように柔らかく、しかも凹凸のある構造にするにはどうすればいいのか。ゴムを柔らかくするためにはオイルを練り込むことが通例だったものの、タイヤにその手法を用いてもオイルは次第に抜けゴムは硬化していくのが目に見えています。そこで、まさにスポンジのごとく、タイヤに小さな気泡を入れた「発泡ゴム」の検討をはじめます。
もし発泡ゴムでタイヤができれば、気泡があるおかげでタイヤは柔軟性をもつことになり、さらにスポンジに似たタイヤ表面の気泡が滑りの原因である氷上の水膜を取り込むことができるはず。タイヤの凸の部分で氷をしっかりとらえれば、滑らないというわけです。
それまでのタイヤの製造工程において、気泡はあってはならない厄介者。わざわざ微細な気泡を入れてタイヤを製造することは、製造現場からは大きな反発もあったそうです。販売部門も技術部門も発泡ゴムの実力には半信半疑だったものの、開発部門が苦労して試作品を作りだし、本格的な開発がスタート。何年も試行錯誤を重ね、1988年に気泡のおかげで柔らかく、水膜を除去できる発泡ゴムのスタッドレスタイヤが誕生しました。
こうしてスタッドレスタイヤが商品化されてからも、さらなる進化を遂げています。氷に吸着する性能を上げるために、今度はヤモリに着目!ヤモリはツルツルしたガラス面にしっかり吸着できる手をもっていて、平気で垂直に歩くことができます。ヤモリの手のひらを調査し、細かい切り込みがたくさん入っていること、また手のひらが細かく分割されたヒダ状になっていることに着目しました。
発泡ゴムのスタッドレスタイヤにもこの構造を取り入れ、タイヤの溝以外である凸の部分に斜めに走る、サイプと呼ばれる切り込みを多数入れました。タイヤが氷に接したとき、この切り込みの1つ1つが吸着。ヒダになっている部分の角が氷をひっかくこともでき、滑りにくさが格段にアップしたのだそう。
スタッドレスタイヤの登場から、30年あまり。今では、冬場にはスタッドレスタイヤがないと走れない道路もあるほど普及し、信頼性も確立しました。滑らないタイヤの原点がシロクマとヤモリの手という、生き物がもつ機能への研究があったということは面白い事実ですね。