組織風土の確立
-当たり前のことを当たり前に処理する組織-

滞納整理責任者が語る「公務員としての仕事の進め方」 [第6回]
2015年9月

執筆者:東京都主税局特別滞納整理担当部長
藤井 朗(ふじい あきら)氏

概要

人事異動により構築されてきたこれまでの取組方針や取組方法はアッという間に潰えてしまうのが現実である。私自身も数多くの組織を見てきて、そのことを実感している。あの素晴らしい取り組みをした組織が今は跡形もなく崩壊している様子を見たときには、組織というものの脆弱性を感じる。

そのため自治体においては、これまで素晴らしい取り組みが行われたとか現在行われているということをまず再認識し、それを改めて組織目標にすることである。職員の異動があったとしてもさらにそれを継続することで当たり前のことを当たり前にするという組織的な意識付けが重要である。

言葉を代えて言うならば“組織風土”を構築することである。組織として特別なことを取り組むのではなく、決められたことを当然なこととして淡々と処理する雰囲気が必要である。管理職はそのため組織全員が進むべきベクトルの方向性を明示することである。もちろんその構成員である一般職員だけでなく、管理監督者・管理職もベクトルの方向に向けて努力することは言うまでもない。

職員の異動により最初の高い志を維持するのは難しい

都内自治体だけでなく全国の自治体へ出かけさせてもらったお陰で様々な自治体の業務の進め方や取り組みを拝見することができた。しかし、それらの自治体を10年間くらいの長期間で眺めてみると高い取り組みを今も維持しているかと言うと必ずしもそうではない。逆に以前は特段取り立てることもない組織が何かのきっかけで素晴らしい組織に変身している自治体もある。

そこには選挙による首長の交代、組織の長である管理職の異動、そして係長・職員のジョブローテーションといった自治体内のさまざまな要因によることが多い。職員の異動により、それまで取り組んできた組織の方針が良い方向(プラスの方向)に推進するのではなく悪い方向(マイナスの方向)に作用することがある。なぜならその方が職員にとって仕事を進める上で努力しなくて済むからである。早い話が職員にとっては楽だからである。

高い志を維持することは容易なことではない。しかも人事異動で何代も職員が交代すると当初設定した組織方針は風化するものである。方針とマニュアルが後任に渡されるだけで高い志を引き継ぐことはなかなか難しい。そのため職員の異動で何代か交代すると方針もマニュアルもただの文書でしかなくなる。

当たり前のことを当たり前に処理する組織

以前何かの研修会に参加し、懇親会の席で参加者の方から当たり前のことを当たり前に行うことはなかなか難しいことなので是非自分の目標に掲げたいという話しをされた。とくに権限のある管理職が業務に理解があれば維持できるが、そうでない場合は何を以って仕事の拠り所にしたらよいのか混乱してしまう。

相談されたのは、新しく異動してきた管理職は、「税の滞納処分を行うことは人権問題だ。」と発言されたようで、従前進めてきた滞納整理と百八十度方針が違ったようである。過去に取り組んできた滞納整理は一体全体何であったのか、その質問者は当惑されていた。新たに管理職が異動してきたとしても仮にこの組織に当たり前の滞納整理が既に構築されていれば、職員は自分が出来ることを精一杯努力するものと考える。管理監督者・管理職が異動しても組織として行ってきた滞納整理を当たり前のことを当たり前に実践することが求められる。

チーム学習が学習の基礎単位

話しは変わるが、当たり前のことを当たり前に行うためには、個人の学習だけでなくチーム学習が必要である。滞納整理の現場においては個人の取り組みよりもチームでの取り組みという観点が大切だと考える。個人が学習した経験(経験知)をチーム内に伝えることで組織全体に経験知が広がる。チーム学習が学習の基礎単位と考えることができる。チームが学ばなければ組織は学ぶことができない。管理職は積極的にチーム学習の体制づくりを図ることが求められる。実績が上がるなど成果が他のチームよりも素晴らしい取り組みが出来ていればそのチームに発表の場を与えて手本とさせる。

それとは別に管理職は職員に「ピグマリオン効果」を求めて接することも大切である。教育心理学では教師の期待によって学習者の成績が向上するというもので、教育心理学者のロバート・ローゼンタールによって実験された。ピグマリオンとはもともとギリシャ神話に出てくる天才彫刻家の王様の名前である。彼は長年理想の女性を追い求めていて、最後に自分で創り出すことにした。この彫刻に対して「人になってほしい」という期待をかけ続け、人へと変身したという話である。

人は期待されることによりその期待に応えようと努力するものである。管理職は職員に対して期待しているということを伝えることが職員の成長を伸ばすことになる。

風通しの良い組織を目指す

組織風土は強制されたものではなく、滞納整理における職員の価値観や取り組み行為を通じての相互作用・期待などにより自然と発生するものと考える。それが何代も継続することにより多少の変化はあるにせよコアな部分は引き継がれる。その雰囲気は職員の職務態度や仕事の意欲となり職務業績に反映する。もちろん健全な組織風土もあればその逆もある。そのため組織の責任者は健全な組織風土を意識的に構築する方向へリードする必要がある。

まずは風通しの良い組織を目指すことを心掛け、自由な発想で意見交換できる場を作ることが求められる。さらに新たな意見に耳を傾けることで自分の考えを補強するなど論理構成を強固なものとする。職員一人ひとりが組織風土の構築に関与すれば明るい雰囲気が醸し出される。

10年後、20年後に出る結果もある

昔から「優秀な士官の下には優秀な部下が育つ」と言われている。人材(財)育成に工夫と時間をかける。それが公共経営における最大の投資と考える。

現在、全日本柔道連盟副会長で東海大学副学長の山下泰裕さんの『指導者の器 自分を育てる 人を育てる』の本に「結果は確かに大事です。だけど、結果というのは今日の結果だけじゃない。10年後、20年後に出る結果もある。」と述べておられる。

同じように考えれば、今すぐ芽が出ないということもあるかもしれない。それでも時間をかけて育てるという心の大らかさが管理監督者・管理職に求められる。それを受けた職員は期待されていると気持ちが伝わることで自らを研鑽し10年後、20年後に組織のリーダーとして立派な上位者になっていることを期待する。ただし余り過度に期待されるとプレッシャーとなるので適度な期待に止めたいものである。

最後に

ぜひ高い水準の滞納整理事務を確立された自治体の管理職は、この高いレベルを維持させて行くために組織として何が必要なのか検討してほしい。その必要なことを組織全体で合意(コンセンサス)する。そして管理職を含めた職員が人事異動をしたとしてもその取り組みが継続することを期待する。

目に見えないものだけに難しいと思うがそれぞれの自治体の組織風土を確立させることは組織の継続性のためにもとても重要なことだと考える。そのためにも組織の責任者である管理職は自己啓発に努力することが求められる。

P・F・ドラッカーの名言の中に「優れた経営者に共通な特徴は、日々の自己啓発を怠らない人である」と述べている。さらに組織においても進化論が適用される。環境に適応した素晴らしい組織は生物の進化と同様に次世代へと伝わっていくのである。

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