記録管理学会は1989年3月に結成されました。それまで日本には存在していない名称の学会でした。「文書管理」とか、「ファイリングシステム」にしないで、わざわざ「記録管理」(Records Management)という言葉にして、これまでとは違うイメージを持たせ、改めてその重要性を社会に問いたいという思いがあったようです。
設立趣意書の一部を引用すると、「記録管理は、記録を作成または収集し、加工・蓄積・組織化し、検索方法を整備して活用に供し、最終処理(廃棄または永久保管)するという記録のライフサイクルを対象として統合的な管理をはかります」とあります。
要は記録というものの作成・収集のステップから最終処理に至るまでのいくつもの過程を、部分的に切り分けて目先だけを扱うのではなく、全体のプロセスを包括的に俯瞰することによって、情報資源としての記録を最小限の費用によって最大限に活用しようという意図があるわけです。そういう意味では、行政文書管理を「記録管理」としての視点からみれば究極的な行財政改革の基盤になるといっても過言ではないと考えます。
行政事務は「文書に始まり文書に終わる」といわれています。文書は業務遂行に不可欠ですから、その文書を始まりから終わりまで管理するということは当然ですよね。皆様にしてみれば当たり前すぎて、何を今さらとおっしゃる方も多いのではないかと推測しております。
しかし一方で、いくつかの自治体の文書管理責任者/担当者からこんな悩みを聞いています。「文書管理を本来の業務と切り離して、手間の掛かる面倒な業務だと毛嫌いする職員もいるので何かと苦労しているんですよ。」と。少しでもそんな皆さんのお役に立てればと思い、コラム執筆をお引き受けすることにしました。
今回は、「行政事務は文書に始まり文書に終わる」といわれる所以について、改めて考えていきます。何故、そのようにいわれるのでしょうか。その答えを見つけるために文書管理の目的について、かつて私自身が調査した内容をもとに皆様に報告させて頂きます。
2011年5月、行政文書管理の品質要件を把握するため、809の都道府県・市・特別行政区の文書管理関連例規(以下、例規という)の内容について調査しました。各地方公共団体の例規データベースへのアクセスを中心に、不明な点があればメールと電話で補足するという方法で実施しました。なお、情報公開条例についてはすでに調査済みであったことを付記しておきます。ここでは、例規の第1条(目的規定・趣旨規定)に関することを中心に報告します。
目的を記述していたのは47.2%(382団体)であった。情報公開条例は調査対象の全てが制定済みであり、目的も明確になっているが文書例規の目的志向性は極めて低い状況であった。
例規の呼称は48種類あり、TOP3は文書取扱規程(247)、文書管理規程(243)、文書規程(82)の順であった。それらは内規であり、『文書管理」を条例化していたのは、その当時2市(宇土市、大阪市)だけであった。現在も、文書管理条例を制定している地方公共団体数は20(県4、政令市4、市区町村12)に過ぎない。
※平成28年10月10日現在の都道府県数は47、市区町村数は1,741(市791、町744、村183、特別区23)。
情報公開法と行政の文書管理は車の両輪といわれているので、情報公開条例と例規の相互補完性について:例規において情報公開条例を引用していたのは29.8%。一方、情報公開条例において「文書管理」を規定しているのは61.4%だったが、情報公開条例に例規を引用していたのはわずか1市(佐賀県鹿島市)のみであった。
例規に目的が規定されている382団体について、第1条の目的規定・趣旨規程からキーワードを抽出し、分類を行った。その結果、行政事務の効率化、法令遵守で96%以上を占めた。しかし、極わずかではあったが、「市民との情報共有化」、「政策決定の最適化」を掲げる団体があった。次に触れるが、各団体の行政文書管理には成熟度レベルに大きなバラツキがあることが分かった。
文書管理はそのものが目的ではありません。人事管理も財務管理も同じで、管理のための管理は実に疎ましいものです。文書管理は何のため?という視点で考えてみましょう。これは私論ですが、文書管理の目的を成熟度レベル順に並べるとおおよそ次のようになると考えています。
成熟度レベル | 文書管理の目的 |
---|---|
0 | 文書管理の目的がない、または不明確である |
1 | 【法令遵守(コンプライアンス)】 「文書、事務、行政、記録」等の「適正、確実、適切」な「管理、処理」、公文書等の作成・保存、情報の保護と管理を図る |
2 | 【行政事務の効率化】 事務の「標準化、合理化、能率化、最適化」、事務の「円滑、迅速、能率的、効率的、経済的、容易」な運営を図る |
3 | 【市民との情報共有化】 情報公開制度の円滑な運営に資する、公正で開かれた行政の推進、公正かつ民主的な行政の発展、行政運営に対する住民の信頼の確保、市民の権利、利益の確保、市民の安心と信頼の確保を図る |
4 | 【政策決定の最適化】 市民との情報共有化をベースに、蓄積された情報を有効に活用する仕組みを構築し政策能力の向上を図る |
5 | 【挙証説明責任】 情報を収集・作成し、加工・蓄積・組織化し、検索方法を整備して活用に供し、最終処理(廃棄または永久保管)するという記録のライフサイクルを対象として統合的な管理をすることにより挙証説明責任を果たす |
行政文書管理をめぐる諸問題が毎日のようにテレビ報道を賑わせております。中央官庁の文書管理の現状は、一体どうなっているのでしょうか。今回は、保存年限1年未満の文書の取り扱いに関する問題を取り上げます。
情報公開請求の際は、データは廃棄されたとして「不存在」と回答されましたが、4カ月後には一転して公開されました。これでは、「隠蔽だ」と揶揄されても仕方ありません。いくら「隠蔽ではない」と反論しても水掛け論になってしまいます。
情報公開法の目的は「国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進」と明記されています。国側の解釈で保管すべき文書を廃棄してもよいことにする、また本当は存在する文書を存在しないことにするのではなく、法の趣旨に基づき、適切に保管、開示をすれば、国民の理解が得られやすいのではないでしょうか。
定められた文書管理規則では、今回のケースに関連する文書の保存年限を3年としていますが、一方で、「随時発生し、短期的に目的を終えるもの」や「1年以上の保存を要しないもの」は例外的に1年未満で廃棄できるとしています。このため、「上役に報告した時点で、使用目的を終えた」紙や電子データを含めたすべての日報を廃棄しても適正であると主張しています。しかし、ここは議論の余地ありです。日報は上役の意思決定の判断材料となります。後日、何かあった際、その意思決定に間違いがなかったかどうか検証することも必要になります。国民に対する挙証説明責任を果たすためには、文書の使用目的を先までとらえ、それに応じた保存年限の見直し・設定が必要となります。
管轄省庁による記録の廃棄は、事の本質を見極めることを難しくしています。この記録の保存年限も1年未満とされていますが、これは内規に明記されていないため「慣例により」と説明されました。しかし、交渉経緯が異例づくしといわれており、慣例を大事にする行政機関がこうした経緯を保存しておかないほうが奇異な感じさえします。異例の事案に関する意思決定プロセスを明確にするためには、「土地売買の交渉記録」の保存年限の見直しが求められます。
管轄省庁の行政文書管理規則の別表第一に文書の保存年限の基準が定められ「国有財産(不動産に限る)の取得及び処分に関する決裁文書」は30年とされ、これは保存されています。しかし、決裁文書だけでは交渉経緯やそれに関係した人物は明らかではありません。本ケースの場合、政治家が関与したかどうかを判断するためには不動産処分に係る交渉記録が不可欠だといえます。「土地売買の交渉記録」も1年未満保存ではなく、決裁文書の添付文書として30年保存とすれば、近隣における土地売買記録との対比をすることにより「不自然な値引き」の有無についても挙証説明責任を果たすことが可能になり、国民の理解が得られやすいのではないでしょうか。
これで第1回のコラムを終了しますが、行政事務は「文書に始まり文書に終わる」といわれていることについて、すなわち文書管理の目的についてお考えいただけたでしょうか。
1年未満の保存文書。これまでほとんど問題視されることはありませんでした。1年未満で廃棄される文書。何気なく無意識に廃棄したメモ、これはもう要らないと意識して廃棄した文書、色々ありますよね。ところで、1年未満保存文書って、一体、どのくらいあると思いますか?
次回は、「文書整理上の根本的問題~私物化と不要文書の氾濫~」について考えるとともに、1年未満保存文書の廃棄量についても実例をレポートします。
どうぞお楽しみに。