連載も5回目になりますので、これまで述べたことを整理しておこうと思います。第1回の「行政事務は文書に始まり文書に終わる~その意義について再考する~」では、約800の地方公共団体の文書例規を分析し、行政文書管理の目的がどのように書かれているかを分類のうえ、文書管理の目的を成熟度順に並べてみました。
成熟度レベル | 文書管理の目的 |
---|---|
0 | 文書管理の目的がない、または不明確である |
1 | 法令遵守(コンプライアンス) |
2 | 行政事務の効率化 |
3 | 住民との情報共有化 |
4 | 意思決定の最適化 |
5 | 挙証説明責任を果たす |
第2回は、「文書整理上の根本的問題~私物化と不要文書の氾濫~」でした。ここでは、法令遵守(コンプライアンス)のために、私物化意識をどのように払拭するのか、不要文書をどのように廃棄するのかについて課題を検討しました。
第3回は、「事務の効率化」を支援する分類技法「階層化」について、第4回は「意思決定の最適化」を支援する分類技法「水平化」について述べました。
分類には「階層化」と「水平化」があります。繰り返しになりますが、これらは重要な機能なのでもう一度説明させていただきます。
「階層化」とは、上からいけばワリツケ式(大→中→小)、下からいけばツミアゲ式(小→中→大)で分類することです。共通文書はワリツケ式、固有文書はツミアゲ式で分類すれば良いでしょう。「階層化」には、文書検索を高速化させる機能があります。すぐに文書が取り出せるということは、ムダな検索時間の削減に有効ですので「行政事務の効率化」(成熟度レベル2)を支援することが可能になります。
「水平化」とは、「階層化」によって生まれたいくつもの大分類同士をどう並べるか、また、大分類の下の中分類同士をどう並べるかということです。「水平化」は「序列」ともいわれます。並べかたはいくつかのパターンがありますが、経験上、70%以上は「仕事の順」になります。2つの分類技法を組織的に習熟することにより情報共有は飛躍的に進むでしょう。共有化が進めば他者検索が可能になりますので、組織としての検索時間はさらに縮小されるはずです。
ただし、「水平化」の機能はこれだけではありません。「水平化」の特筆すべき機能は、情報の過不足を可視化できることです。仕事の順のように理路整然と並べれば、何が十分で、何が不足しているかすぐにわかります。管理サイクルをPDCAといいますが、Cが不足しているとどうなるでしょうか。「水平化」は「意思決定の最適化」(成熟度レベル4)に必要な情報装備力の強化に不可欠な機能を有しているわけです。
しかし、成熟度レベルを2から4にいきなりアップさせることはムリです。地方公共団体が収集し、管理している莫大な情報が住民の知的資源となり得るためには住民との情報共有が必要です。職員間の情報共有により行政事務の効率化は可能になりますが、政策等に関する意思決定の最適化を支援するためには、職員同士の情報交換だけでは不十分だからです。
前置きが少し長くなりましたが、今回は成熟度レベル3「住民との情報共有化」を達成する方策について考えます。まずは、住民との知的資源である行政文書の管理とは一体何なのかから確認していきましょう。
公文書管理法第34条は「地方公共団体は、この法律の趣旨にのっとり、その保有する文書の適正な管理に関して必要な施策を策定し、及びこれを実施するよう努めなければならない」と規定しています。つまり、地方公共団体はこの法の適用は受けないものの、努力義務が課せられていることを認識する必要があるということが書かれています。
それでは、そもそも行政文書の管理とはどういうことなのでしょうか。内閣府は「文書のライフサイクルに応じて(1)作成から(2)整理、(3)保存、(4)行政文書ファイル管理簿への記載・公表、(5)保存期間満了後の国立公文書館等への移管又は廃棄、(6)行政文書の管理状況の報告等、(7)行政文書管理規則等について定めています。」とWebサイトで説明しています。
今回は、ライフサイクルの(1)作成に焦点を当てます。文書の作成については、文書主義の原則にのっとり、行政事務の遂行に当たっては、記録として文書を作成することとし、行政機関の諸活動における正確性の確保、責任の明確化等の観点から、行政の適正かつ効果的な運営にとって必要であると記載しています。
さらに、作成すべき文書として、意思決定に関する文書と事務及び事業の実績に関する文書を明記しています。前者については、「最終的な意思決定のみならず、経緯・過程を跡付け、検証できるよう文書を作成すること、後者については事務及び事業の実績を合理的に跡付け、検証できるよう文書を作成することとしていますが、果たして守られているのでしょうか。
このところ、多くの報道機関が一部の行政機関に対して「最終的な意思決定のみならず、経緯・過程を跡付け、検証できるような文書」や「事務及び事業の実績を合理的に跡付け、検証できるような文書」を示さず、国民への説明責任を果たしていないのではないかという批判を展開しています。今後、何か問題が起きれば、国や独立行政法人だけではなく地方公共団体にも適正な文書作成が求められることになるでしょう。作成すべき文書は確実に作成しておくことが重要です。
「地方行政は住民の意思に基づいて行われるものだ。」―これが地方自治の本旨です。我が国の地方自治制度は代表民主制であり、住民の意思の反映手段として、住民の直接選挙で選ばれた長や議会が中心的な役割を果たすことを前提としています。しかし、選挙で選ばれたからといって、刻々と変化する住民のニーズに応えていくためには、住民に寄り添う姿勢が必要です。
「まちづくり」を例に説明しましょう。「まちづくり」も仕事の進行順序でいうと「計画」から始まります。「まちづくり」をテーマとすると、「計画」は大分類を構成するひとつの要素です。次に、「計画」をテーマとすると、地域の現状「知る」ことは中分類を構成する不可欠な要素であり、さらに、「地域の現状を知る」をテーマにすると、住民の声を「聴く」行為は小分類を構成する必須の要素です。
このように「まちづくり」という仕事の機能を階層化し、さらに、同じ大分類・中分類・小分類同士を水平化することで過不足なく、仕事を体系化できることがご理解いただけたのではないでしょうか。
裏を返せば、「計画」という機能に、地域の現状を「知る」という構成要素がなかったらどうなるでしょうか。さらに、地域の現状を「知る」という機能に、住民の声を「聴く」という構成要素がなかったらどうなるでしょうか。恐らく、「まちづくり」は絵に描いた餅になってしまうでしょう。つまり、「まちづくり」は、地域の現状を「知る」こと、具体的には、刻々と変化する住民の声をタイムリーに「聴く」ことから始まるのです。
「まちづくり」は地域の現状を「知る」こと、具体的には、住民の声を「聴く」ことからはじまります。ただ、声を聞くだけの「住民参加」ではなく、住民が提言し、実施にも関わる「住民参画」を推進することが「協働」には最も重要です。地域における現状や課題を住民と共有しなければ、「まちづくり」について、議論することも活動することも何もできないでしょう。
行政・住民が共に考え、話し合い、「まちづくり」のビジョンに磨き上げるためには、同じ「情報」を「共有」することが何よりも必要だと考えます。
情報は、ヒト・モノ・カネに次ぐ第4の経営資源といわれています。地方公共団体でいえば、第4の行政経営資源ということになります。官民問わず、組織の目的を達成し、維持発展するためには4つの経営資源を上手に管理していくことが求められています。情報も重要な経営資源として管理しましょう。いわゆる情報資源管理です。資源(Resource)ですから、何度も(Re)源泉(Source)から取り出せるようにしておく必要があります。具体的には、取り出せる塊になっているか、量は十分か、取り出せる位置にあるかどうかを常に可視化しておくことです。
マイクロソフトの共同創業者ビル・ゲイツ氏は著書『思考スピードの経営』で、「情報をいかに収集・管理・活用するか、あなたが勝つか負けるかはそれで決まる」と述べています。つまり、情報は競争に勝つための最大の武器だということです。地方公共団体には競争がないから関係ないと考えるのではなく、あるべき「まちづくり」を実現するための経営資源と考えればよいのではないでしょうか。これは『孫氏の兵法』の現代版であり、情報の収集と分析による綿密な情報判断の重要性を説いたものです。
情報を記録した媒体が文書です。従って、文書の発生から処分(廃棄または移管)までのライフサイクルを、組織として適正かつ効果的に管理することが文書管理です。文書は情報資源ですから必要な人が、いつでも、どこでも、何度でも使えるように、適正かつ効果的に体系化しておくことが重要です。この体系化こそが、文書分類の「階層化」と「水平化」の狙いであり、この技術を習熟することで行政経営の質向上を図ることが可能になると考えております。
これで第5回目のコラムを終了します。文書管理の成熟度を「行政内部の事務の効率化支援」(成熟度レベル2)から「政策等に関する意思決定の最適化支援」(成熟度レベル4)へとレベルアップするには、刻々と変化する住民ニーズをどう捉え、どのように共有化していくのかという「住民との情報共有化」(成熟度レベル3)が非常に重要なプロセスであり、ここでも、文書管理の技法が役に立つことを述べましたがいかがでしょうか。
次回のテーマは、「情報公開から情報提供へ~協働への布石づくりを考える~」です。住民からの公開請求に基づいて、公開できるか、出来ないのかを決定して通知するだけではなく、保有する行政情報を公開請求によらず各課が自発的・積極的に発信する情報量を増やしていく。「協働」はどのように育まれるのか、一緒に深堀してみましょう。 どうぞお楽しみに。