「何ができる」「何がしたい」を求めて
「何ができる・何がしたい」を求めて~歴史と伝統の岸和田から~ [第2回]
2016年8月

執筆者:岸和田市教育委員会 生涯学習部郷土文化室 室長
小堀 頼子(こぼり よりこ)氏

「何ができる」「何がしたい」を求めて

「祭り」を核として人と人がつながる、だんじりの街「岸和田」。郷土文化、伝統、郷土愛といっても、人によって概念や価値観が違うし、目に見えないから共通の認識を持つことが難しい。コンテンツはあるが、コンセプトがないというところは、こういうところにも起因しているのでしょうか。今回は、「何ができるか」についてのキーワードを考えてみました。

「集まる」ことが「力」になる

熊本城が震災で大きなダメージを受けた映像は、大変ショッキングでした。地元の人たちだけでなく全国から多くの寄付が寄せられたことには、再建に向けての大きな「力」を感じました。金額の大小ではなく「集まる」というパワーです。何かが「集まる」というのは「力」になることかなと思いました。

「人が集まる」といえば、岸和田だんじり祭りも「人が集まる」ことによって大きな「力」がそこに生まれます。地域の力、観客の力。伝統や文化を守り伝えるための一つのキーワードは「集まる」何かを考える。人が集まる、知恵が集まる、物が集まる、情報が集まる、お金が集まる・・・・。何かが集まれば「力」になると思うんです。

見えないものが見える面白さ

先日、何気に見ていたTVで、某電話会社がお化け屋敷に入る子供のドキドキ度が『見える』スマホのアプリを紹介していました。「ぜーんぜん、こわくないよっ!」と子供は言ってはいるものの、スマホの画面ではグラフの線がビョ~ンビョ~ン動いているという(ドキドキしている)心の動揺を現しているというものです。見えないものが見えるようになるのは確かに面白いな、興味深いなと思いました。

今、話題になっている『ポケモンGo!』というのも見えないものが見える面白さ、ありますよね。・・・ポケモンがでたので、ちょっとチリモンを話題にしてみます。

私の職場である郷土文化室は、文化財、郷土史、自然史という分野の担当に分かれています。自然史担当では、きしわだ自然資料館という20周年を迎えたちょっとした博物館があります。幼児からお年寄りまで年間2~3万人、市内外から来館者があります。特に、「チリメンモンスター」(略してチリモン)(チリメンジャコの中に混じって見つかる生き物です。)に関する取り組みは、海の自然に興味を持ってもらえるような楽しい活動です。「チリモン」は、自然資料館を拠点として研究活動しているきしわだ自然友の会のブランドで、登録商標を持っています。

そして毎年、地域の中学生の職業体験を受け入れています。自然資料館では、生き物のお世話をしたり、亀を洗ったり、学芸員のさまざまな仕事を体験し、その楽しさや魅力を伝えられるようにと私たち受け入れ側も工夫をし、考えています。

郷土史、文化財の担当では、今回は岸和田城の収蔵庫(甲冑や古文書、掛け軸など展示するものを保管しています)を見てもらい、自分たちでオリジナルの図録を作成してもらいました。岸和田城の収蔵庫は日頃、関係者しか入ることができないので、「こんな場所があったのか・・・」と同時に、見えないものが見える面白さを感じてくれたようです。最近、博物館などのバックヤードツアーって人気らしいですね。「見えないもの(見れないもの?)が見える(見れる)面白さ」って、何かやれそうな気がします。「何ができる」を求めるキーワードかも。。。

目には見えない郷土愛・文化・伝統。「これが郷土愛だ!」って見えたら、これで何ができるとか、何がしたいがみえてくるのかな。

ルビンの高杯

この図は何に見えますか?高杯?人の横顔?1915年ごろにデンマークの心理学者エドガー・ルビンが考案したものです。

高杯(図)を認識しているときは、背景は黒地(「地」)となり、人の横顔(図)を認識しているときは白色が背景(「地」)となります。認識の違いによって全然違うものを読み取ってしまうというものです。

しかし、高杯として認識されると、横顔がわかりませんし、横顔が認識されると高杯がわからないと思います。慣れてくると、交互に高杯と横顔を、それぞれ見れるようにはなってきますが同時に2つの図形を見ることはできません。つまり、見ているけれど見えていないものがあるということです。人間は、自分の興味のあるものを「図」と認識して、それ以外を「地」と認識します。「図」以外を「地」と認識してしまうと「地」を意識しなくなります。同じことが社会で、生活する中でも起こっているのではないでしょうか。

見えているのは「これだ」と思い込むと、もともと視野にはあったが気づけないことも多いということです。岸和田にどっぷりとつかっていると、気づけないことが多くあるかも知れません。新たな構図を視野に入れることが必要です。

私はこのことから、「だんじりの街岸和田」という1枚の「図」の背景にある「地」に視点を持っていくことで、まったくこれまでとは違った岸和田が再構成されていくのではないだろうかと思います。

今回は、コンテンツはあるがコンセプトはないというありがちな日常業務を見直していく中で、キーワードを考えてみました。
既存の発想にとらわれず何か課題に対して、新しい解決方法を考えることであったり新しい価値を生み出していきたいと思っています。

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