自治体主導のICT利活用へ
ICT活用のヒント [第4回]
2014年4月

執筆者:慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科
    櫻井 美穂子(さくらい みほこ)氏

はじめに

コラム最終回です。今回は、具体的な実践例をもとに、前回ご紹介した新しい自治体ICT利活用モデルについて考えたいと思います。
そもそも、「“新しい”って、何に対して新しいの?」という疑問が湧きますよね。本題に入る前に、筆者の前提意識を共有したいと思います。

自治体毎に高コストシステムを開発

これまで、自治体がICT利活用に取り組むスキームは、ほぼ全て国が用意したものでした。
国が都道府県を通じて市区町村を支える「縦型」あるいは「階層型」の基盤構築モデルだったと言えます。「●●実証事業」の名のもとに、毎年多くのシステムが開発されます。

しかしながら、開発されたシステムが長く地域に根付き運用され続けるケースはごくまれです。一体なぜなのでしょうか。
筆者の答えは、(1)ハイスペックなシステムの開発→コスト高になり維持不能、(2)提供ベンダーの独自仕様→他自治体への転用困難、(3)現場ニーズとの乖離→継続利用されず――というものです。

実証事業は、国全体の大きな政策に基づき行われるので、どうしても「先進技術の活用」が重視されます。結果としてシステムは不必要にハイスペックとなり、運用コストが高くなります。
事業者任せの場合が多いため、職員の愛着も生まれにくくなります。筆者もある省庁の事業に応募したことがありますが、提示された仕様に自治体ニーズを盛り込んでいくことが非常に難しいと感じた経験があります。

自治体間の差が開く

このような実証事業を否定する気はありません。先端を目指す政策がなければ前には進めません。ただ、従来のスキームでは、前進はしても、全体の底上げにはつながっていないと思うのです。
端的に言いますと、ICT利活用に関する自治体間の格差が広がっているのではないかと思っています。

ここから本題に入ります。「自治体」と一言に言っても、その規模は様々です。
筆者の住む神奈川県藤沢市は人口40万人を超え、人口規模は全国1700強の自治体の中で50番目くらいです。財政力指数も1.0(2012年)で、ICT先進自治体として知られています。

しかしながら全国を見渡すと、全国の8割強の自治体が人口10万人以下となっています。
これらの自治体は、財政も厳しく、ICT部門の専任職員も少ないため、日ごろのオペレーション(情報基盤管理等)に精一杯で、新しい事業に取り組む余裕はほとんどありません。彼らがICT利活用に積極的になれる環境を構築しない限り、全体の底上げは叶いません。

アプリ開発のススメ

全体の底上げのためのキーワードは、「アプリの自主開発」だと考えています。
山梨県富士吉田市と筆者の運営する慶應大学「自治体ICTプロジェクト」が協働して、2011年から、小中学校の先生方の教務支援システムを開発・運用しています。富士吉田市は人口約7万人の街です。この規模の自治体が自分たちでシステム開発の主導権を握る好例ですので簡単にご紹介します。

富士吉田市では、教務の効率化のため、市販パッケージシステムの導入を検討していましたが、限られた予算の中で選択肢が限られていました。
そこに慶應大学との協働の機会があり、地元のソフトウェア開発企業とともにシステムをゼロから開発することとなりました。

必要最低限の機能のみを開発したため、結果的にパッケージ購入よりもコストが下がりました。さらに、現場の先生方の意見を取り入れながら開発を進めたので、現場では「自分たちでこのシステムを育てよう」という機運が高まっています。
詳細な効果測定はこれからですが、今後何かトラブルが起こっても、自分たちで対処できる力が身に付いたことが、第一の大きな成果でした。

ICT活用と自治体連携による限界突破

富士吉田市はこのシステムの運用に際し庁内の既存サーバを活用しており、クラウド型にはなっていないのですが、前回提示したモデルのように基盤(クラウド等)とアプリを切り離すことで、自治体のアプリ開発への関与が容易になると考えられます。

さらに、クラウドサービスを複数の自治体が共同活用することで、運用コストも分担できます。そして、共通の課題を持った自治体が、アプリ開発をした自治体から利用ライセンスを購入すれば、開発自治体にとっての新たな収入源となるのではないか、と、想像は膨らむばかりです。

実際には、我々の取り組みはここまで到達していません。しかしながら、従来の「縦型」基盤構築の末端の位置から脱却し、課題(アプリ)をベースに自治体が自律的につながり「横型(ネットワーク)」の基盤を構築するモデルへの転換こそが、今後の自治体ICTを考える上で重要となるのではないか――というのが、当コラムで皆さんにお伝えしたかった論点です。

まだ仮説的な部分も多くありますが、上記のような考えのもと、今後も実践を続けていきたいと思います。
最後までお付き合いいただいた皆さま、ありがとうございました。

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