医療分野におけるAIの現状
2025年2月

執筆者:株式会社 アイ・ピー・エム
    取締役 副社長
    外尾 和之(ほかお かずゆき)氏

AIという言葉は既にどの業界においても浸透してきており、医療においても同様に様々な分野で活用されている。これまでコンピュータはコード化された構造化データを処理することがメインだったが、AIを用いることにより自然言語や画像といったこれまで人にしか認識できなかったものを処理することができるようになってきている。ChatGPTに代表される生成AIもその一つで、すごい速度で進化している。

以前、AIは近い将来人間の知能を完全に超越する「シンギュラリティ」が発生するという2045年問題が話題となった。しかし、決して医者いらずという世界になるわけではなく、昨今の働き方改革や国民医療費の増加を解決するためのツールとして捉えるのが妥当である。今回は医療分野におけるAIの現状と今後の展開について考えてみたい。

厚生労働省の「保健医療分野におけるAI活用推進懇談会」で挙げている6つの重点領域は、以下のとおりである。

  1. ゲノム医療
  2. 画像診断支援
  3. 診断・治療支援
  4. 医薬品開発
  5. 介護・認知症
  6. 手術支援

このうち現段階で病院に直接関係し先行しているのが②の画像診断支援の領域である。

1. 既に活用されているシステム

2022年の診療報酬改定で、画像診断管理加算3において、300点から340点の増点となり、画像人工知能安全精度管理が要件に加わった。(注1)また、今年度の診療報酬改定でも以下の加算が新設されたが、これは内視鏡AIとも呼ばれ画像のAI技術を用いたシステムの活用が評価された一例である。

このシステムにより内視鏡検査時の見落としの防止と効率化が図れる。特に早期がんの発見は難しく内視鏡医の精神的負担も大きいため、ダブルチェック(二次読影)を行っているケースもある。加算点数が評価された関係もあり、大腸がんについては5社で実用化されており、NECでは食道向けも発売し、主戦場は大腸より検出が難しいとされている胃に移ってきている。今は大腸がんのみの加算であるが、今後更なる部位の拡大や病理検査への適用にも期待したい。

出典:厚生労働省「令和6年度診療報酬改定」
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出典:厚生労働省「令和6年度診療報酬改定」

また、病院ではないが創薬の分野でも個別化がん免疫療法やがん免疫療法バイオマーカーなどにAIが活用されている。新薬の開発期間短縮や開発費の削減により薬価低減が図られることにも大きな期待がもてる。

2. 電子カルテにも

問診

電子カルテにおける医師や看護師の院内業務にもAIによる効率化が進みつつある。

問診がその一つである。問診の電子カルテ入力の効率化手段としてWeb問診(タブレットなどで患者が入力した内容をカルテに取り込む)がある。Web問診では固定された項目を答えるのみなので細かな内容までは厳しい部分もあるが、AI問診では患者の回答によってその内容に関連した項目を表示し、更に詳細に問うことが可能になる。看護師による問診業務の効率化と質向上が狙える。何科にかかるべきか、そもそも病院にかかるべきかという患者自身の判断にも利用できると医療費抑制にもつながると考える。

医療文書作成

生成AIを用いた医療文書の作成も登場した。これは生成AIの一つである大規模言語モデル(Large Language Model:LLM)(注2)を用いて電子カルテ内の情報を基にサマリや診療情報提供書を自動的に作成するもので、医師の働き方改革に寄与できるものと考える。

カルテから保険診断書等を自動構成
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出典:NECホームページ「NECの最先端技術 医師の働きかた改革を推進するLLMの医療応用 医療言語処理技術」

インフォームドコンセント

このLLMは文章だけでなく会話についてもこれまでの音声認識に医療用語を学習させることにより更に向上させ、診察室での会話の記録をより正確に行うことができる。

例えば医師が患者に対してインフォームドコンセントを行う場合、その内容を確実に記録に残す必要があるが、現在は事後に内容を思い出しながらまとめているのではないかと思う。その労力と正確性の問題を解決できる手段となりうるのではないだろうか。

診察室のやり取りから電子カルテを自動的に作成
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出典:NECホームページ「NECの最先端技術 医師の働きかた改革を推進するLLMの医療応用 医療言語処理技術」

終わりに

AIは上記事例以外でもゲノム医療や治療そのものにおいても様々な分野で今後も発展していくと思われる。しかし、メリットばかりではない。導入にかかる費用の問題をはじめ、AIによる誤診もありえる。人とAIの役割分担を間違えることなく進歩させていくことが重要な課題ではないだろうか? 正しい医師によるデータによって学習したAIにより、交通の不便な場所でも均一レベルの医療が受けられることが目的の一つではないかと考える。

AIを育てるのはAIの技術者だけでなく医療者そのものである。業界を超えた連携により発展していく医療AIの今後を見守っていきたい。

  • 注1:施設基準:関係学会の定める指針に基づいて、人工知能関連技術が活用された画像診断補助ソフトウェアの適切な安全管理を行っていること。
    その際、画像診断を専ら担当する常勤の医師(専ら画像診断を担当した経験を10年以上有するもの又は当該療養について関係学会から示されている2年以上の所定の研修(専ら放射線診断に関するものとし、画像診断、Interventional Radiology(IVR)及び核医学に関する事項を全て含むものであること。)を修了し、その旨が登録されている医師に限る。)が責任者として配置されていること。
  • 注2:LLM…膨大なテキストデータと高度なディープラーニング技術を用いて構築され、人間のような自然な対話を可能にする技術。
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