臓器移植について(前編) 2024年9月

執筆者:株式会社 アイ・ピー・エム
    メディカル事業部長
    小西 英樹(こにし ひでき)氏

最近の新聞で我が国の臓器移植に関する記事を目にするが、その中で、気になる記事が書かれていた。それは、心臓移植において臓器提供側の患者はいるものの、それを受け入れ、手術する側の態勢等が完全でないため、臓器提供を断念しなければならないケースがあるということだ。

そこで、今回は「臓器移植について(前編)」として、まず、「臓器移植とは」「脳死とは」提供する際及び受け入れる際の「4つの権利」また、日本臓器移植ネットワークの役割等に触れ、次回は、我が国の臓器移植の現状や問題点等に触れてみたいと思う。

少しマニアックなコラムになるが、お付き合い願いたい。

1.まず基礎知識として・・・

臓器移植とは

病気や事故によって臓器の機能が低下した移植でしか治らない人に対し、他の人の臓器を移植し、健康を回復する医療のこと。善意による臓器の提供、そして、広く社会の理解と支援があって初めて成り立つものである。

脳死とは

脳幹を含む、脳全体の機能が失われた状態。回復する可能性はなく元に戻ることはない。

薬剤や人工呼吸器等によってしばらくは心臓を動かし続けることはできるが、やがて(多くは数日以内)心臓も停止する(心停止までに、長時間を要する例も報告されている)ことをいう。

ここで間違ってはいけないのが、「植物状態」との混同である。

「植物状態」は、脳幹の機能が残っていて、自ら呼吸できることが多く、回復する可能性もある状態をいうものであるから、「脳死」と「植物状態」は全く違うものである!ことを理解しておかなければならない。

4つの権利

臓器移植は、善意による臓器の提供により、成り立つ社会性の高い医療であり、誰もが選択することのできる4つの権利が担保されている。

その4つの権利とは、自分の死後に臓器を

(1)「提供する権利」(2)「提供しない権利」

あるいは移植が必要なほど重い臓器の機能不全となったときに、移植を

(3)「受ける権利」(4)「受けない権利」

という権利であり、どの考え方も自由に選択でき尊重されるべきものである。

「心臓が停止した死後(心停止後)」と「脳死」とでは、提供できる臓器は異なる!

心停止後の臓器提供では・・・

  • 心臓が止まった死後、手術室に向かい、臓器の摘出手術を行うもの
  • 一定時間、血液の流れが止まるため速やかな対応が必要
  • 必要な体制が整備されていることが前提だが、手術室がある病院であれば提供は可能

【提供できる臓器】腎臓・膵臓・眼球

脳死下の臓器提供では・・・

  • 血圧、脈拍、体温、尿量など、安定した状態で臓器摘出手術を行い、摘出直前まで血液の流れがあることから、心臓・肺・肝臓(分割可)・腎臓・膵臓・小腸・眼球の7つの臓器を最大11人(注1)に提供することができる。
     注1 肺、腎臓、眼球は左右各1つ、肝臓は2分割として
  • 脳死下の臓器提供ができる医療施設は、高度な医療を行う大学附属病院等に限られ、かつ必要な体制が整備されていることが前提となる。
  • ドナーから臓器を摘出して、血流再開までに許される時間(虚血許容時間)は次のとおりである。
臓器名 虚血許容時間
心臓 4時間以内
8時間以内
肝臓・小腸 12時間以内
膵臓・腎臓 24時間以内

提供できる臓器に違いがあるのは、血液の流れが止まった状況から移植後に血液の流れを再開して機能を発揮できる能力が、臓器ごとに異なるからである。

臓器移植の対象となる主な疾患

それぞれの臓器を移植するしか有効な治療法がない方が対象となるが、具体的には・・・

臓器名 身体の状況
心臓 拡張型心筋症、補助人工心臓を装着している方
酸素療法でも維持が困難な肺高血圧症の方
膵臓 血糖のコントロールが困難となった1型糖尿病の方
小腸 短腸症状などで口から食事が取れず、かつ栄養を補給する中心静脈栄養の維持が難しくなった方
肝臓 原発性硬化性胆管炎などにより肝臓の機能が落ちている方
腎臓 人工透析をしている、或いは導入予定のある慢性腎不全の方

日本臓器移植ネットワークについて

日本臓器移植ネットワークとは

死後に臓器を提供したいという人(ドナー)やその家族の意思を活かし、臓器の移植を希望する人(レシピエント)に最善の方法で臓器が送られるように橋渡しをする日本唯一の組織のこと。

日本臓器移植ネットワークの役割

  1. 臓器提供したい方と臓器提供を希望される方の橋渡し
  2. 臓器移植を希望する方の登録業務
  3. 移植医療の普及啓発

出展:公益社団法人日本臓器移植ネットワークホームページより

出展:公益社団法人日本臓器移植ネットワークホームページより

臓器提供の意思表示について

臓器提供の意思表示は、

健康保険証 運転免許証 マイナンバーカード 意思表示カード インターネット

による意思登録で行うことができる。

参考:意思表示の例

出展:公益社団法人日本臓器移植ネットワークホームページより

出展:公益社団法人日本臓器移植ネットワークホームページより

この意思表示により、ドナーの貴重な臓器がレシピエントに引き継がれ、新たな人体の中で再びその役割を果たしていくことになるのである。

臓器提供の主な流れ

臓器提供にかかる流れは、概ね以下のとおりとなる。

1.ドナーの選定
最善の治療を受けても助かる見込みがなく、主治医が「脳死とされうる状態」と診断した場合に選定対象となる。
2.臓器提供についての説明と家族の意思決定
1)主治医らは家族に病状説明とともに臓器提供に関する情報を提供。
2)家族から「臓器移植について話を聞きたい」という申し出がある。
3)主治医らは臓器移植コーディネーターに連絡。
4)家族はコーディネーターから詳細な情報を受ける。
5)家族は十分に話し合い、臓器提供の意思決定をする。
※提供しないと判断した場合にも不利益な扱いを受けることはない。
3.脳死判定
法律に基づいた脳死判定が2回行われる。
1回目と2回目の脳死判定は、それぞれ6時間以上(6歳未満の場合は24時間以上)の間を空けて行われ、脳死判定には、移植とは無関係な経験と知識のある医師2人が関与する。家族が立ち合うことも可能である。
2回目の脳死判定が終わった時間が死亡時刻となる。
4.移植候補者の選定
日本臓器移植ネットワークに登録の移植希望者の中から、条件に合致した移植候補者がコンピューターによって公平に選ばれる。
5.臓器摘出と移植
臓器摘出手術が行われると臓器は移植者の元に運ばれて移植手術を実施される。
臓器提供を行う医療機関は大学病院や日本救急医学会の指導医指定病院、救命救急センター認定施設などの「5類型施設」で895施設に限られている。
このうち、18歳未満を含め体制が整っている施設は284施設、18歳以上の体制が整っている施設は153施設とされている(2023年3月末時点)。
移植が可能な施設は、心臓11施設、肺11施設、肝臓23施設、膵臓21施設、腎臓125施設、小腸13施設となっている(同)。
6.身体のお戻し
摘出手術後、提供者のお身体はきれいに縫合され、家族の元に戻る。

終わりに

今回触れた臓器提供には、亡くなった人からの「脳死後の臓器提供」、「心臓が停止した死後の臓器提供(心停止後の臓器提供)」、そして健康な人からの臓器提供(生体移植)の3つの方法がある。

また、米国等ではヒトの拒絶反応を和らげる目的で作られた遺伝子改変ブタを使った心臓移植が実施されるなど、動物からヒトへの「異種移植」も行われているようだ。

今回は、臓器移植について(前編)として、基礎知識、日本臓器移植ネットワークの役割及び臓器移植の流れ等について記載したが、次回の後編もぜひご覧いただきたい。

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