前回は、患者さんが病院や職員に何を望んでいるか、その希望や期待に応える方法のひとつとして医療接遇を取り上げました。2回目の今回は、医療接遇と職員満足度の関係について考えてみます。
医療者が行う接遇は、その心を向ける対象が患者さんばかりとは限りません。協働する医療者間でも接遇の意識はとても重要です。
接遇研修の後によくいただくご質問やご相談の一つに「挨拶をしても返事を返してくれない」というものがあります。その相手は、同僚・上司といった協働する医療者です。挨拶が返ってこないことによって、存在を無視されたと思う人もいるでしょうし、考え方や技術・知識を否定されたと感じる人もいるかもしれません。
挨拶をしないのがたった一人の職員だとしても、個人、広くは職場全体の尊厳にもかかわってくる問題です。院内のコミュニケーション不全がそこに存在する以上、チーム医療への悪影響は避けられません。
挨拶は接遇の心をあらわす形の一つであり、コミュニケーションの基本です。そして、コミュニケーションは必須の医療スキルの一つなのです。
挨拶に代表される院内コミュニケーションが悪いとき、医療に決して良い影響は出てきません。職員はストレスや不安を抱え、ヒューマンエラーを誘発するかもしれません。業務効率が低下し、医療過誤等治療への悪影響も考えられます。医療者間のコミュニケーションが悪くなると、職場の雰囲気が悪くなり、休職・退職者の増加につながります。転職のきっかけが院内接遇や職場の雰囲気というケースは実際に多くみられることです。
「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」という心理学者アルフレッド・アドラーの言葉のとおり、たかが挨拶、とあなどるわけにはいかないのです。また、患者さんは医療者間のコミュニケーションの様子を見ています。院内コミュニケーション不全は職員のモチベーションを低下させ、さらには患者さんとの信頼関係を損なう結果へとつながりかねません。
接遇は、医療者が互いに気持ちよく尊敬しあいながら働くためのマナーという形でもあらわされます。院内接遇が当たり前のこととして誰に対しても無意識で行われる職場であれば、医療者が持つ知識や技術・能力が最大限に発揮され、質の高いチーム医療が期待できるでしょう。
医療者間の接遇は院内に限ったことではなく、地域の医療機関との間でも効率的で安全な医療を提供し情報共有をすすめる上で重要な役割を担います。「患者さんのため」という共通目的をもつすべての医療者は、協働する医療者を思いやる心、その心をあらわす挨拶や声掛けを日々積み重ねていきたいものです。
ここでは、医療者が身につけたい接遇の思いを伝えるためのコミュニケーションのポイントを3つご紹介します。
目は口ほどに物を言う、と言いますが、言葉にならない思いが目の表情に現れます。目を見て話したり聴いたりすれば、相手が理解したか、納得しているのか不満に思っているのかなどが想像できます。医療現場では忙しさが先に立ち、目を見て対応するというごく当たり前のことが出来ていない場合が実に多く見受けられます。忙しいからこそ、相手の胸の内を察知する訓練も大切です。
私たちは誰もが「認めてほしい」と願っています。話を聴いてもらうことは、まさに自分を認めてもらうことそのものです。話を聴くことで相手の気持ちに寄り添うことができます。ゆっくり話を聴けない時には、後で聴く時間を作るなり、誰かにバトンタッチするなり、必ず次につなぎましょう。私たちは話を聴いてくれた人に対して安心や信頼を感じます。目を見て話を聴けば、その効果はより高まります。
思っているだけでは決して相手に伝わりません。相手に寄り添う気持ちを、相手が理解しやすい言葉を選んで伝えましょう。言わなければ思っていないのと同じです。患者さんを大切に思う気持ち、協働する医療者への感謝の気持ち、共感する気持ちを言葉にして伝える。苦手意識がある人も、意識して繰り返し練習することにより自然にできるようになります。
病院を訪れて院内を少し歩くと、廊下で交わされる挨拶や笑顔・会話などから病院の雰囲気が伝わってきます。風通しがいい職場とは、医療者が働きやすい職場であり、お互いを認め合い意見交換が活発になされ、人の温もりが感じられる病院ですが、それは患者さんにとっても居心地のいい、再訪したくなる病院です。
例えば、笑顔は相手に対する好意や親しみだけでなく、安心や信頼感をもたらします。医療者の笑顔は患者さんの警戒心を解き、緊張をほぐす効果もあります。居心地がよく働きやすい職場にはやさしい微笑みがあふれ、患者さんはその様子から病院への信頼を深めていくのです。
患者さんに選ばれる病院は、職員が働きやすい病院、すなわち、職員満足度が高い病院に他なりません。思いやりの心やおもてなしの心は、医療者全員が一つになって患者さんに向き合う姿勢から伝わります。医療の質の向上には、知識・技術・施設に加えて医療接遇が欠かせません。
患者さんの笑顔は、医療者にとって何よりも嬉しい贈り物。患者さんと医療者がどちらも満足する病院、そして地域社会に求められる病院を目指して、思いやりの心を可視化できる医療者がさらに増えるように願っています。