これまでは、医療接遇が患者さんや職員にもたらす影響を考えてきました。今回は医療接遇と医療安全の関係について取り上げてみます。
患者さんが病院を訪れるとき、無意識のうちに病院や職員に求めているのが「安心と安全」です。危険とわかっている病院や職員の態度が冷たく事務的な病院を好んで選ぶ患者さんはいないはずです。
しかしながら、安心と安全は患者さんの目には見えません。病院パンフレットに書いてある医療安全の取り組みや医療機器の安全性に関する文字や数字を見ることはあっても、「安全」そのものは見えません。安心も同じこと。こうすれば絶対安心という完全なマニュアルはありませんし、そもそも安心の感じ方は人それぞれ違うため、全ての患者さんに同じように見える「安心」も存在しません。
病院は患者さんの命や身体をお預かりすることから、他の業種以上の「安心と安全」を提供するのは当然です。患者さんの命を危険にさらすことも、患者さんを不安にさせることも決してあってはならないのです。
そこで、患者さんに「安心と安全」を伝える方法の一つが医療接遇です。思いやりの心を見える形にして届けることで、文字や数字で語られる安全がぐんと身近に感じられ、理解しやすくなります。患者さんへのおもてなしが、安心感につながります。
医療安全を考えるとき、一般的には感染予防や医療機器の点検等が思い浮かぶと思いますが、弊社では医療接遇は医療安全の基本とお伝えしています。
患者さんの不安を察して声をかける、患者さんの話に頷き共感を伝える等、医療接遇は日々の小さな思いやりの積み重ねです。医療接遇は、患者さんに嫌な思いをさせない、不平不満を感じさせない、クレームを言いたくなる気持ちを起こさせない、といった効果をもたらします。
例えば、医療者が挨拶をしない、質問してもよそ見をしながら事務的に答える。このようなささいな出来事が何度か繰り返されたあとで、会計でお釣りが不足するミスが出たとしましょう。患者さんは、ほらやっぱり、と思います。
挨拶もできない、尋ねても私の目も見ない。こんな病院だから会計の間違いが出ても当然、と。すると、小さな会計ミスは単なるミスでは終わらず、謝り方が悪い、職員の教育がなっていない、と二次クレームを招きます。
一方で、日頃から挨拶や微笑みを欠かさず、どんなことでも丁寧に受け答えして患者さんの要望に応えていれば、たとえ会計のミスが生じても、「小さな間違いは誰にだってある。いつも良くしてくれるから、これくらい大丈夫」と許してもらえることが多いのです。
会計のミスはお金のやり取りですが、患者さんの名前や薬を間違える等、ヒヤリハットを通り越して医療ミス・医療事故にならないとも限りません。万一大きなトラブルが生じたときにも役立つのが、日頃からの患者さんや地域社会とのつながりです。医療接遇はいざというときのリスクマネジメント=医療安全に必須の医療スキルと言えるでしょう。
医療現場ではヒヤリハットも医療事故もゼロをめざしていますが、医療者といえども人間ですから完全にゼロにするのは難しいこと。ヒヤリハットのようなヒューマンエラーの背後原因として、内的要因(体調、気分、不安等)、作業環境要因(作業環境、作業条件、作業場での人間関係等)、時間的要因(作業時間、残業時間等)が考えられます。作業場での人間関係については、病院では患者さんと医療者間、そして医療者同士のコミュニケーションが大きく関係してきます。
誤伝達により正しい情報が伝達されないことをコミュニケーションエラーと言います。患者さん・医療者間では、伝達ミスにより検査日を間違えたり、必要な書類を持参し忘れたりする可能性があります。医療者間では、薬の用量の誤伝達や情報伝達そのものがなされない等が考えられます。
ヒューマンエラーを予防するために必要なのは、コミュニケーションエラーを起こさない職場環境づくりです。エラーが生じたとき、院内コミュニケーションが機能していれば、迅速な情報伝達と共有理解により早い段階での回復が望めます。また、多職種によるチーム医療は病院の特徴ですが、医療技術が専門化・高度化することに伴い各職種が掲げる目標や価値観が異なるため、医療安全には多職種間の日頃からのコミュニケーションが一層重要になってきます。
院内コミュニケーションエラーは医療安全を損なう可能性があることを肝に銘じ、コミュニケーションを密にするためにも接遇意識を高め、医療者が気持ちよく協働できる医療空間を作ることが大切です。
クレームを受けて嬉しい人はいないと思いますが、クレームが生じることで病院の問題や課題に気付くことができるとも言えます。クレームは患者さんからの貴重な贈り物と受けとめ、丁寧な対応が求められます。
クレームを予防する手っ取り早い方法の一つが医療接遇です。日頃から患者さん・医療者間での笑顔や挨拶を絶やさず、困ったとき分からないときに気軽に職員に声を掛けられる、何でも相談しやすい雰囲気をつくっておくこと。大きな事故が生じる前に、クレームを受ける前に、患者さん・医療者間に心が通う温かい医療環境を整えましょう。
ある看護師さんは、入院中の患者さんのベッドサイドの履物を必ず揃えておくそうです。さりげないおもてなしですが、自分がミスをしたとき、患者さんが「あなたならいいよ」と許してくれたと語ってくれました。思いやりの心は実践あるのみ。クレームを“クレームの芽”の段階で摘み取るためにも、思いやりの心を行動にして伝え続けましょう。