ある公立病院(地域中核病院)で、臨床一筋、粉骨砕身患者さんのために尽くしてきた副院長が院長に抜擢されました。
彼は“名医”だったからこそ臨床の手腕を買われたわけですが、臨床実績と同様に、赤字続きだった病院を黒字転換させることはできるのでしょうか?
シンキングタイム・・・
皆様が考えている合間を借りて、簡単に自己紹介をさせていただきます。
私は(株)グローバルヘルスコンサルティング・ジャパンの代表取締役として、急性期病院の「経営」や「医療の質」にかかわる指標を他者と比較分析、つまり「ベンチマーク」という手法を用い、病院が自分の立ち位置を客観的に把握することで、経営カイゼンを行う支援のコンサルティングを行ってきました。
そこで、本コラムでは、これまでの私達の経験をもとに、経営にかかわるさまざまなテーマを取り上げ、病院経営に携わる皆様のお役に立てるような情報を提供していきたいと思います。
では、皆様の答えはどうでしょう。
“名医”がすぐに“名経営者”になるのは、なかなか難しいと言わざるを得ません。
臨床にその使命を投じてきた医師が、院長職に任命されるというのは、少し極端ですが天才SE(システムエンジニア)が、いきなりそのIT企業の社長を任されるのに似ています。
アップルのスティーブ・ジョブスやFacebookのマーク・ザッカーバーグなどは例外として、「高度な技術」と「高度な経営」の能力は、必ずしも一致・共通するものではないということです。
“名医”であっても病院経営に関してはほぼ素人、成功体験もなければ失敗体験もない。
経験者ですら経営では先の読めないことが多いのに、経営の素人がその舵取りを突然任されたらどうなるでしょうか。経営判断に必要な情報は欠如しているし、病院経営に関する情報の集め方にも通じていません。当然、経営指標の読み方に明るくないでしょう。
また院長であっても、自分が臨床で携わってきた専門分野以外の診療科の方針については掌握が難しいという問題に直面しがちです。
例えば、脳神経外科でキャリアを積んできた医師の場合、同科の診療内容には精通しているので科内医師の仕事内容や業務分担は良くみえ、そのため業務改善のアイデアもわき、意見を言いやすいでしょう。
しかし、これが他科である場合はどうでしょう。
院長は他科の専門知識は乏しいうえ、さらにこれまで診療科同士、強固な信頼関係が構築されていない事が多いので、遠慮が先立って口を挟むことも憚られ、経営カイゼンに向けた建設的議論が難しいという事がよくあります。
院内でも診療科別に縦割りの弊害はよく言われるところですね。
また、複数いる副院長それぞれが別の診療科の出身で、反目しあって物事が決まらない、ということもよくあります。そうした不仲の副院長同士の出世レースに勝利した院長の場合、院長が決断しても、その意思決定が病院内に浸透していかない、ということも起こり得ます。
これと似たような光景は、一般企業の派閥争いの場面でもよくみられます。
例えば、常務が社長になった場合、常務派の中間管理職まで幅を利かせ始め、対抗馬だった専務はその一派とともに冷遇され、互いの派閥が交わることはなく、会社が分裂してしまう……。
病院でいうと、経営幹部の揉め事や院内の争いにやるせなくなった院長は、大好きな現場に戻って一息つくなんてこともあるでしょう。
経営の専門トレーニングを受けたことがなく、昨日まで臨床が仕事の中心であった医師に対して、院長就任と同時に「さあ、今日からあなたは院長なので、赤字から黒字への転換をお願いします!」と期待すること自体、無理があります。
本来は、副院長時代またはそれ以前からかなりの経営のトレーニングと実体験が必要不可欠。そして、院長になったら現場はすぱっと離れ経営に徹する、というのが理想ですね。
いわゆる“名医”と呼ばれ、一目も二目も置かれる医師が院長に任命される場合、副院長の経験があったとしても、いわゆる臨床現場で引っ張りだこですし患者さんも離してくれませんので、院長になるまで経営者よりも医師としての仕事が多いでしょう。
こうした院長になるまでの経緯を考えると、院長になっても臨床現場に顔を出したいという気持ちはよくわかりますし、また病院経営からいっても「稼ぎ頭」という考え方もあります。
院長の臨床への関与は程度の問題でしょう。
しかし、もし、「経営は苦手なのでやりたくない」という後ろ向きの理由で現場に逃げ込んで職責放棄に近い状態ですと、これはかなり問題ですね。
余談ですが、臨床が大好きなトップが頻繁に現場に登場すると、職員は現場で見張られているような気持ちになって、あまりありがたがられないようです…。
院長は経営責任があります。
院長になったら経営に徹する。
しかし院長単独では組織は到底動きません。組織を動かすためには、「参謀」となる副院長、事務部長、看護部長、そして経営戦略を考える管理職員なども同様に経営トレーニングと経験が必要で、病院の経営層全体で厚い人員体制を作る事が不可欠です。
参考資料『患者思いの病院が、なぜつぶれるのか?』
(2009年・幻冬舎メディアコンサルティング発行)