第2回は、「ジンザイ」を最重要経営資源と定義して、企業を伸ばすリーダーの条件について新氏に語っていただいた。全四回の第3回目では、社員満足(ES)と顧客満足(CS)の関係性について紹介します。
「初めに結論ありき」で言うと「社員満足(ES)なしの顧客満足(CS)はあり得ない」ということになる。ESとは、「Employee Satisfaction」、一方のCSとは、「Customer Satisfaction」である。
ESなしの CSはあり得ない。換言すれば、ESはCSに先行しなければならない。
ビジネス成功の要諦は、バリュー・フォー・マネー(Value for Money)の提供である。お客様が支払ったマネー(価格)に対して手に入れることの出来るバリュー(価値)である。
良い会社は競争の軸を「価格」ではなく「価値」に置いている。「勝ち組会社は価値組会社」なのである。バリュー・フォー・マネーを認めるが故にお客様は財布の紐をゆるめて金を払ってくれる。結果としての我が社の業績(売り上げと利益)は改善する。持続可能性(サステナビリティー)は高まり、究極的には「勝ち残る企業」になる。企業成功の最も重要な肝は顧客満足(CS)である。
ところが―――である。一口に顧客満足(CS)というが、現実を見るとCSに対して本腰で取り組んで実現している企業は驚くほど少ない。
ある新聞社の調査によると、東証一部上場企業の中で、社員や企業理念の中に、“顧客満足”、“お客様第一”、“顧客視点”を高らかに唱えている企業は約90%だったという。
更に追跡調査をすると、その中で会社全体で顧客満足に真剣に取り組んでいる会社はわずか10%に過ぎなかったという。90%から10%を差し引いた残り80%の企業は基本的に偽物である。言うことと行っている事が一致している10%の会社は本物である。そこには「有言実行」があり、「言行一致」がある。こういう企業こそが勝ち残る企業になる。
「お客様は神様か?」という命題がある。「この方の存在なしには我が社は生きていけない」というのがお客様なのだから、この問いに対する答えは「イエス」である。「神様のおっしゃることには何でも従うべきか?」という問いが続く。正解は「ノー」である。神様の言うことでも従ってはいけない場合もある。
第一は「出来ないこと」を要求された場合である。「この部品を2万点、2週間以内に納入しろ」という注文でも、明らかに製造能力の限界を超えた要求の場合はいさぎよく、ノーと言わなければ結果的に“ウソツキ”という烙印を押されてしまう。
第二は「不正なこと」である。コンプライアンスに外れる要求や社会道徳的にいかがわしいと思われる要求にはレッドカードを突きつけるべきである。色で言えばブラックやグレーな要求にはノーと言わねばならない。
第三は「儲からない要求」である。如何にコスト低減に努力しても、このお客と付き合っている限りは金輪際利益を上げる見込みはない、という顧客は、思い切って顧客リストから削除すべきである。
お客様は神様なのだが神様の言うことでもノーと断らねばならないこともあるのだ。経営者はこのケジメを社員、特に営業部に教えておく必要がある。
「顧客満足を果たす当事者は誰か?」という命題もある。当事者とは「そのことに直接関係する最も中心的な人」を意味する。答えは一言「社員」に尽きる。外部の評論家ではない。学者でもなくコンサルタントでもない。当事者はあくまで社員である。我が社のサステナビリティーを担保するための最重要条件が顧客満足であり、顧客満足を実現させる当事者は社員なのだから、我が社の社員満足度が高くなければならない。正に「ESはCSに先行する」のである。
ここでもう一度、ところが―――が続く。一口に社員満足(ES)と言うが満足には正しい満足(Satisfaction)と悪い満足(Complacency)の2種類がある。
悪い満足(Complacency)とは「安易な現状是認」である。大阪弁で言えば「まあええやんか」である。我が社の業績は芳しくない。目標達成は覚束ない。だがこれは致し方ない。まだまだ世間の景気が悪い。他の会社も苦労をしている。その中でウチの業績がパッとしないのは仕方がない。その内景気が改善すれば我が社の業績も上向くだろう。今のところはこんなもので良い。まあええやんか、という安易な現状是認、これが会社を滅ぼす。
対するに正しい満足(Satisfaction)とは何か。正しい満足の中身は3つある。
第一は、「仕事や会社に対する誇り」である。我が社は必ずしも年商何兆円という大企業ではないが、良い製品を作っている、良いサービスをお客様に提供している。その結果、「お客様に評価され感謝されている」というプライドを社員が感じている。要は、「世のため人のためにお役に立っている」という実感を社員が心に抱いている、ということである。
第二は、自分の目標を達成した時に「ヤッタデ!」という喜びの声が社員の口から出ると言う点である。仕事そのものにやりがいがあり、成し遂げた時の達成感があるということである。
最後、第三は、社員が「会社とは自分の自由時間を奪ってしまうおぞましい存在ではない」と考えているということである。それどころか、「自分は仕事や会社を通じて自分を磨くことが出来る、自分を高めることが出来る。一人のビジネスパーソンとして、更には一人の人間として」という気持ちである。これを一言で表すとそこには自己実現と言う言葉が浮かび上がってくる。
「誇り」「達成感」「自己実現感」、この3点セットこそが正しい社員満足の中身である。
正しい満足には前記の3点セットに「お金」という要素もある。給料、ボーナスを含む金銭面の条件が良いと言うことだ。平たく言えば、給料の良い会社は悪い会社よりも良い会社である。社員はより安全で快適な生活を送ることが出来る。
ここで気を付けたいのは「お金」は不満抑制要因とは成り得ても持続的な「動機促進要因」にはなり得ないということである。月給が上がればとりあえず嬉しいが、その喜びは一週間も続かない。だが不満を抑制することは出来る。
一方、「誇り、達成感、自己実現感」という「心」は動機促進要因として機能する。
結論的に言うと「経営者の最大の責任の一つはCSを支える正しいESを醸成することである」ということになる。
株式会社国際ビジネスブレイン 代表取締役社長
新 将命(あたらし・まさみ)
外資系企業の経営中枢で活躍してきた国際派経営者。早稲田大学卒業。日本コカ・コーラ株式会社市場開発本部長、ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社社長、サラ・リーコーポレーション副社長、日本フィリップス株式会社副社長などを歴任。現在は、株式会社国際ビジネスブレイン代表取締役を務める。
(監修:日経BPコンサルティング)